【小説版】ビブリオちゃんは薦めたい 第1話②

ビブリオちゃんは薦めたい オリジナル小説

第1話 百鬼夜行シリーズ 著:京極夏彦 ②

 一日の授業が終わると奈那子は図書室に向かった。

 入口の戸を引き開けるとぎしぎし音が響く。なかには数人の生徒がいたが、みんなマンガを読んでいるか居眠りをしていて振り返る者はいない。図書室は静かで、窓を開ければ風も通るので過ごしやすい。冬になれば受験勉強をする三年生のためにと暖房もつけられるので一年を通して居心地がよかった。

 だが肝心の本を借りにくる生徒はすくない。マンガやライトノベル、あるいは雑誌の類ならばともかく、一般文芸や文献・資料のコーナーはいつも閑散としている。

 おもしろい小説もたくさんそろえているというのに……もっとみんなにも読みに来てもらいたいと奈那子は常々考えてはいるが、一方で、騒々しくなるよりはこのままのほうが好ましいとも思えるのだった。

 奈那子は、部屋のなかをさっと点検し終えると受付カウンターの奥にまわり、カバンをおろす。引き出しから腕章を取りだすとそれを左腕につけた。彼女はいつも率先して図書委員の仕事を引き受けている。校舎が閉められるまでの数時間、この図書室で過ごすのが奈那子の日課となっていた。

 ここならば誰にも邪魔されることなく、好きなだけ本が読める。

 雑務を手早くこなし、本を借りに訪れる者がいないことを確認するとカウンターからそっと抜け出した。

 図書室の奥に突き当ると扉の前に立つ。懐から鍵の束を取り出すと、一本を挿し入れる。建てつけの悪い扉を開けると、とたんに古びた本のかおりが鼻につく。電気をつけると仄暗い明かりに照らされ、無数の塵が舞っているのが見てとれる。けして掃除が行き届いているとはいえず、なれない人ならむせ返ってしまうだろう。

 しかしそれでも奈那子は軽い足取りで入っていく。

 この先は書庫になっており、なかには無数の書架が並んでいる。図書室に陳列しきれない蔵書がここに収められているのだ。

 ふだんは生徒が立ち入ることがなく、人気のない書架の群れに囲まれていると現実を忘れてふしぎの国に迷い込んだ気分になれる。そのうち懐中時計を持った紳士的なうさぎが迎えに来てくれるのではないか。高校生になってもアリスに憧れていることは誰にも話していない。

 だけど、ここに来てひとたびページをめくれば、ネバーランドやバベルの頂上を目指すことだってできる。神話の神々にだって謁見できるしタコの姿をした異星人と握手を交わすことだってできる。奈那子にとってこの部屋は、未知の世界へ通じる秘密の通路なのだ。

 そして奈那子は今日もまた、新たな冒険の旅を求めて書架の群れへと飛び込んでいく。

 おびただしい本のなかから一冊を選び、裏返す。奥付のあとに貼られた封筒から貸出カードを抜き取る。そこには知らない生徒の名前が数人分書き込まれていた。カードを戻し、本を棚に収めると別の本を探す。今度のカードには何も書かれていない。所蔵されてずいぶん経つのに誰も借りたことがないのだ。

 ここにはそんな作品が数多く埋もれている。

 奈那子は、裏表紙をめくっては次々にカードを確認していく。真新しいカードを見つけると金鉱脈を発見した炭鉱夫のようにひとりではしゃいだ。図書委員になってこの秘密基地を発見して以来、まだ陽の目を見ていない小説を発掘し、未開の地に自分の名前を最初に記すことを何よりの楽しみとしているのだ。

 今日も三冊見つけることができた。まずまずの収穫といえる。この調子ならまだ掘り当てられそうだけど、一度にたくさん発見すると明日以降の楽しみが減ってしまう。奈那子はあと一冊だけと決め、発掘し終えた本を受付まで運び、ふたたび倉庫に向かって踵を返す。入口から奥までぐるりと一周し、最後の一冊を慎重に探す。さんざん迷ったが、高いところに置かれていた一冊に目を留めた。背伸びをしながら手をのばす。なんとか背表紙に指先が届いたところで別の手が触れた。

「あ、ごめんなさい」

 夢中になっていたのでまったくひとに気がつかなかった。

 司書の先生が来たのかと思い、奈那子は反射的に頭を下げた。だけど――

「あれ? 君、本田さんだよね?」

 それは先生ではなかった。最近よく耳にする、すてきな声だ。

 奈那子は心臓が跳ねると同時に顔をあげる。

 目の前には同じクラスの気になる男の子、悠太郎が立っていた。

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