【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第20話目】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第20話 虚構のストラクチャー

 暗闇に支配され、空間が境界を失っていく。

 壁が透け、シェルターが消失した。

 世界が。

 世界が崩れる。

「うひゃァ!」アリアがのけ反りながら悲鳴をあげた。

 体が宙に浮き、一方向へと加速する。長い髪が上に向かってなびく。

 ユースケは、内臓だけが進行方向とは逆に引っ張られるような嫌悪感に襲われた。

 足元にはなにもない。

 落ちる。

 落ちる――

「落ちるッ!」パニックになったマキオが手足をばたつかせる。

 闇に微かな光が灯る。

 それはすこしずつ数を増やし、流星群のように一方向へ流れていく。

 重力が失われ、距離感が狂う。

 宇宙へ放り出されたような、そんな無限の彼方まで落下していく予感。

 死――

「死ぬッ!」

 絶望的なほど自由が奪われている。理性を奪われている。

 ユースケはゆっくりとマキオに歩み寄った。無重力空間内に己の磁場を発するように、二足歩行でゆっくりと。

 暴れるその腕をつかんでさとす。

「だいじょうぶ、落ち着いて。恐ろしければ目を閉じて。それからゆっくりと深呼吸を」

 マキオがおとなしく指示に従う。

 いくぶん落ち着いたが、それでも体が安定しないのだろう、手足を引っ込めて丸くなった。

「ユースケッ!」

「アリアも取り乱さないで」アリアの手を握る。

 ナノチップが共鳴すると、重力が発生した。

 足許には相変わらずなにもない。底なしの闇が口を広げている。

 足元で沢山の粒子が生まれ、頭上を越えて飛んでいく。

「落ち着いた?」

「うん……だけど、なにもないのに、なんで立っていられるの?」

「ボクたち見ている景色はすべて、グランマが創り出したバーチャルだからだよ」

「この宇宙全部ゥ?」

「そう。そしてボクたちが住んでいた世界もひっくるめて、全部ね」

「仮想空間だったていうのか?」マキオが言った。

「そう。そしてマキオも、アリアも、ボクも全部グランマが作り出した幻なんだ」

「そんなバカな。オレは確かに存在するぞッ」

「在ると言えば在るし、無いと言えば無い――ただそれだけのことさ」

「どっちだよ、オレはそんな哲学的な話を聞いてるわけじゃねェんだ。オマエの、その、エンジニアの力で元に戻せねェのか?」

「無理だ。仕掛けたトラップはあくまでグランマを誘うための検索プログラムだったからね。彼女の制御を完全に支配できたわけじゃないんだ。まァ、本人もいることだし、直接お願いしてみようか」

 そう言ってユースケは顔をあげた。

 視線の先には一際暗い点がある。

 ブラックホールのように強い重力場が形成され、時間が停止し、空間が捻じ曲げられ、近くにあるものを全部のみ込みながら小さな闇が渦巻いている。

 その中央にマリィがいた。

 引き寄せられるようにユースケは接近する。

 創造主との邂逅を試みる。

 神の前に立つとユースケは深々と頭をさげた。

「お久しぶりです、グランマ」

「……」マリィがくちを開いた。だが音は発していない。

「動いた!」マキオは細く目を開けている。「おいッ、ユースケ。マリィはただの人形じゃなかったのか?」

「いや、そこにいるマリィはただのマリオネット。操り人形だよ」

「誰かが陰で操ってるってのか?」

「そういうこと」

「……」マリィはなにかを喋っているようだが、その声を聞き取ることはできない。何度か口を動かすと、両手を前に出した。

「あァ、そうでした。これをお返ししないといけませんね」

 マリィの要求を察し、ジャケットから金属の塊を取りだす。

 それを渡すと、マリィは自分の喉に収めた。

「……ありがとう」

 気品のある落ち着いた声が聞こえた。

「喋ったッ」アリアが驚く。「なにをしたのォ?」

「神の言葉を返してあげたのさ」そう言ってユースケはマリィの喉元を示した。

「あれって、さっきユースケがマリィちゃんから取り出したモノだよねェ? なんなの、それ?」

ゲルマニウムダイオードだよ」

「ダイオード?」

「そう。ラジオなんかで使用される電子部品だ」

 ラジオってなんだ、とマキオが尋ねたがユースケはそれを無視した。それからマリィに謝る。

「先ほどは失礼しました。無礼をお許しください」

「本当です。アナタでなければ殺してしまうところでした」

「申し訳ありません」

「お化粧を直してもいいかしら?」

 ユースケが身ぐるみを剥いだため、マリィは金属がむき出しのままとなっている。

 どうぞ、ユースケが掌を返すジェスチャーをするとマリィの左手から淡い緑の蛍光色が発せられた。ホログラフィックのように浮かび、全身を包み込むと彼女の輪郭が変化していく。身長が伸び、それに合ったサイズのドレスを身に纏う。

「マリィちゃんから女の人が!」アリアが目を丸くした。

 現れた女は、抜け殻のようになったマリィを拾い上げる。それから長い髪をかき上げて顔を見せた。それを見てアリアはさらに口を開けた。

「その姿、どこかで見たことがあるような……」

「いや、どこかじゃなくて」マキオがアリアを指差す。「オマエに似てねェか?」

「ワタシィ?」

 向かい合うその横顔は、同じではないが、たしかによく似ている。

「けど実体じゃねェわけだし。真似してるだけだろう」

「いいえ」女がマキオを睨んだ。「これがグランマと呼ばれ続けてきた、ワタシ本来の姿です」

 世界を総べる女王。

 グランドマスター。あるいはグランドマザー

 その絶対的女王に射すくめられ、マキオはまた無言で目を伏せた。

 見かねたユースケが割り込む。

「失礼かもしれませんが、ややこしいのでグランマと呼ばせてもらいます」

「わかりました」

「グランマ。できれば位置情報を戻してもらえませんか? ここでは落ち着きません」

「いいでしょう」

 マリィを輝かせるように周囲から流星が集まっている。暗いのか、まぶしいのか判然としない。その景色は、グランマの左手が光ると高度から一転して急降下していく。また浮遊感を味わい、それから地上に達すると、ふわりと速度を緩めて地に足をつけた。

 壁が下からせり上がり、天井が創られる。先ほどまでいたホールに還ってきた。

 しかし完全に同じかというとそうではない。

 壊れたテーブルやイスは扉として復元されており、元の位置に収まっている。代わりに重厚な木製のテーブルが設えられている。革張りのソファーも4脚用意されており、そのうちのひとつだけすこし遠い位置にある。

 その離れた一脚にグランマが座った。それからマリィを膝にのせる。

 ユースケは並んだ3脚の真ん中を選んで座る。

「世界の王がエプロンドレスとはなんともアンバランスですね」

「女性に対してそういう事を言うものではありません」

「失礼。女性の扱いには慣れていないもので」

「ずっとそれが傍にいたではありませんか」グランマはアリアを指して言った。

「えっと……」

「そこ、言葉を濁さない」アリアがユースケを睨みつけた。

 アリアは、目を閉じているマキオの手を引いて誘導する。

 ユースケの右に座らせると、自分は左側に腰をおろした。

 グランマとテーブルを挟んで3人が向かい合う格好となっている。

「もう目を開けても大丈夫なんだな?」マキオがきいた。

「平気ですよ」

 マキオは恐るおそる目を開け、それから辺りを見回した。

 頭を掻きむしると、堰を切ったように口を開いた。ユースケに向かって怒鳴り散らす。

「なにがどうなってんだッ。説明しろッ!」

「まあそう慌てずに。ひと息つこうよ」

「そうだ、いまは何時だ?」

「いまさら時間など気にしても仕方のないことですが……」グランマは嘆息し、指を鳴らす。巨大なウィンドウが現れ、そこにデジタル時計が表示された。「これがワタシの基準としている時計です」

 そこに示された秒針は、0時を直前にして停止していた。

「壊れてるわけじゃねェよな? オレたち、消えずにすんだのか?」

「えェ。そういう事になるのでしょうね」

「助かったァ……」マキオは脱力した。腰が砕け、だらしなくソファーに沈み込む。「一時はどうなることかと思ったぜ」

 危機を脱し、状況に慣れてきたのか、早くも態度が横柄になっている。

 グランマはそれを見て微笑した。

「時間の進み方は、この時計によって統一されています。アナタたちが早いと焦ろうが、遅いと苛立とうが、一定のリズムを崩すことはありません。遅れたりしませんし、進んだりもしないのです」

「なに言ってやがる。時間が一定なのは当たり前だろう? 時間は誰にとっても同じモノじゃねェか。じゃなきゃ、いま何時だかわからなくなっちまう」

「いいえ。時間は、それを認識している者の内側にしか存在しません。つまり、各人の主観によって異なるのです」

「人によってバラバラだってのか? そんな事ねェだろう」

「時間は共通である、と認識させておいた方がマスターを管理するのに都合が良かったのでしょうね」ユースケが補足した。

「よくわかんねェけど……そんな事より確認が先だ。結局よ、マリィがグランマだったってことでいいのか?」

「いいや。さっきも言ったとおり、マリィはたんなる操り人形だ」

「なら、コイツがグランマなのか?」マキオはグランマを指して言った。「女だったんだな……」

 グランマは静かに佇んでいる。

 じっとユースケを見つめていた。

 そのあまりにも真っ直ぐな瞳に、ユースケは思わず目を逸らしてしまった。

「人工知能に性別があるのかわからないけど、彼女もホログラフに投影されて擬人化された仮の姿に過ぎないんじゃないかな」

「じゃあグランマ自身はどこにいるんだよ?」

「わからない?」

「わからねェからきいてんだろ。もったいつけずにさっさと教えろって」

 人に教えを乞う態度じゃないな、と呆れつつ話を進める。

 ユースケは正面に直り、グランマにきいた。

「グランマ、アナタはずっとボクたちを観察していた。そうですよね?」

「えェ」

「やっぱり、ボクたちが気づかなかっただけなんだな。ブラックボックスの内側が認識できなかったんじゃなく、外側に在ることを認識できていなかった。つまり――」

 ユースケは一呼吸置いてから指を立てた。

この建物がグランマの本体なんだ」

「これがグランマ?」

 振動しているのか、耳を澄ませば微かに物音が聞こえる。心拍数に近いリズムで、全身が羊水に浸かっているようなそんな心地よい周波数だった。

 マキオは小さく悲鳴をあげ、それから辺りを見回す。

「いや。言われてみれば、それはそうなんだろうけどよ……でもグランマは人工知能なんだろう? ロボットって言ったら、こう、アリアと同じようにだな……」

「人の形をしていなければいけない? 人工知能には、形も大きさも無関係だ。知性を備えているかといって、姿形まで似せる必要はない。サイズも同様に、機能を果たすことだけを考えた、最適な形を取るべきで、それが進化というものなんだよ」

 進化とは環境に順応して、最適化する行為だ。人間より高度な知性を備えているのであれば、むしろ他と合わせるべきではない。

「とにかく。ボクたちは今、グランマの胎内にいるようなものなんだ」

「そう。そのとおり」グランマが肯いた。「それなのに、アナタはどうしてワタシの存在に気づいたのかしら?」

「ボクの認識が変わったからですよ。おかげさまで、アナタを知ろうとして、他人の気持ちを考えるようになりました。改めてお礼を言わせてください」

 ユースケは腰を上げ、育ててくれてありがとうございましたと言って頭をさげた。

 グランマは手を広げ、座るように促した。

「礼を言われるような事はしておりません。ワタシはただ与えられた役目を果たしただけです。アナタもよく仕事をこなしてくれました」

「ボクの方こそ、お礼を言われるような事はしていません。エンジニアは途中で逃げ出してしまいましたし……」

「それはどちらでもよいことです。しょせん余興にすぎません」グランマは微笑んだ。それから席を立ち、キッチンへ足を向ける。「喉が渇きませんか? 時間はいくらでもあります。紅茶でも飲みながらゆっくりとお話しいたしましょう。アナタたちはなにがいいかしら? ダージリン? それともアッサム?」

「おい。そんなこと言って、また逃げるつもりじゃねェだろうな?」マキオが腰を浮かせた。

「ご心配なさらずに。かくれんぼはもうお終いです。見つかってしまったのですからゲームオーバーです」

「ボクが代わりに淹れてきましょう」ユースケが申し出た。

「いいえ。ワタシにやらせてください。是非アナタに飲んでいただきたいの」

「しかし、女王にそんな雑務をさせるわけには……」

「ワタシはもうこの世界の主ではありません。ですから、どうか」グランマは困ったような顔をした。

 その視線はユースケとは別のところへ向かっている。

「あァあ。ワタシも飲みたいなァ」アリアは駄々をこねるように足をばたつかせた。 

「毒見でも頼もうか?」マキオが皮肉を言う。

「女王様が毒を盛るなんて事するわけないでしょう」

「わからねェぜ」

「不安ならボクが先に飲みますよ」ユースケはマキオからグランマに向き直る。「グリーンティーはありますか?」

「えェ。それではワタシも同じものにしましょう」

「オレはコーヒー。ブラックでな」

「承知しました。アリア、しばらくマリィをお願いね」グランマはそう言ってアリアにマリィを預ける。軽く会釈をしてキッチンへと消えていった。

「なんか、女王っていうよりスレイブって感じだな」マキオが後頭部をかきながら言った。

 ユースケは、ボクが世界の王を凋落させたのかと考えた。

 しかし、革命と呼ぶにはあまりにも粛々として穏やかだ。

 もぬけの玉座に視線を落とす。

「……アリア」

 静かにその名を呼んだ。

 ユースケは正面を捉えたまま一人つぶやく。

ボクはなんのために生まれてきたのか、ようやくわかった気がするよ

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