【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第17話目】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第17話 ようやく自覚したようだ

 アリアがマキオがいるシェルターの扉をノックした。

 しかし返事はない。

 ユースケは扉に左手をかざす。青いランプが点灯し、問題なく開いた。扉が閉まらないよう間にドライバーを噛まておく。

「マキオ? 入りますよ」

 部屋の間取りは他と変わらない。備品も机とベッドがあるだけだ。

 パソコンのバックライトが点灯している。机に向かう人影が薄明かりの中に映った。マキオだ。法則通り消失していなかった。背中を向け、うつ伏せの格好で蹲っている。

「マキオ?」

 ユースケはマキオに駆け寄ると肩をつかんで揺さぶった。

 しかし、やはり返事がない。動かない。腐敗臭。悪寒。嗚咽。まさか、

 ――死。

 それを予感した。

 無理やり抱き起こし、マキオの顔を覗きこむ。

 その顔は、その目は半開きのまま白目を剥いていた。

 歪んだその形相を見てアリアは、ひィと小さく悲鳴をあげた。

 ユースケは大声を張り上げる。

「マキオッ!」

 ビクッと、体を震わせた。マキオは瞳を回転させてユースケを捉える。

「……おォ、なんだユースケか」

「マキオ、生きてるのか?」ユースケは驚きながら手を放した。

「あァ? なに言ってんだ、見りゃわかんだろ」マキオはあくびをしながら首を回した。「……おっと、うっかり寝ちまってたのか」

「寝てた、のか?」

「寝てたんだよ。悪いか?」

「べつに悪くはないけど……」

 怖かったよゥ。死んでるのかと思ったよゥ、とアリアが涙目になって訴えた。

「失礼なヤツだな」マキオがそれを睨みつける。「それよりなんの用だ? オマエら勝手に他人の部屋に入ってきやがって」

「掲示板に書き込んでも返事はないし、死んでるんじゃないかと心配したんですよ」

「なんでオレが死ななきゃいけないんだよ?」マキオは怪訝そうに眉をひそめた。「オマエらこそ全然連絡寄越さねェから退屈してたんだぞ」

「退屈って……あァそうか、マキオは全然状況を把握してないんですね。今までどうしてたんですか?」

「どうって、そりゃあゲームだよ。ゲーム」

「ゲーム?」ユースケは繰り返す。

「良いところまでいってたのに。寝落ちしちまった」

「……バリバリ元気そうだねェ」アリアが呆れたようにつぶやく。

「あァ。心配して損したよ」

 マキオの悔しがる様子を見てユースケも頬をかいた。

 マキオのパソコンに目をやると、ゲームオーバーの文字が表示されている。ほんとうに遊んでいたようだ。だが、とにかく自分たち以外にもまだマスターが残っているという事実に胸を撫でおろした。

「特に異変はありませんでしたか?」ユースケがマキオにきいた。

「べつに無ェけど……オマエらこそ、なにやってたんだ? よく見たらすげェ汚れてんじゃねェか」

「いろいろとトラブルがありまして――」

 ユースケは、マキオがシェルターに籠ってゲームに興じている間に起きた出来事を語って聞かせる。リンが何者かに殺されたこと。コンパイル中にウィルスを発動させてしまい、レッドを死なせたこと。モモとジョーは今日の消失で共に消えてしまったこと。同じくしてレッドの死体も消失したこと。そして、一度はプログラムを消失させたが、コーディングし直して、再コンパイル中であること。しかし、明日の消失までに終わらせ、検索できるかが難しい状況であることを伝えた。

「――という訳なんです」

 時間に追われて早口になったが、なんとかユースケは要点をかい摘んで話すことができた。

 しかし状況を聞き終えたマキオは悠長に構え、ふーんと鼻を鳴らすだけだった。

「で?」

「……で?」

「それがオレの部屋に来たことと、どう関係があるんだよ?」

「どうって……つまりマキオにも手伝ってほしいんですよ」

 ユースケとアリアは今もコンパイルを進行させている。その進捗を見せた。ディスプレイには完了予測時間も表示されている。そうしている間にも時は刻一刻と流れ、時計は午後9時を報せた。次の消失まで3時間。切迫した状況といえる。

 すぐにも参加してほしいところなのだが、マキオはあくびを噛み殺しながら言う。

「面倒くせェ」

「面倒って……」ユースケは耳を疑った。「この期に及んでなにを言ってるですか?」

「オレは手伝わねェって言ったはずだぜ。なんでそんな疲れることやらなきゃいけねェんだよ?」

「レッドもモモも消えてしまって、頼れる人はもういないんです。残った全員で協力しないと、とても解決できませんよ」

「オレが参加したって結果は変わりゃしねェよ」マキオはディスプレイに向き直る。「どうせ間に合わねェんだったらよ、最後のひと時を満喫しなくちゃな」

 そう言ってゲームを再開した。

 茫と、ディスプレイから灯りが漏れる。画面に反射するその瞳は黒く濁り、生気が感じられない。そこにいるはずなのに、存在が希薄だ。すでに死に体のようである。

 思考が停止している。

 ユースケはそう思った。

 それからマキオの襟元をつかんで強引に振り向かせる。

 拳を握り固めてその頬を殴った。

 マキオがコントローラを手放し、椅子から転げ落ちる。勢い余って壁にぶつかった。

「てめェ、なにしやがる!」

「寝惚けたことばっかり言ってるから、目を覚まさせてやっただけだッ」

「ちゃんと起きてんだろ。てめェこそどこに目ェつけてやがんだ!」

「頼むから協力してくれッ。時間がないんだ!」

 ユースケは、追い打ちをかけるようにマキオに馬乗りになった。

「見下しやがって。それが人に頼む態度かよ。偉そうに。エンジニアだからって調子にのってんじゃねェよッ」

「エンジニアとか関係ない。ボクは一人の人間として、ユースケとしてマキオにお願いしてるんだ!」

「誰が聞くかッ」

 マキオはユースケのジャケットをつかみ、体重をかける。引き寄せた顎めがけて拳を繰りだした。僅かに開いた隙間に足を折りたたみ、勢い良く伸ばした。腹に蹴りが入るとユースケは仰け反って倒れる。自分で刺した傷が痛む。悶絶して、のたうち回った。

「さっさと出ていけッ。オレは忙しいんだ!」マキオががなり立てる。「これ以上邪魔するんなら容赦しねェぞ!」

「ユースケッ。大丈夫?」アリアがユースケの体を支えた。

「平気だけど……」

 ユースケは怯んでいた。

 言葉は通じても、話が通じない。

 意志は感じられても、理屈が通らない。

 まるで別次元の生物を相手にしているみたいだ。なにがそこまでマキオを頑なにさせているのかわからない。

 理屈も、感情も通用しない。

 そんな相手をどうすれば説得できるのか見当もつかなかった。

 ユースケの動揺を感じたのか、アリアが思わせぶりな助言をする。

「ねェ。あのことを教えてあげれば良いんじゃない? そうすれば間違いなく気が変わるよゥ」

「あのことって……あァ、あのことか……」ユースケは思い至ると顔を曇らせた。「でも、それはちょっと残酷なんじゃないかな」

「なんだよ、あのことって?」マキオがきいた。

「いや、なんでもない……」

「なんだよ、もったいぶって。言いたいことがあるならはっきり言えよ」

 躊躇うユースケを気遣うようにアリアがその肩を持つ。

「ユースケってば、やさしいから遠慮してるんだねェ。でも、この際ズバッと教えてあげれば良いんだよゥ」

「デリケートな問題なんだ。ボクの口からは伝えにくいよ」

「言葉にしなくちゃ伝わらないでしょう。言い難いんならワタシが代わりに言ってあげようかァ?」

「いや、それもちょっと……」

 曖昧なユースケの態度にマキオがごうを煮やす。

「なんなんだよ、さっきからふたりして。いいからアリア、教えろ」

「聞いて後悔しないね?」

 アリアは立ち上がり、マキオをじっと睨みつけた。

 その意志を問う。

 マキオが無言で首肯する。

 それを見たアリアは咳払いをし、人差し指を立て、マキオってば――

臭うんだよゥ

 と言った。

「……」

 しばし時が止まる。

「……はァ?」マキオが素っ頓狂な声をだした。

「えッ――そっち?」ユースケもつられて声が上擦る。理解するのに数秒のタイムラグを要した。「なんだって今このタイミングでその話が出てくるんだよ?」

「うん? そっちって……えェ? 違うのォ?」

「違うよ」

「じゃあ他になにがあるのさ? みんなそう言ってたじゃないかよゥ。あのことと言ったら、マキオが臭いって話に決まってるでしょう。まァ、ワタシは鼻が利かないからわからないけどさ、マキオは臭くて臭くて堪らないって話じゃないのォ?」

「オレが、臭い?」

「そうだよゥ」アリアは鼻をつまんで手で扇ぐジェスチャをした。「マキオってば、ちゃんと自分の姿を見たことないでしょう?」

 そう言って鏡を出し、マキオに向ける。

 映ったのは腹の肥えた醜い中年の姿だった。

 髪は油に塗れ、ボサボサに絡まっている。そこから落ちた白い粉が凝固して、体中にこびりついていた。

 加齢を防ぐメンテナンスを怠っているのだろう。深い皺が刻まれ、黒い斑点も肌に浮いている。そのコントラストがひどく汚らしい。

 細部をよく観察してみると、毛穴も開ききっている。爪はだらしなく伸び、その隙間に垢が溜まって黒ずんでいた。

 着ているジャージもすり切れてボロボロで、いかにも浮浪者といった風体である。

 鏡に映る自分の姿をマキオは凝視した。

「これが……オレ?」

「そうだよゥ。もしかして、お風呂も入ったことないんじゃないのォ?」

 指摘され、マキオは無言のまま視線を逸らした。アリアは目を細める。

「やっぱりねェ……だから臭いんだよゥ」

 そう言って追い打ちをかけた。

 しかしマキオは認めない。

「嘘だッ。オレがこんなオッサンなわけがねェだろう!」

「ウソじゃないよゥ。生身の部分は人間なんだから。いくらマスターだからって、なにもしないで若さを保ってられるわけないじゃないか。アンチエイジングは必須だよゥ」

 アリアの主張は正しい。

 機械でさえ時間の経過と共に劣化して、いつかは壊れる。生身であればなおさらだ。半永久的に生きられるとはいえ、メンテナンスを怠ればそこから古びて死に至る。マキオは汚れて臭っていただけでなく、ずっと年上だったレッドよりも老けてみえる。だれよりも現実的な死に歩み寄っているのだ。

「だけど、そんなこと誰も教えてくれなかったぞッ」

「いや、メンテナンスマニュアルは全員に配布されてるはずですけど……」ユースケは両手を広げ、なだめるように言った。

「あんな重たいデータ読むヤツなんているかよッ」

「いや、命に係わるんですから。いくら面倒でもさすがに読むでしょう。それでなくたって、定期的に通知は来てたでしょうに」

「オレだけなのかッ? オレだけが気づいてなかったのかッ?」

「他にもいたかもしれませんが……いずれにしても、普通はどこかで気がつきますよ」

 否。みんなどこか変なのだ。

 今となっては確かめようがないが、マキオのように気づかずにそのまま死んでしまった者もいたかもしれない。

「オレは死んじまうのか?」

「まァ、このままなにもせずにいれば。いずれは……」

 ユースケの告知にマキオが青ざめる。

 その場で膝を着いてくずおれた。そして、頭を抱え、死にたくねェと言って号泣した。

 とっくに死期は訪れているというのに、ようやく死を身近なものとして実感したようだ。

「いずれはって言うか。どっちにしても今日消えちゃうわけだけどねェ」アリアが言った。

「それ、どういうことだよ?」

「えっと、これは本当に言おうかどうか迷ってたことなんですけど……」ユースケが重い口を開く。「消失する順番は特定できてるんですよ。それで、今日はふたり消失するわけですが、そのうちのひとりはマキオなんです」

「オレ?」

「そうです。もうひとりは不確定ですが……いや、予測が正しければボクもです」

「どうしてわかるんだよ?」

「ユースケには事件の全体像が見えてるみたいだよゥ」

「じゃあ、対策もできてるのか?」

「いいえ。だからこそ協力をお願いしに来たんです。いいですか? ボディをメンテナンスするにも、消失を回避するにも、いずれもグランマを探し出す必要があるんです。だけど、検索エンジンはまだ――」

「わかった。わかったよ! 協力すりゃあ良いんだろッ」

「ありがとうございますッ。助かります!」ユースケは頭を下げた。

 マキオの肩を抱いて喜ぶ。嬉しくて臭いも気にならなかった。

「か、勘違いするなよ。CPUを貸してやるだけだからな」

「男のツンデレ超キモい」アリアが囃したてた。

「それで充分です。アリア、早速準備しよう。検索エンジンの他にもトラップが必要だ」

「トラップ?」

「協力してくれるね?」

「アイサー」アリアは元気良く応じた。「マキオにも手伝ってもらう?」

「そうだね……だけど、それより先に優先してもらいたいことがあります」

「なんだよ?」

 ユースケは親指を立て、後方を指して言った。

「体の洗い方はわかりますよね? とりあえず風呂に入ってきてもらえます?」

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