【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第13話目】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第13話 してはいけない失敗とは

 午後11時55分。

「ダメだね」モモが言った。「バックアップも全滅。完全に消失しちゃってるよ」

 レッドの遺体からデータのサルベージを試みたものの、ソースはすべて消失していた。

「そっか……」ユースケがつぶやく。

「あれは本当にグランマだったのかな?」

「わからない。今となっては確かめようがないよ」

 グランマは病んでいたのか。それともグランマがウィルスだったのか。わからない。

 そのわからないものを、レッドはグランマだと信じて亡くなった。そしてウィルスもデータを削除し終えると同時に消滅した。宿主を道ずれにして。

 いずれにしても悪意を植え付けたのは人間だ。

 エンジニアという人種は全員病んでいる。

 マキオの言うとおり、世界は自分たちが創っているのだと誤解している。

メサイアコンプレックスか。破壊するならボクを壊してくれれば良かったのに」

「ユースケを死なせるわけにはいかないけれど……ねェ、あのウィルスはなんだったの? 知っているような口ぶりだったけど」

「知ってるもなにも……あれはボクが創ったんだ」

「ユースケが?」

「改良されていてオリジナルとはすこし違っていたけどね。そんな芸当ができるのはグランマくらいだろう。ボクが書いたプログラムなんかよりずっと綺麗だったから、気づくのが一瞬遅れちゃったよ」

「なんでそんなもの創ったの? 理由を聞かせてよ」

「理由? 理由なんて多分なかったと思うよ。そう、意味なんてない」

 意味なんて――

「ただ、創ってみたかっただけだよ。どうなるのか試してみたかったんだ

「なんだよそれ。そんなの答えになってないぞ」

「本当なんだから、しかたないだろう。それとも、そこに納得できるストーリーがあれば良いのか? 意味ないだろう。それが真実だって保証はどこにもないんだぞ? それでも理由が知りたいなら教えてあげるよ。そうだな……」ユースケは自分の首を絞めながらまくしたてる。「自殺用だよ。自分という存在を消したかったから。自分で自分を殺すことはできないから。殺してくれる存在を創った。モモと同じモノを傍に置いておきたかったんだよ。どうだ、これで満足か? 結局使わなかったけどな。まったく――使えねェ」

 最後にそう言い捨てた。

「バカヤロウ!」

 モモが激昂し、ユースケを殴りつけた。

 ふたつの死体が転がるシェルターで、ユースケは死体のように転がった。また血で汚れる。

やっちゃいけない失敗ってものがあるだろう。教わらなかったのか?」

「教わったかな……最近忘れっぽくて」

「憶えてなきゃ教えてやる。それは命に係わる失敗だ。二度とトライできなくなる失敗だけはやっちゃダメなんだ」

「ああ、そうだった気がするよ」

「ユースケが余計なことしなけりゃ、余裕で間に合ってただろうに。先生だって死なせずに済んだだろうに。人類だって救えたかもしれないのに……」

 救世主にだってなれたかもしれないのに、とモモは泣いた。

 ビルドは完成させられず、ソースまで失ってしまった。どう考えても間に合わない。次の消失時間は間もなく時を迎えようとしている。

「ユースケ、オマエはいったい何者なの? なんでオマエが創ったプログラムがここにあるんだよ?」

「わからない」

「意図的にプログラムを改ざんしたんじゃないの? それができる人が他にいるのか?」

「わからない」

「オマエが犯人じゃないのか?」

「わからない」

 わからない。わからない。

 わからない。わからない。わからない――

 ユースケは頭を抱えてうずくまった。

 モモはその胸倉をつかんで無理やり起こす。正面から睨みつけた。

「生きようとしないヤツが、やる気のないヤツが一人でも混ざってるとこうなっちゃうんだ」

「まったくだ。返す言葉もないよ」どこで間違えたのか。ユースケはそう思う。「誰よりも強く消えたいと願っていたはずなのに、最後まで残っちゃうなんて……」

「嘘つけ」モモは唾棄した。「検索エンジン、もう一度作り直せよ」

「いや、今はなにもしたくない気分なんだ。頼むから、独りにしてくれないか」

「言われなくたってそうなるさ。みんな消えちゃうんだから。オマエだって、なにもしないなら消えたも同然だよ。良かったじゃない。望みは叶うんだよ。さァ、時間だ」

 午後11時59分。

 今日が終わるまで残り1分を切ったところでアラームが鳴り始める。

 次第にモモとジョーが透けていく。

「餞別だ」モモはドライバーをフロアに置いた。「死にたかったらアリアに殺してもらえばいい」

「ありがとう。恩に着るよ。でも、残念ながらアリアはボクを殺したりしない」

「はッ、惚気なんて聞きたくないね」

「違う。そうじゃないんだ。彼女はボクを殺したりできないんだ。何故なら彼女は――」

 失敗作だから。

「オマエが創ったんじゃないだろ!」

 モモが拳を振り上げた。しかしそれは虚空を彷徨うだけで、振り下ろす前に消えてしまった。ため息を吐き、諦めたように背を丸めてモモは座りこんだ。わずかに体が震えている。

 ユースケは彼女の機微を感じ取ったが、結局なにも言えずに背を向けた。

 視線の先にはジョーがいる。ジョーの下半身はすでに消失し、宙に浮いていた。

「ジョーもボクを殴るかい? やるなら手が残ってる、今のうちだよ」

「いいえ」ジョーは首を振った。「ユースケさん、モモさんはアナタに頑張ってもらいたいだけですよ」

「どうしてキミにそんなことがわかるんだ?」

「アナタがカッコいいと思えるからですよ」

「ボクがカッコいいだって?」ユースケは苦笑した。「どこをどう評価したら、そんな感想が出てくるんだ?」

「だってユースケさん、一生懸命だったじゃないですか。プログラムを書いてる時のユースケさんはイキイキしてました。問題を解決しようと、自分じゃない、誰かのために行動したり、傷ついたり。そんなことができる人ってなかなかいませんよ」

「結果が出せなかったんだ。なにもしてないのと変わらないさ」

「そんなことないです。すくなくともボクは勇気をもらいました」

「勇気?」

「今はもう、生まれ変わったみたいに消えるのが怖くないんです」

「そういうのは洗脳っていうんだよ」

「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれません。だけど、本当は誰だって、今日消えるかもしれない、っていう気持ちで生きるべきなんですよね。ボクはもう手遅れだけど、ユースケさんとアリアさんにはまだ時間が残されているじゃないですか。チャンスはきっとあります。だからどうか、ボクたちが消えても、消えずに済む方法を見つけてください」

「だけど……」

 ジョーは、ユースケの台詞を遮って先回りする。

「きっと意味はあります。ボクの家族は消えてしまったけど、彼らはちゃんとボクの中で生き続けています。同じようにユースケさんが覚えていてくれれば、アナタに関わったすべての人生が報われます。だから、ストーリーを繋いでください」

「ジョー」

「なにも役に立てなくてごめんなさい」

「料理美味しかったよ」

「また作ってあげるね。インスタントばっかりだけど」

 ジョーはぺろりと舌をだし、それからエプロンを脱いだ。アリアがそれを受け取り、自分のものと交換する。

「きっとなんとかするからね」

 ハグをしながらアリアが言った。

 ユースケは目を逸らす。

「ゴメン。ボクは……約束できないよ」

「諦めないでください」

「そうじゃないんだ――ボクには……」

 時が別れを報せる。

 ジョーが左手を差し出し、さよならと言った。その手を握り返そうと手を伸ばす。

 奥ではモモがなにかを言いたそうにユースケを睨みつけていた。しかし彼女の声は届くこともなく。ジョーの手にも触れられないまま。二人は、

 ふ――と消えてなくなった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました