【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【エピローグ】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

エピローグ ザ・グレイト・エスケイプ

「……つまんない」

「えッ?」

 VRゲームからログアウトした直後、アリアのリアクションを受けてボクは固まった。

 アリアはマウントヘッドディスプレイを外し、頭を振った。

 それからスカートにたっぷりと空気を含ませ、ふわりと宙を舞う。オーロラのようにその長い髪をなびかせた。

 真っ白なカーテンがそれにつられたように揺れる。校庭にある早咲きの桜がもう花弁を散らせていた。

 上空では、先の空襲でふたつに割れた月の片割れが艶かしい光沢を発している。12時間ごとに現れる月輪がちりんに、ボクはいつも感覚を狂わされてしまう。

 だけどその神秘的な背景とアリアはよく馴染んでいて、ボクはつい見惚れてしまう。

 アリアが問い詰めるように迫ってきた。満月のようにオレンジがかった瞳に射すくめられ、さらに動けなくなる。

「この話、全部のシーンが屋内って、画的に映えないと思わない? アンタの世界の広さが知れちゃうわ」

「ミステリー要素が強いから、密室にしたかったんだ。それに……」

 しどろもどろになりながらボクは答える。

 半径5メートルほどのこの部室が、この学び舎で過ごしたボクのすべてといえる。

 そう言おうとしたけれど、アリアの容赦ない追撃がボクのセリフを奪った。

「それじゃSF設定ぶち壊しじゃない。もっとさ、ロケットをドーンと飛ばしたり、ミサイルをバーンってぶっ放したりしないと。ミステリーにしたって、死体を登場させるのが遅すぎるわよ。そこはお約束でしょう?」

「ぜんぶセオリーどおりじゃ飽きられるんじゃないかな?」

「って言うか、これってジャンルは何なの?」

「強いて言えば、セカイ系SFミステリー……かな?」

「詰め込みすぎ」またアリアがボクを睨んだ。

 怖い。

 だけど、ちょっと嬉しい。

 すぐに目を逸らしてしまう自分が情けない。

「読者の需要を考えて、ワタシのために一から書き直しなさい」

「ぐぬぬ……そんなにダメかな?」

 言われたい放題だが、彼女の言うとおり、読んでほしい人物はたった一人に絞られるため、需要なんてまるで考えていなかった。しかしその唯一の読者に酷評されたのではたまらない。甘んじて受け入れるしかないとしても、ボクにだって少しはプライドというものがある。

 しかしアリアは、申し訳ていどのボクのレジスタンスをバッサリと切り捨てた。

「ダメ。0点。良いとこなし」

「……言い切るね」

「当り前よ。ワタシを誰だと思ってるの?」

「我らが文芸広報部の部長です」

「あァあ」アリアはため息をついた。「この学校、この部室とも今日でお別れだってのに。なんでその貴重なひと時をアンタなんかのために浪費しなくちゃいけないのよ」

「それは、どうしてもこれを部長に読んでもらいたくて……」

「いちいち言わなくたって、わかってるって」

 アリアはディスプレイからメディアを引き抜き、データを手に取る。

 そこに収められているのはボクが書いたゲームのシナリオ、あるいは小説と言い換えてもいい。

 この高校を卒業する前に、なんとか完成させたそのストーリーを体験してもらっていたのだ。

 21世紀も折り返そうかというこの数年の間に、読書のあり方は一変した。

 電子書籍がVRと同化し、さらなる進化を遂げたのだ。書いたテキストデータをディスプレイにインストールして装着すると、夢を見るようにそのデータを直感的に楽しむことが可能となったのだ。

 もちろん普通にテキストとして読むこともできる。

 アリアは印刷したデータを次々とめくって読んでいく。斜め読みしているのではないかと疑ってしまうが、彼女は決して乱読したりしない。純粋に読むのが速いのだ。しかも機械のように精確に。

 記録を大切にし、記憶を愛する。

 アリアはそんな少女だ。

 などと考えている間に再読が終わったようだ。

 目を閉じてため息をつく部長に、ボクは恐るおそる意見を賜る。

「具体的にどんなふうに直せばいいと思う?」

「って言うかさァ――」アリアはボクの問いを遮った。ボクも大概だが、この人の話を聞かない。「ワタシだけ変じゃない?」

「変って?」

「何々だねェ、とか。こんな甘ったるい喋り方しないし」

「その方がキャラ的に立つかなって……」

「なによそれ、ワタシの影が薄いって言いたいの?」

「いえ。そんなことありません……」

 むしろ自己主張が激しいと言いたい。

「シリアスなシーンになるとちょいちょい感情移入してくるの、やめてほしかったな」

 それがこのディスプレイの特徴でもあるのだけど、自分の好きなキャラクターの視点で物語に参加できてしまえるのだ。あちこちでアリアの口調が乱れていたのは、本人が割って入ってきたからである。

「ワタシがワタシをどうしようとワタシの勝手でしょ」そう言って当たり前の権利だと主張せんばかりに鼻を鳴らした。「それに、なんでワタシだけロボットなのよ?」

「スレイブね」

「どっちでもいいけど、そんなにワタシを従わせたいわけ?」

 アリアは両頬を膨らませた。

 いつにも増して機嫌が悪いのはそこが不満だったからのようだ。

「あと、なんでメイド服なんて着せられてるの? アンタそんな趣味があったんだ」

「いや、それは。それこそそうした方がみんなにウケるかなって……」

「みんなって――」アリアはボクが書いたそれを指差す。「まさかこれ、マキオたちに読ませる気?」

「せっかく書いたんだから、一応みんなにも読んでもらおうかな、なんて……」

「いやいや、ラブレターをモブキャラどもに読ませるとかあり得ないでしょう」

 彼女にかかれば3年間いっしょに過ごした仲間も書割り扱いである。

 それはともかく。

「ラブレターっていうか、小説なんだけど……」

「ラブレターじゃないの?」

「ラブレターです」

 そう。それは間違いなく、ボクが書いたラブレターだ。

「他人に読ませたらコ・ロ・ス」

「はい」ボクは即答した。

 怖い。目が本気だ。

「まったく。こんな長文ラブレターもらったら、普通ヒクわよ。アンタが一番イタいキャラだわ」

 ラブレターを机に置くと、かわりに丸い筒を手にしてボクの頭を叩いた。狭い部室に乾いた音が響く。彼女はけらけらと笑った。

「これ、アンタと一緒で空っぽだからいい音がするわね」

「空っぽじゃないよ」ボクは言い返した。

 ちゃんと卒業証書が入っている。国立地球防衛学校の高等技術開発科を卒業した証が入っている。ボクの頭にも3年分の思い出が、記憶が詰まっている。

 チャイムが鳴った。

 同時に外から轟音が響く。

 遥か上空で無数の閃光が炸裂している。

 祝福の花火ではない。

 ボクたちは何と戦っているのだろう。

 どこからやってきたのか、名前も知らない正体不明の地球外生命体。

 通称『アンノウン』。

 ヤツらがまた攻めてきたのだ。

 今の一撃でどれだけの犠牲が出たのか想像もつかない。月を真っぷたつに割るだけの力を持っているというのに、なぜか地球を破壊しようとはせず、人間だけを襲っている。

 ボクたちはいつまで戦わなければならないのか――先が見えない一方で、ヤツらに抵抗するために人類は今、飛躍的な進化を遂げつつある。

「おーい。ユースケェ。アリア!」校庭からボクたちを呼ぶ声がした。

 マキオだ。

 窓から顔を覗かせると、そこにはレッド先生や後輩のリン、他のみんなも集まっている。

「なァにィ?」アリアがマキオにきいた。

「みんなでカラオケ行こうってさァ。オマエらも行くだろォ?」

 この非常事態に呑気な連中だ。ボクたちの頭上では先輩たちが死闘を繰り広げているというのに――否。だからこそ、束の間の今だけは、とも思える。

「チョット待っててェ。部室を片付けてるのォ」

「早くしろよォ」

「オーケイ」アリアは誘いに応じ、それから身を翻してこちらを向く。「で?」と言った。

「……で?」とボクもきき返す。

「けっきょく、この小説――もといラブレターが伝えたかったことはなんなの?」

 ……ラブレターで伝えたいことなんてひとつしかないと思うのだが。

「どうやらこれは、ちゃんと言葉にするっていう意思表示みたいだね」

「なによそれ? 他人事?」

「いや、そういうわけじゃ――」

「アナタは誰?」アリアはボクの言葉を阻んだ。

「ユースケです」

「じゃあ、ワタシは誰?」

「アリアさんです」

「アリアでいいって。ふたりともこの物語に書かれてる人物で間違いないわね?」

 アリアはラブレターの表紙を指差した。そこにはタイトルの他に著者の名前と宛名が明記されている。

「はい。間違いありません」

 間違えるはずがない。全科目0点取ったって、それだけは間違えるはずがない。

「よろしい」アリアは教師然とした態度で胸を張る。「なら、もうアンタが取るべき行動はひとつしかないわよね?」

「おっしゃる通りです」

「だったら、ほら。早く。時間がないわよ」アリアが急かした。

「あ……うゥ――」

「どうしたの? なにも言うことはないの?」

「いや、その……わかってるんだけど」

 卒業後、ボクたちは新兵として実戦部隊に配属されていく。

 生きて地球に還ってこられないだろう。宇宙に出兵すればもう二度と会えなくなる。

 チャンスはこれが最初で最後だろう。だからこそボクはアリアに伝えなくちゃいけないことがある。

 だけど、そう。

 わかってはいるが、焦るほどにボクは言葉を詰まらせる。気道がつぶれて今にも窒息しそうだ。

 秒針は絶え間なく進んでいく。その一秒が過ぎる間にボクの鼓動は何度となく収縮を繰り返している。切り刻まれているように全身が痺れた。

「あァもう、イイ。帰る!」アリアが癇癪を起した。その目には涙が溢れていた。「これでお別れかもしれないのに。なんだったのよ!」

「待って、ちゃんと言うから」必死になってボクはアリアの手をつかんだ。「ボクが伝えたかったことは、たとえキミが人間じゃなかろうと機械だろうと関係ないんだ」

「ワタシが機械みたいに冷たい人間だって言いたいの?」

「そうじゃなくて。キミがキミであることが重要だってことで」

「じゃあ、ちゃんとワタシを見て」アリアがボクの手を握り返して。「勇気を出して、ちゃんと言葉にして」

 励まされ、ボクは顔をあげる。

 逃げるな。逃げちゃダメだ。逃げたくない。

 伝えたい。伝えなくちゃ。伝わらない。

 姿勢を正し、ボクは正面から彼女と向き合った。

「アリアさん」

「アリアでいいって言ってるでしょ」

「アリア。ボクは」

 ボクは。

キミが好きなんだ

 アリアが好きだ。ずっと好きだった。出会った時からずっと好きだった。

 だけど、その一言が言えなくて、ずっと苦しんでいた。

 このまま一生会えなくなるのは辛すぎる。

 でも、バディになればこの先もいっしょにいられる。死がふたりを別つまで、ずっといっしょにいられる。

「だから、ボクのパートナーになってほしい」

 アリアは沈黙したままじっとボクを見据える。長く、苦しい沈黙だった。

 ボクは思わず目を閉じてしまった。闇が、希望を覆い隠す。

 しかしその先に待っていたのは――

 笑顔だった。

「なんだ。ちゃんと言えるじゃない」そう言ってアリアは笑った。「最初っからそう言えばいいのよ。こんな小説まで書いちゃって、意味ないじゃない。回りくどいったらないわ」

 アリアがボクのおでこを指で弾く。

 その優しい衝撃でボクの緊張もすこしだけ解れた。

 張り詰めた緊張が萎んでいく。

 そしてまだ緊張の残る喉を震わせる。

「意味ならあるよ。伝えたい相手がいるからこそ、そこに意味が生まれるんだ。そう」

 ボクたちにはストーリーが必要なんだ。

「ストーリー?」

「つまり、告白するための流れというか……」

「ふうん。この小説はそのための伏線だったわけだ……」アリアはテキストをめくる。「あれ? この小説、最後に空白のページがあるじゃない。未完成だったの?」

 アリアがページを開いて見せた。

 ボクはにやりと笑う。そこに気づいてもらえてよかった。

「いや、それで完成してるよ。それはね、未来なんて決まっていない。人の未来はその真っ白なページのようなもの。運命は自分で切り開くんだっていう――」

「ダサッ!」アリアは絶叫し、ボクの決め台詞を邪魔した。「って言うか、誤植だって勘違いされたらクレームもんじゃないの!」

「ひどいなァ。頑張って書いたのに」

「書けてないじゃない」

「書くんだよ。これからも、ずっとね」

 物語は一区切りついても、そこで終わりじゃない。

 生きていれば続きはあるし、続きが知りたいからこそ生きていける。

 風が止み、静寂が訪れた。外からの音も耳に入らない。ボクはまだ緊張している。空白の未来はまだ、揺れ動いている。

「……で?」ボクは言った。

「で?」

「返事だよ。アリア、ボクはまだキミの答えを聞いてないよ」

「答え? そんなの決まってるじゃない」

「決まってないよ。キミの意志が伝わるまでボクにとっては不確定なんだ」

「決まってるわよ」彼女が繰り返し、

「決まってないよ」ボクも繰り返す。「言葉にしてくれないと――」

 アリアはボクのセリフを阻んで、襟をつかんだ。

 ぐいと引き寄せられ。

 甘い香りがして。

 顔が近づく。

 目の前で彼女の小さな唇が微かに震えた。

 そして密やかに、囁くほどの声がした。

 そんなの好きに決まってるじゃない、と。

「ワタシの記憶領域はね。ユースケとの思い出で一杯なの。自分の記憶なんて全部忘れちゃうくらいにね」

 だから。

「だから好きに決まってるじゃない」とアリアは言った。

「夢じゃない?」

「アンタの匂いがする」

「えッ?」ボクはとっさに口元をおさえた。

「大丈夫。嫌いじゃないから」

 好きでもないのか? わかりにくい表現だ。

「なにかに夢中になるのに理由が必要?」アリアがボクに問うた。

「いや、必要ないと思う。だけど――」 

「ねェ、ユースケ。このアンノウンは夢やおとぎ話から飛び出してきたのかな? これは現実? あるいは作り話? その区別はつく?」

「……わからない」

 なにと戦っているのか、なんのために戦っているのかもわからない。たいした意味もなく、際限なく続いているこの戦争。生きている間に元の意味は失われ、戦うために戦っている気さえする。そんな先の見えないストーリーの中にいる限り、悪夢のような現実は、夢のまま。覚めてみるまでわからない。死んでみるまでわからない。

「ならいいじゃない」

「いいのかな?」

「いいんだよ。これが夢だろうと、作中作だろうと。実はワタシがアンドロイドだろうと、人形だろうと。たとえ男だろうと、そんな事はユースケには関係ない。ユースケは、ワタシをワタシのままで、アリアはアリアのままで好きだと言ってくれた。それだけは真実よ。ユースケが信じた世界がユースケにとってのリアルなんだな」

「男?」

「例えばよ。一緒にお風呂に入った仲なんだから、知ってるでしょう?」

「それはお話の中だよ」

 男かどうかは切実なのだが……現実では、今まで手を握ったことさえなかったのだ。わからないものはわからない。しかし今はまだ、それを証明してもらうための勇気はない。だから、棚上げにしよう。先送りにしよう。

 夢が覚めるまで。現実という名の物語が終わるまで。

 ストーリーを続けよう。

「おーい。ユースケ? アリア? いつまでかかってるんだよォ?」待ちくたびれたのだろう、マキオの声が近づいてきた。「そんなに荷物が多いんなら手伝ってやろうかァ?」

「あァ、もうッ。おじゃま虫が来ちゃう!」アリアは窓を閉めてカーテンをひいた。「ユースケ、カバン持って。早く!」

「えッ?」

 急に動きが慌ただしくなる。余韻に浸る間もなくボクはカバンに卒業証書を詰め込んだ。

「こっち」アリアがボクの手を引く。

 そのまま部室を飛び出して廊下を走った。階段を一段とばしで駆け下りていく。

「ちょっと、どこへ行くの?」

「逃げちゃうの」

「逃げるって――カラオケは? みんなになんて言い訳するんだよ?」

「空気が読めないヤツに言葉は無用。逃げるが一番――」

 裏の出口に着くとアリアは扉を開ける。

 そして手にした小説をボクの方に向けこう言った。

ザ・グレイト・エスケイプ!

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