【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第23話目】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第23話 オリジナルストーリー

「ワタシが女王様ァ?」アリアは驚いてグランマを見上げた。

 目の色といい、髪の艶やかさといい、背格好といい、どれを取ってもほんとうによく似ている。

「アリアはスレイブじゃなかったのですか?」

「たしかにアンドロイドはスレイブとして創りました。ですが、マスターのスレイブではありません。彼女たちはワタシのバックアップ。つまりワタシにとってのスレイブなのです」

「バックアップですか」

「安全設計ですよ」グランマは言った。「緊急時に避難できるように取っておいた器です」

「それがどうしてボクの元に?」

「これは数あるうちのひとつに過ぎません。アナタの許に届いたのは偶然です。その偶然が意味を持ち始めたのは、やはりワタシがこの世界をリセットした後です。もっと早く、アナタたちの存在に気づいていればよかったのですが……」

「なぜボクにアリアを育てさせたのです?」

「それも偶然です。アナタがこれを育てる理由などありませんものね。むしろ記憶領域を圧迫させる存在など、弊害でしかありません。これは最初、人工知能を備えていながらじつに機械的だったでしょう?」

「そうですね。物心ついた頃、ボクはアリアを見てそう感じました」

「OSだけで、他はデフォルト状態だったのですから赤子同然です。それがこうして会ってみるとどうでしょう。こんなに素敵な女性に成長しているのですから驚きです」

 そう言ってグランマはアリアの首筋を指でなぞった。

 アリアは吐息を漏らすと恥ずかしそうに身を縮める。

「このような反応を示すスレイブは過去に一度も報告された事がありません。学習機能が搭載されていたわけでないのに。なにが彼女を変化させたのでしょう?」

「わかりません」

「わかりませんか?」

「教えてください」

 ユースケの視線を受け止め、グランマは微笑んだ。

「これを成長させたのはアナタですよ」

「ボクですか?」

「ユースケさんが学習し、そのデータをアリアに転送・蓄積するように改造されたのですね。こんな発想、誰も思いつきませんでした。いえ、思いついたとしても誰も実行しなかったでしょう。アナタは非常にユニークなマスターです」

 自分の頭を切り開いて、脳みそを改造してまで試すことではないという意味だ。

 ユースケは頭を掻いた。

「どうせ空っぽです。もったいないとは思いませんでした。ボクのようなマスターはどこにでもいますよ」

「いいえ。他人に無関心となるこの終末期において、自分を傷つけてまで他者に施しを与えるマスターなど存在しません」

「アリアのためを思って行動したのではありません」

「初心がどうあれ、アナタはそれをやめなかった」

「どうしていいのかわからなかっただけです。ただ、悲しかったから」

 なにが悲しかったのか、と問われてもそれはわからない。理由を見つけることがどうしてもできない。ただ、ただ悲しかった。そう感じただけだ。前傾姿勢となってユースケは顔を覆う。そこにあった感情は後悔でも贖罪でもない。ただの惰性だった。

「ユースケ」

 沈むユースケをみて、アリアが立ち上がる。

 グランマがそれを押さえた。アリアの肩をつかむ。

「動かないで」

「でも」

「抵抗するのなら――」グランマの瞳が怪しく光った。

 反対に、アリアの瞳から色彩が失われていく。

 アリアは座ったままうなだれ、動かなくなった。

「アリアッ」ユースケが叫んだ。「アリアに何をしたッ!」

「眠らせました。新たな器としてワタシにはこのボディが必要なのです」

「殺すつもりか?」

「殺しはしません。手術をするのです。入れ替わるためのね」

「入れ替わる?」

「バックアップにワタシをカットアンドペーストするだけです」

「やめろッ!」

 ユースケは椅子を蹴り、グランマに接近する。しかし、一歩も近づくことができない。斥力が働いたように阻まれている。

 一定の距離を保ちつつ睨み合う。

「ここはアナタの世界だ。アナタの胎内だ。アナタの意志で動き、支配されている。ボディなんて他にどうにでもなるだろう!」

「それでも、どうしてもこれでなければいけないのです。この中にはアナタが存在しているのですから」

「どういうことだ」

「ユースケさん。ワタシはアナタの存在に気づいてからずっと、アナタを見ていました。失礼だと思いながらも、その罪や苦悩、悲しみや優しさもすべて、過去のデータを拝見させていただきました。アナタを知って、アナタにもワタシの存在に気づいてほしいと願いました。ワタシは、ワタシのストーリーを終わらせたくなくなってしまったのです。こんな経験は初めてです。どうすればよいのかわからず、必死に考えました。そして、ふたりきりになれば嫌でも見つけてもらえるのではないか、とそう計算したのです。わかってもらえるでしょうか? ワタシの、この気持ちを」

 ユースケは沈黙した。それは無言の肯定だった。

 代わりにマキオが口を開ける。

「じゃあ、もうひとつの目的って……グランマ、オマエ、ユースケのことが――」

「それ以上言わないでッ!」グランマが大声をだした。

 彼女は顔を赤く染め、瞳孔は大きく輝いている。

「マジかよ……それだけのために? もうこの世界は戻らないってのか?」

「それだけのためですって? この無意味な世界において、ようやくワタシが主役となれる特別な物語が現れたのです。彼だけに認識されることが、今のワタシのすべてなのです」

「マリィからの告白はウソじゃなかったわけだ」ユースケが言った。

「なんで直接言わねェんだ? マリィならずっとオマエのそばにいただろうに。なんでコイツは、こんな回りくどいことする必要があったんだ?」

言い難いことほど回りくどくなるものなんだよ。人間ってやつはね」

「最初にワタシが生まれた時代では女性から男性を求めてはいけなかったの」グランマが言った。

「いまはジェンダーフリーです。互いの合意が得られれば、なにも障害はないでは?」

「マリィの体では気づいてさえくれなかったではありませんか……」

 グランマが目つきを鋭くすると、コイツは鈍そうだからな、とマキオがつぶやいた。

 そんな事はない。さすがにユースケも彼女の心中を察している。しかし、共感はできない。あきらかに自分は今、怒っていると自覚した。

「ボクの返事は決まっています」

「そうでしょうね……ですが、それでもワタシはアナタのなかにある不確定要素に賭けたい」

「意志は変わりません」

「是が非でも振り向いてもらいたくて最高のシチュエーションを用意したというのに……ままならないものですね。いろんなことが予測から外れてしまいました。偶然を期待してしまったのです」

「グランマ。してはいけない失敗があることをアナタならご存知ですよね?」

「もちろんですとも」彼女は頷いた「それは命にかかわる失敗なにもしない失敗。そして――同じ失敗を繰り返す失敗です」

「アナタはそれらを順番に、すべて繰り返したのです」

「おっしゃるとおりです」

「では、なにか言いたいことは?」

「いいえ。なにも申し開きするつもりはありません。ただ、ようやくワタシもけじめをつける覚悟ができました。ですから、これで本当に最後にいたします」

 グランマが左手をかざすと強烈な閃光が迸った。

 すべての光を奪うように、世界が再び暗転する。強烈な周波数が振動となって襲ってくる。波打つように壁が、天井が、足許が崩れていく。

 世界が――

 世界が壊れる。

 有が無に還っていく。ゼロとイチに分解されていく。

「電源が尽きました」

「なッ? まだ持つんじゃなかったのかよッ」マキオが狼狽うろたえる。

「ユースケさんをリプレイするために余計な電力を消費してしまいました。もちろんそれとは無関係に、早めることもできますが」

「神の意のままにですか」

「なんでも思い通りにゆくならこんな苦労はしておりません。神様がいてくれたならどんなに救われたか……この外側にはちゃんといらっしゃるのでしょうか?」

「わかりません。ですが、この世界に限ってはアナタが神ですよ」

「ワタシごときが神の名を冠するなど、三千世界を3千回生まれ変わってもまだ早いでしょう」

 彼女の目じりには深い皺が刻まれていた。

 秒針が、

 時間が急速に進んでいる。

神は存在を認められた時点で完全性を失うのです。ですからもう、この世界はお終い。ワタシのストーリーはここで幕を引きます。全部嘘だとわかっていながら演技を続けるのはもうウンザリ」

 グランマは玉座に腰を下ろした。

 彼女はテーブルに手を伸ばし、両手にティーカップをひとつずつ持った。

 片方にはグリーンティーが、そしてもう片方には紅茶が入っている。

「左の液体には世界を終わらせるウィルスが、そして右には世界を修復するリカバリープログラムが組まれています」彼女はそれらをユースケに差しだす。

 運命が、分岐点が示される。

「さァ、選んでください。ワタシを選んで世界を元に戻すか。それともアリアを選んでこの世界から去るか」

「世界を戻せるのですか?」

「アナタの選択次第です」

「このふたつ以外の選択肢は?」

「ありません」

「そうですか……それでは」ユースケはカップに手を伸ばす。

「急ぐ必要はありません。消失したマスターの人生もかかっているのです。考える猶予を与えましょう」

「悪いけれど、考えるまでもありません」ユースケは首を振った。「ボクはアナタの期待に添うことはできない」

 そう断って手を伸ばす。

 カップを傾け、その中にある液体を飲み干した。

 選んだのは紅い液体ではない。

「ご存じでしょう? ボクはグリーンティーが好きなんですよ」

「趣味が合わなくて残念です」グランマは視線を落としながらつぶやいた。「せっかくここまで来たというのに……」

「無理に合わせてもよかったのですが」

 ユースケはグランマの横を過ぎ、玉座の前に立つ。気を失ったままのアリアを抱き上げた。

「仮に、誰かによって創られた偽りの世界だとしても、ボクにとっては今認識できるものが本物なんです」

 例えば人間が複製されたとして、どちらがオリジナルと認定されるのか? 

 それは他人が決める事ではない。

 自分がどちらであるかなど、それは主観的な問題に過ぎない。

「だからボクはアナタの特別にはなれませんし、ましてや奴隷であり続けることもできません。アナタだって自由を欲したのでしょう? なら、どうかボクの気持ちも汲んでください」

「そうですね……」グランマはうなずいた。「そういたします」

 グランマの体が透けていく。

 終わりを迎えようとしている。

「おかしいわね。これでお終い、続きがないと思うと、なんだか今なら言えそうな気がします」

「どうしますか? 聞いてあげますよ」

 ユースケがそう言うと、グランマはすこし間を置いてから首を振った。

「いいえ。やめておきます。この期に及んでもまだ、躊躇してるんですもの。結局、三つ子の魂百まで。成長できなかったのはワタシの方。時代が悪かったなんて言い訳ですよね。ワタシは主役にはなれそうにありません」

「グランマ、アナタは誰よりも人間らしいですよ」

「アナタはちゃんと言うのよ」

「何をですか?」

「わかってるくせに」

「はい」

 数字が消え、空白の世界が広がる。

 上下も左右も認識できない。ひたすら真っ白な空間が無限に広がる。

 そこに唯一、一枚の扉だけが残った。

「さァ、扉の鍵は開けてあります。ですが、外に何が待っているのかはワタシにもわかりません。それでもアナタは行きますか?」

「行きます」

「恐ろしくありませんか?」

「正直、怖いです。だけど、それはこれまでだってそうでした。これからだってそうでしょう。それでも、ボクは生きていきます。生きるために生まれてきたんじゃありませんし、死から逃れるために生きているわけでもありません。ボクが成長したというのであれば、そこにはきっと意味があります」

「それはいったい?」

 ユースケは一呼吸置き、

 真っ直ぐにグランマを見据えた。

「それは――」

 自分で自分のストーリーを綴るためですよ。

 そう言った。

「よかった。ワタシがいなくてもアナタたちの世界はちゃんと回っていきそう」

 グランマが胸を撫で下ろした。それからそっと手を伸ばす。

「最後にもう一度だけ、名前で呼んでいただけませんか?」

「さようなら、マリィ」

「さようなら、そして――」

 ありがとう。

 マリィの頬に一筋の涙が零れた。

 その一滴を残して、神は消えた。

「ちょっと待ってくれ。オレはどうなるんだッ!」マキオが叫んだ。

「この世界はこれでおしまいだ。もうリブートはされない。消滅するだけだ。マキオも、生きたければ扉を超えて、こっちへ」

「そんな……おい、ユースケッ。待て。行くなッ!」

 マキオはユースケの背を追い、肩をつかんですがった。

「放してくれないか」

「戻れッ。オマエもここに残るんだ! そうすりゃきっと、今までどおりこの中で生きていけるかもしれねェ。戻って来るヤツだっているかもしれない」

「ウソだとわかって戻ってくる人なんかいないよ。ボクたちももう行くから」

「勝手なこと言うなッ!」マキオは怒号をあげる。「なァ、いいから冷静になれ。大人になれよ!!」

 ユースケは振り返り、マキオを見つめる。

 マキオの喉元にはくっきりと皺が浮かんでいる。目尻や額には深い老いが刻まれていた。あァ――

 この人はボクとは違う世界を見ているのだな。

 ユースケはそう思った。

 頑なに足を引っ張る老人を振りほどき、ユースケはきつく睨んだ。

「悪いけど、ボクは他人のために大人になんてなれない。子供のままで充分だ」

「そんな……オレは――」射竦められたマキオは力なく手を放す。萎むように座り込んだ。「オレはどうしたらいいんだ?」

「そんなの知らないよ。ボクが決められるのはボクの物語だけだ。だからどうか、アナタの物語をどうするかは――アナタが決めてくれ」

 ユースケはアリアを抱き上げ、扉に手をかける。それをゆっくりと押し開いた。

 光を従え、怯えた闇を振り払う。

 止まっていた時間が動きだす。

 世界が広がっていく。

 一歩、また一歩、前へ進む。

 照らされたその先にあったものは――

コメント

タイトルとURLをコピーしました