【小説版】ビブリオちゃんは薦めたい 第1話③

ビブリオちゃんは薦めたい オリジナル小説

第1話 百鬼夜行シリーズ 著:京極夏彦 ③

 どうしてここに栞君が?

 奈那子は目を見開き、くちをパクパクさせながら声にならない問いを投げかける。

「そこ、開いてたから」悠太郎は入口のほうを指し示した。

 見れば扉が開けっ放しになっている。奈那子が閉め忘れたのだ。

「こんな部屋があったんだ。ぜんぜん知らなかったよ。あ、もしかしてここ、一般生徒は立ち入り禁止だったりするのかな?」

 奈那子は首を横に振って答える。とつぜんの再会にうまく声が出せない。何か話さないと無口で愛想のないやつだと思われるかもしれない。だけど舌は空回りするばかりで言葉にならなかった。

「だいじょうぶ。誰にも言わないよ」

 焦る奈那子の様子に気をきかせたのか、悠太郎はそう言って微笑む。それから興味深そうに書架を見渡した。

「それにしてもたくさんあるね。これぜんぶ本田さんが管理してるの?」

「と、図書委員だから……」

 お守りのように腕章を握りしめ、なんとか答える。

「あの、どうして私の名前を?」

「どうしてって……」

 奈那子の問いに悠太郎は目を丸める。それからすこし苦笑しつつ、クラスメイトじゃんと言った。

 たしかにそうだが、奈那子にとっては奇跡的なくらいにうれしい答えだった。今日一番の収穫ではないか。

 同じ教室にいても、認識されなければ存在しないに等しい。だけど、名前を憶えてくれているということは、悠太郎のなかに奈那子が存在しているということだ。

「でも、そっか。ちゃんと話すのはじめてだったかもね。俺、栞っていうんだけど、ほら本田さんのふたつ前の席に座ってる」

「うん」

 知っている。いつも見ているから――とはくちが裂けても言えないけれど、顔を赤らめつつこくこくと肯く。

「ちょうど探してたんだ、本田さんのこと。いまって時間ある? 作業のとちゅうだったら手伝うけど」

「ううん。だいじょうぶ、もう片づいたから」

「そっか」

「あの、私に何か用?」

「うーん……用ってほどでもないんだけどさ」悠太郎は照れくさそうに頬をかいた。「前からちょっと気になってたんだよね、本田さんのこと。だけど教室ではいつも読書してるし、なんとなく話しかけづらくてさ。今日もチャンス逃しちゃったし。だけど放課後に図書室にいるって聞いて、ここなら邪魔も入らないかなって」

 どういう意味だろう。

 もしかしたら。もしかして。

 奈那子の期待はいやでも膨らむ。

 ふたりきりのシチュエーションに向こうからアプローチしてくるなんて。

 これはやっぱりそうなのだろうか。

 悠太郎が一歩前に歩み寄る。正面から顔を合わせるのは初めてのことだ。奈那子よりずっと背が高い。だけど大きな瞳にはまだ幼さが残っている。

 奈那子は、射竦められ、倒れそうになるのを必死にこらえた。その大きな手で抱きとめられでもしたら心臓発作を起こしかねない。そうなったらもう二度とこんな僥倖は訪れないだろう。

 はやく物語の続きを聞かせてほしい。

 前のめりになりながら奈那子は次の言葉を待った。

 悠太郎が慎重にくちを開く。そして――

「もしよかったらさ、本田さんのお薦めを教えてほしいんだけど」

「……お薦め?」

「そう、小説の。どうかな?」

「あ、ああ。それはもちろん。よろこんで……」

 笑顔で答えつつ奈那子は心のなかで慟哭する。

 一流のストーリーテラーは、良い意味でも悪い意味でも、いつだって読者の予想を裏切るものなのだと再認識した。

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