【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第15話目】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第15話 トラブルがさらにトラブルを呼ぶ

 午後8時。

 ユースケはひたすらコーディングを続けた。頼れる仲間はもういない。ここからはたった一人で行わなければならない。3時間ぶっ続けでキーを叩き、検索エンジンが完成した。ファイルに名前を付けて保存する。

「ふう、やっとできた」ユースケは丸まった背筋を伸ばした。

「お疲れ様ァ」アリアが労う。「すごく集中してたねェ」

「人間追い込まれればなんとかなるもんだね」

 一度完成させているという経験も大きいが、それ以上にモチベーションが違う。精神的な要因が大きかった。ユースケは、ジョーが淹れてくれていたグリーンティーをひと口すする。すっかり冷めていたが美味いと感じた。

「さァ、次はコンパイルだ」

 時計を確認する。次の消失まであと4時間。

 一人でビルドしていては間に合わない。

「アリア。さっそく手伝ってくれるか?」

「オーケイ。いつでもいいよゥ」

 ユースケは、レッドが残した仮想サーバに接続し、分散コンパイルの準備をする。ルータにピンプラグを指そうとしたが、しかしそこで思いとどまった。

「どうしたのォ?」

「いや、サーバには接続しない方が無難かなって。無線もやめた方がいいな。また邪魔が入ると困るし。今はボクとアリアしかいないんだ、直接繋ごう。こっちへおいで」

 そう言ってユースケは手招きした。

 アリアはその手を取ろうと歩み寄る。しかし、アリアはうーん、と唸って頭を押さえた。動作がぎこちない。よろけてその場に座り込んでしまった。

「どうした?」ユースケが慌てて駆け寄る。

「なんでもない。ちょっと眩暈がしただけだよゥ」

「なんでもないことないだろう。見せてみろ」

「大丈夫だって」

 気丈に振舞っているものの、アリアの視線は定まっていない。光彩から色素が失われ、白濁している。バッテリーの残量が底を尽きかけ、ほとんど視力を失っているようだった。

「さっき充電し損なったからだな」ユースケは首を差しだす。「ほら、バッテリーを確保しながらコンパイルしないと」

「でも邪魔はしたくないよゥ」アリアは躊躇うように後ずさった。

「邪魔なもんか。アリアの協力がないと間に合わないんだ」

 ユースケは、バッテリーを消費しながらでもふたり分のCPUを合わせて並列処理した方が速いと計算している。アリアを抱き起し、首を噛ませた。

 だが充電ランプが灯らない。ディスプレイの表示も変化しなかった。アリアの瞳は色を失ったままだ。

「なんで充電が始まらないんだ? やっぱりどこか故障してるんじゃないのか?」

 パソコンからケーブルを繋ぎ、アリア用の診断プログラムを走らせる。いくつかのコーションは発生しているものの、エラーはない。総合所見も異常なしと判定された。

「くそッ、こんな時に。どうなってるんだ? 偶然にしては酷すぎるだろう」

 ユースケは苛立ちを隠さない。どうしてこうも次から次へと問題が重なるのか……

 アリアは目を伏せ、ユースケに寄りかかったままつぶやく。ぐったりしてしゃべるのも辛そうだ。

「故障でもないし偶然なんかじゃないんだってば……機械に偶然は起こらない。これは必然なんだよゥ」

「だけど、こんなこと今までなかったぞ」

「そうだろうねェ……」

「心当たりがあるのか?」

「うん。でも……」

「どうしたんだ? 原因があるのならちゃんと話してくれ。さっき約束したばっかりじゃないか」

「原因ははっきりしてるんだけどォ……話してもどうにもならないから」

「そんなのわからないじゃないか。さァ、早く」

 急かされ、アリアは重たそうに口を開いた。

寿命が尽きたんだよ

「寿命? バッテリーじゃなくて?」

 半永久的に生きられるマスターにとって、それは聞き覚えのない単語だった。否、モノにだって寿命はある。エンジニアをしていれば知らないはずがないのだが、ユースケは心のどこかで拒絶している。

 アリアは補足する。

「つまり、これ以上、生きられないってこと……死が近づいてるんだよゥ」

「そんなバカなッ! スレイブだって半永久的に機能するはずだぞ。何故、寿命が尽きるなんてことが――」

 ユースケはその原因に思い至った。

「そうか、なんてことだ……グランマが逃げたからか

「そう。ワタシはグランマさんがいないと生きていけないんだよゥ……」

 アリアはグランマに創られたスレイブである。

 そのグランマが脱走した現在、アリアの躰はブレイカーが落ちているような状態だ。いくらユースケが電源を供給させようとしても、元を断たれてはどうにもならない。世界全体が徐々に機能を停止させている中、その影響がついにアリアにも及んでいたのだ。

「バッテリーは後どれくらいもつんだ?」

「セーフモードでも、明日の0時まで、だろうねェ……」

「それはもしかして、アリアが人間でなければ、ボクの消失を最後にマスターが絶滅するタイミングじゃないのか? 結局、そこがタイムリミットなのか……」

「これでよかったんだよゥ……」アリアが言った。

「全然よくないよ」

「でも、これでユースケと一緒に消えられるじゃないか……残されるのはやっぱり嫌なんだよゥ」

「違う。死ぬことと消えることは同義じゃない」

「ユースケに認識されないなら、ワタシにとっては同じことだよォ……」

 消失しても生存の可能性は残されている。しかし死んでしまえばもう、誰にも認識されない。アリアは手探りでユースケの袖をつかむ。ひどく震えており、そこから発せられる負の感情が伝わった。

 ユースケは頭を抱えた。

 ボクはまた失敗を繰り返してしまうのか、と。

 何時間も無為に過ごしたことが後悔される。

 それでも今回ばかりはあきらめない。

 こんな時はどうしたらいいか、と必死に考えを巡らせる。

 そして、ふッ――と閃光が脳裏をかすめた。

 そうだ。アイディアはある。

 しかしアリアは拒否するだろう。

 ユースケはアリアの顔を見る。

 どうするべきか。

 以前なら二の足を踏む場面だ。

 否、どうもこうもない。

 選択肢はひとつしかない。

 なにもしなければ緩慢な死が待っているだけだ。

 なにもしないことは失敗だ。

 それは嫌だ。

 そうだ、ならいっそ――

 ユースケは迷いを断ち切り、残されたモモのドライバーを引き抜いた。

「アリア、これを持って」

「なにこれ? こう?」

「なんでもない。そのままじっとしてて」

 アリアの手を取り、ドライバーを握らせる。ポーズを固定させると次に、アリアの背中へ手を回す。そしてアリアのボディをぎゅッ――と抱きしめた。

「ちょっと、ユースケ?」

「大丈夫。すぐに終わるから」

 とくん。

 互いの体温が上昇するのがわかる。戸惑うアリアをよそにユースケはぎりぎりまで躰を寄せていく。

「こっちだ。アリアもボクにしがみついて」

「いいのォ?」

「いいから、心配しないで」

「……わかった」

 アリアは支えきれない自重に任せてもたれかかり、ユースケに身を委ねた。

 するとユースケはぐゥ――と唸り声を上げた。苦痛に顔を歪ませる。

「なに、どうしたの? ユースケ?」

 ――人間は道具を思いがけない使い方をする。

 だからユースケに自殺は出来ないよう設計されている。しかし、

 ――グランマの安全設計に不備がある。

 だから偶然を装い、その隙を突いた。

 ユースケは、アリアの意志を無視して、自らの腹にドライバーを刺した。

 アリアに生温かい液体が付着する。

 さらにユースケの脳波の乱れを感じたのだろう、ようやく異変を察知した。

「大変――」

「放すなッ!」

 青ざめるアリアをユースケは一喝した。ドライバーを落とさないようにその手首をつかむ。

 さらにもう片方の手で柄を握る。

 アリアを固定させたまま、少しずつ自分の躰をスライドさせ、腹部を切り開く。

 強烈な痛みが走る。消化器官は生身のままだ。付近には神経も多く残っている。

 ユースケは歯を食いしばりながら、気絶しそうな痛みに耐える。

 だが穴が広がったところで後ろに倒れた。

 ドライバーが抜けて腹のなかが露出する。

 黒く濁った血液が辺り一面に広がった。

「どうしてこんなマネを!」アリアが叫んだ。

「キミを助けるためだ」ユースケはそう言って壁に寄りかかる。

 上半身を起こすと腹に指を差し入れた。断線した電子回路から漏電し、腹の中で火花が散る。

 それでも感電を恐れず胃の裏側を探っていく。

 アタッチメントの外れる音がした。ユースケが手を引き抜くと小さな金属の塊が現れた。

 内蔵型のバッテリーパックだ。

 それは落下時、応急処置としてアリアから移植されたものだった。

「これを使えば充電できる」

「そんなの、受け取れるわけじゃないじゃないッ」

「大丈夫。ボクのバッテリーは満たされてる。明日まで充分もつから」

「そんなことより早く手当しなくちゃ。あァ、血が……」

 アリアは四つん這いになって近づき、手探りでユースケの腹に手をあてた。

 しかし穴を塞いでも血液は、止めどなく指の隙間から溢れていく。

 ディスプレイが自動で展開し、パラメーターの異常が示される。

 バイタルサインが正常値を下回っていると警告音を鳴らす。

 その値を確認するまでもなく、彼の呼吸は荒い。脈拍も低下していた。

 アリアは両手からケーブルを伸ばす。止血や患部の縫合を行うための準備を始めた。麻酔をかけようと酸素マスクをあてがう。

 しかし、ユースケがそれを拒否した。握りしめたバッテリーを彼女に差しだす。

「なにしてるの、動かないでッ」

「先にこれを受け取ってくれ」

「ダメよ、それも必要になるわ。生体箇所に重傷を負ったのよ。生命維持装置のレベルを上げないと」

「しなくていい」

「このままじゃ死んじゃうよォ」

「それでも、これはアリアのものなんだよ」

「それはユースケにあげたんだよ」

「どちらが使っても同じことだ。ボクたちは群体のようなものなんだから」

「言ってることが滅茶苦茶よッ」

「ボクたちはふたりで一人前だ。運命共同体なんだよ。互いに教え合っているし、支え合っている。アリアが死ねば、ボクも死ぬ。キミなしで語るストーリーをボクは持っていない。アリアだって、そう思ってくれてるだろう?」ユースケは吐血しながら続ける。「だからこれは命令じゃない。お願いだ。キミが受け取ってくれないのなら、ボクも手当を受けない」

「わかった。わかったから。ユースケの気持ちはわかったから!」

「さァ、装着して」

 アリアはバッテリーを手にするとすぐさま装着した。

 目の色が変わり、みるみる調子を取り戻していく。視力機能が回復した途端にユースケを睨みつけた。

「本当にバカなんだから。こんな無茶してッ」

「大丈夫。これくらいじゃ死なないよ。これでもすこしは鍛えてるんだ」

「知ってるわよ」

 エンジニアは、何日も眠らずに仕事をすることが多々ある。納期が設定され、それに間に合わせるために時間と格闘しなければならないのだ。それを実行するためには、平均を遥かに超える強靭な体力は最低限必要の要求資格だった。

 血を多く流し、危険な状態に変わりはないが、それでも今、倒れるわけにはいかない。休むわけにはいかない。意識を保っていられるのは、精神が高揚し、一種の麻酔が効いているからだ。

 アリアはユースケをそっと寝かしつける。

「待ってて。すぐに治してあげるから」

「時間が惜しい。5分で頼むよ」

 現在時刻は午後8時15分。時間はなにがあっても容赦なく進んでいく。

「厳しい納期だなァ。死にかけの人間が要求するレベルじゃないよゥ」

「これだけ軽口が叩ける元気があれば、なんとかなりそうだと思わない?」

 アリアのぼやきに対し、ユースケは意識がなくなる直前で皮肉を返した。

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