【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第19話目】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第19話目 犯人の名は

 検索が始まり、キーワードに該当するページがマッチングされていく。

 キーワードの位置情報を元にインデクシングが実行され、ランキング付けされたページがリストとなって表示された。

 だが、該当数は0件

「全然ヒットしないねェ」アリアが落胆し、肩を落とした。

 グランマ内にデータが残されていないのだ。初めにユースケが回収したテキストファイル以外では、壊れたメタデータしかマッチングされない。意味のあるデータは見つからなかった。

「グランマさん、本当にいるのかなァ?」

「必ずいる」

 ユースケは確信を持って検索を続ける。

 しかし一向にヒットする気配はない。

 そうする間にもタイムリミットは刻々と近づいている。

 秒針の進む音だけがこだまする。

 一秒ごとに体を削られていくような、そんなヒリヒリとした痛みを感じた。

 ポタリと汗が滴り落ちる。

「もうダメだッ!」突然マキオが叫んだ。堰を切ったように大声を張りあげる。「やっぱりグランマはもう、ここにはいねェんだよ!」

「マキオ、落ち着いて。グランマは必ずここにいる」

「どうしてそんなことがわかるんだよ?」

「それを確認するために検索してるんだ。実験データが得られれば確証もつかめる」

「なんだよデータって? オマエはなにを知ってるんだッ? 言えッ! なにを隠してるんだッ!」

「なにも隠してないって」

「嘘つけッ。本当はオマエらだけ消え残ろうとしてるんだろッ!」

「してないってば――」

「わかるもんか!」マキオは口角泡をとばす。ユースケの胸倉をつかんだ。今にも噛みついてきそうな形相である。「そうだよ。元はと言えばオマエがアリアを改造したからこんな事が起きたんだろう? なにか企んでるに違いねェんだッ」

「それなら誰にも話さないだろ。疑われるとわかってて、なぜそんなミスを犯す必要があるんだ」

 ユースケはマキオに協力を仰ぐため、アリアを改造したことも話している。きかれた質問は正直に、包み隠さずすべて話した。

 しかし、それでも疑心暗鬼は拭いきれなかったようだ。マキオは、あきらかに悪い方へと想像が向かっている。

「オレたちがもがき苦しみながら消えていくのを見て楽しんでやがるんだろうッ」

「すべてのマスターを対象にして? あり得ないだろ。物理的にも不可能だし、そんな事したら生きていけないじゃないか」

「それはグランマがいなければの話だろう。グランマと協力すれば出来るんじゃねェのか? そうだよ……いっそオマエがグランマなんじゃねェのか?」

「それは――」ボクと同じ思考だ、とユースケは思った。「どうしてそう飛躍し過ぎるんだ」

「オマエは人間を創れるんだろう? だったら殺したって平気だ。また創りゃァいいんだからよッ。けどオレはそうはいかねェ――殺されてたまるかッ!」

 マキオが拳を振りかざす。

 そこへアリアが割って入った。

 マキオの腕に組みつき、体重をかける。

「やめて!」

「放せッ」

「ユースケが人を殺したりするわけないじゃないかよゥ。みんなを助けようと必死に動いてるじゃない」

「ぜんぶ演技だろ? オマエだって共犯なんだろうッ」

「違うよゥ」

「すましたツラしやがって。殺人鬼どもがッ。オマエ、ほんとうに人間なんだろうな? その化けの皮剥がしてやるッ!」

 マキオはアリアの腕をつかんだ。力任せに引き剥がすと、今度はその髪をつかんで組み伏せた。

「痛いッ」

「うるせえッ。証明してみせろッ。人間なのか証明してみせろッ!」

「証明って――そんなのどうやって証明するのさァ?」

「ここだよ、ここ」マキオはこめかみに人差し指をあてる。「レッドが言ってたじゃねェか。人間てのは頭が空っぽなんだってよ。脳みそがなくても人間なんだって」

「違うよゥ。頭脳があるかどうかはグランマにとって関係ないって意味だよゥ」

「へッ、よく覚えてるじゃねェか。物覚えの悪いスレイブじゃなかったのかよ?」

「ユースケに記憶を返したからだよゥ。データの保存領域に空きができたからだよゥ」

 アリアは懸命に説明する。

 しかしマキオは一層深い皺を眉間に刻む。

「記憶を返す? なにを訳のわらかねェことを。人間にそんな真似が出来るわけねェだろッ! やっぱり変だぜ。きっとイカれてやがるんだ。オマエらなんかマスターでもねェ。スレイブでもねェ。いったい何者なんだ! その頭にはなにが詰まってやがるッ! 見せやがれッ!」

 固めた拳をアリアの頭部目がけて振り下ろす。

「やめろッ!」ユースケは重心を低くし、マキオに体当たりした。腹部に組みついて横に押し退ける。

 直後。

 ヒュッ――と空気を切り裂き、鋭利な刃物が横切った。ちょうどマキオが振りかざした拳のある位置だ。

 刃物はユースケらの頭上を過ぎていく。

 不快な金切り音が耳をつんざく。

 アリアの悲鳴が不協和音を奏でた。

 金属製のテーブルがねじり切れ、崩れ落ちたその向こう側の壁にぶち当たる。

 跳ね返ってきた凶器が回転しながら足元に滑ってきた。

「見つけたッ!」

 検索がレスポンスを返す。

 クローラが目まぐるしく活動し、ユースケの命令に合わせて巡回方向を変える。

 ユースケも低い姿勢を保ったまま走り、ホール中央で旋回する。

 その視線の先にあるものを捉えた。

 ドライバーだ。一本だけじゃない。

 マイナスドライバー。プラスドライバー。トルクスドライバー。六角ドライバー。三角ネジドライバー。スクエアドライバー。ボックスドライバー。使途不明の巨大なドライバー。人を殺すために特化したようなドライバー。

 異形な先端の数々が光る。

 それらの先端は、ユースケたちを威嚇するように向けられている。

 後ろにもある。上にもある。

 気がつくと全方向から包囲されていた。

「なんだよコレ? どこから湧いて出たんだッ」

「マキオ、伏せて!」

 ゆらり、と揺れ、次の瞬間。

 プラスドライバーが矢のように飛んでくる。

 ユースケは体を逸らし、交わしたところで手刀を打つ。

 ドライバは軽い音を立ててその場に落ちた。

 二の矢、三の矢が待ち受ける。

 アリアはユースケの背に背を合わせ、それらを両手で払い落とした。

 しかしドライバーは休むことなく向かってくる。

 ポジドライブドライバーがアリアの足元をかすめていく。

 ユースケは廃材を蹴り上げ、それにぶつけた。

 そこへコインドライバーがプロペラのように回転してくる。

 アリアが身をよじり、側面から蹴りを当てる。

 ドライバーが壁に突き刺さる。

 次々とドライバーが飛び出してくる。

 その度にユースケとアリアが体を張って叩き落としていく。

 足元にはドライバーの山が築かれ、高く積み上がっていく。

 それらに埋もれるようにしてマキオは蹲った。

「オマエら、なんでそんな事ができるんだ」

「これでもエンジニアだからね。武芸全般は嗜んでるんだ」

ただし全般通信教育ですけどォ!」アリアが付けたした。

 一言余計である。

「まあ、昔取った杵柄きねづかってヤツだね」

 ユースケは、襲いかかるドライバーのグリップを捕らえようと手を伸ばす。

 しかしそれは意志を持ったように加速し、指の間をすり抜けていく。

 壁際まで突進すると上空に進路変更し、垂直に飛びあがった。

 天井に到達すると、方向を変え、切っ先を向けたまま落下してくる。

 やはりマキオが標的だ。

 ドライバーがマキオの頭頂部めがけて一直線に加速する。

「ひィ――」

 腰が抜けているのだろう、マキオはその場で頭を抱えた。

 その後頭部に突き刺さろうかという寸前、ユースケが両手を広げて両者の間に立ちはだかる。

 刺さる寸前、ドライバーが空中で急停止した。

 方向を変えようシャフトをしならせる。

 そこへアリアが、エプロンをはためかせながらハイキックをくらわせた。

 ドライバーがマキオの足元に突き刺さる。

 マキオはまたひッ、と小さく悲鳴を上げた。

「くそッ! なんでオレがこんな目に遭わなくちゃいけねェんだッ」

「そうなるように演技してもらったからだよッ――と!」ユースケは股の間を抜けていくプラスドライバーを踵で蹴った。

「嘘ついてもらっちゃってゴメンねェ。でも、マキオってば、迫真の演技だったねェ。おォ、怖かったよゥ」

 そう言いながらアリアは、マキオの首を狙っていたマイナスドライバーを白刃どりする。それを向かってくる六角ドライバーに投げつけた。

「ほんとうに、演技だったのか怪しいくらい力がこもってたよね。役者の才能あるよ、きっと」

 ユースケが手放しに拍手をする。

 その両手をすり抜けて異形なドライバーが接近する。

 壊すことに特化したドライバーだ。それが錐揉み状態でマキオのこめかみ目がけて飛来する。

「そ、そんな事はいいからちゃんと守ってくれッ」マキオが声を震わせた。

 それでもマキオは錯乱はしていない。

 まともに戦えば相手ではないし、臆病なのは確かだが、その反面、クレバーでもあるとユースケは評価している。

 だからこそ、犯人を誘うため、マキオに狂乱を演じてもらうように頼んだのだ。

 アリアは身をていし、マキオに刺さる寸前で肘をあててドライバーをたたき落とす。

 鈍い金属音が響いた。衝撃でドライバーは真ん中から折れ、シャフトとグリップが分離する。

 アリアは、蹴ったその足で踏みつけ、飛散するシャフトを取り押さえる。

「つかまえたよッ」

「そっちじゃないッ」ユースケは残ったグリップを追いかける。

「犯人って――このドライバーが犯人? いや、まさかモモちゃん?」

「違う。確かにこれらは彼女のコレクションだろうけど、残念ながらモモはほんとうに消失してしまったんだッ」

「じゃあ、いったい――?」

 疑問を無視してユースケはグリップを追う。

 それは椅子の隙間を縫うようにしてランダムにして逃げていく。

 べつの小さな影が見えた。

「なにかいるぞッ!」マキオが叫んだ。

 影はグリップを捨て、ユースケ目がけて放り投げた。

 ユースケは素手でそれを払い落とす。高速で蠢く小さな影を必死に追いかける。

「待て、逃げるなッ! ボクに用があるんじゃないのかッ」

 影に向かって叫んだ。

 とつぜん照明が向きを変えた。

 スポットライトが当たるとその影は、威嚇するように自身を壁一面に広げてみせた。

 手。

 手首。

 否――

 口があり、目がある。

 人の形。

 人に非ず者――

「ス、スタンドアロンかッ?」

「そんなもの、この世界にはいないッ。コイツはそんなんじゃないッ!」

 ――ワタシを。

 音が聞こえた。

「声?」アリアは耳を押さえる。

 否、声ではない。

 聴力を、入力装置を介さない。

 それは脳に直接訴えかけてくる。

 ぐらり。

 ぐらり。ぐらり――

 世界が歪む。変調をきたすほどの異質な周波数。

「またウィルス?」

「違う。同じであってもそれとは別の名だッ」

 また音がする。不快な波が繰り返し発せられる。それは次第に鮮明になっていく。

 ――ワタシを。 

 ――ワタシを探さないで。

 音は繰り返し、そう聞こえた。

「ワタシって誰なんだよッ!」マキオが耳を塞いで叫ぶ。

「探してほしくないなら黙ってればいいものを――」ユースケは歯噛みした。「正体を現せッ!」

 左手のチップが光る。

 淡い緑の光が壁を伝っていく。

 ユースケは加速し、突進した。

 影が光から逃れるように萎縮する。

 ライトを通過し、上階へ通じる穴に向かってのびていく。

 速い。

 が、しかしユースケのスペックの方がわずかに上回った。

 逃げられる手前で天井部のシャッターが閉まる。

「建物が勝手に動いてるッ。これは――グランマなのか? グランマの意志なのかッ?」

「違う。ボクが動かした、コントローラーを支配したッ!」

 影が迂回してフロアに戻ってくる。

「アリア、ネットワークの回線を遮断ッ!」

「アイサーッ!」

 命令すると、共鳴するようにアリアの左手がユースケと同色の光を放つ。

 同時に各部屋へ通じる扉も緊急ハッチが作動した。

 ユースケはケーブルを回収する。

 フロアにあるモジュラージャックも、拾ったドライバーですべて潰した。

 これで逃げ場はない。すべての出口が塞がり、ホールは完全な密室となった。

 影が動かなくなった。

 壊れたテーブルの隅に隠れ潜んでいる。

「グランマをのっとったのか?」マキオが頭をあげてきいた。

「そんな大げさなトリックは仕掛けてないよ。ただ、クローラーに罠を仕掛けただけ――ハッキングこそボクの十八番だからね」

 そう言ってユースケは肩を竦めた。プログラムが正しく機能してくれたことに安堵する。

 レッドも、ユースケの設計思想をちゃんと見抜いてくれていた。それが嬉しかった。

「そいつはグランマじゃねェのか?」

「グランマです。否……グランマですが、それは彼女の本当の姿でもないし、本当の名前でもない」ユースケは呼吸を整え、ゆっくりと歩み寄る。「さァ、もう逃げられませんよ。いい加減姿を見せてくれませんか」

 影の正体を――

「現してくれませんか?」

「彼女?」アリアが首を傾げる。

「そう、彼女の本当の名は――」

 ユースケは瓦礫を退けた。影に光が差す。

 そこにいたのは――

 人形。

 化けの皮が剥がれた金属製のマリオネットだった。

マリィちゃん!」アリアが目を見開く。

 マリィは、その身の丈と同じサイズの手首を抱えている。

 それを手放した瞬間――

 ブレイカーが落ちたように世界が暗転した。

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