【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第11話目】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第11話目 幼いレジスタンス

 午後10時15分。

「たしかに死んでいますね」レッドはリンの脈を計りながら淡々と告げた。

「やっぱり、そうですか」

「死体を見るのは初めてですか?」

「はい」

「女の子の部屋に入るのも初めてだよねェ」アリアが言った。

「冗談言ってる場合かよ」

「ごめん。でも、あんまり実感が湧かないんだよゥ」

 ユースケがアリアを叱る。しかし実感がないのは一緒だった。

 血と油に塗れたリンの死体だがそれは彼も変わらない。それなのにユースケは生きており、彼女は死んでいる。

「自殺、じゃないですよね……」

「マスターは自殺できません」

 独り呟くユースケに、わかりきった答えをレッドが返す。

 ――安全設計。フールプルーフ自殺はグランマによって制限されている

「亡くなったのはいつ頃ですか?」

「血液の凝固具合からみて、午後9時から9時30分といったところでしょうか」

 全員が部屋に閉じこもってから一時間ほど経過してからということになる。

「死因は?」

「医学は浅学なので精確な診断はできませんが、おそらくショック死でしょう」

「出血に因るものですか?」

「いえ。左手首から先は失っていますが、義肢が外れた程度の出血で死に至ることはないでしょう。もっと別の理由のはずです。チップがあればデータを解析して死因を特定することも可能でしょうが……その左手はどこにあるんです?」

「それが……」

 どこにも見当たらない。リンが亡くなった部屋は、ユースケの部屋と同様に簡素な造りとなっている。ベッドと机しか置いていない。それらの下や、引き出しも開けてみたが見つからない。隣のバスルームにも隠せそうな場所はなかった。

 左手だけが消失している。否、リンの魂も――魂と呼ぶべきものがあったのなら、それも消失している。

「誰がこんなことを……」

 ユースケはリンに触れ、その目を閉じてやる。それから手を合わせて黙祷を捧げた。そうすることが死者への弔いになると知っていた。

 他の者も同じように悼んでいるものだと思ったが、しかしレッドは淡々としていた。死体に毛布を被せるとすぐに立ち上がる。それでは戻りましょうか、と言ってホールへ向かった。

「モモ。時間が足りなくなるかもしれない。やはりマキオさんにも手伝ってもらいましょう。呼んできてください」

「アイサー」

 モモも変わらぬ口調でそう言って、レッドを追い越していく。

 彼らのその素っ気ない態度にユースケは驚いた。

「ちょっと待ってください。もう終わりですか?」

「ここにいても仕方がないでしょう。エラーが発生するかもしれませんし、コンパイルからずっと目を離しているわけにもいきません」

「それはそうですが。レッドも手を合わせるくらいしてあげたらどうですか?」

「そんなことをしても姫は生き返りませんよ」

「しかし、それがマナーなのでは?」

「食事とは違います」レッドは言った。「受け手が不在なのです。合掌も、黙祷も、死者に対してはなんの慰めにもなりません。生者が己を省みるために行う儀式なのです。ならば、今のワタシがするべきことは手を合わせることでも目を伏せることでもありません。アクションを起こすことがワタシなりの死者への弔いです」

「リンの遺体はどうするんですか?」

「どうもこうも、このままにしておくしかないでしょう」

「そんな――」ユースケはレッドにくってかかった。

 しかし、そこで異音が聞こえて我に返る。

 見ればモモが扉の前で首を傾げている。かざした左手に赤いランプが点滅している。エラーが返っているのだ。

「どうしました?」

「先生、扉が開かないんです。さっきまでちゃんと開いてたのに……もしかして、この扉も一方通行なんでしょうか?」

「他の扉はどうでした?」

「壊した部屋しか使ってなかったから、わかりません」

「仕方がありません。ここも破壊しましょう」

 アイサー、と言ってモモはドライバーを手にし、その先端を扉のすき間に差し込む。

 ユースケはその腕をつかんで止めた。扉に背を向け、振り返る。

「ちょっと待ってください」

「なんですか?」レッドが苛立たしそうに声をあげた。

「リンは自殺じゃないんですよね?」

「自殺はできないといってるじゃないですか」

「他殺と考えて間違いないんですよね?」

「左手が無くなっているのです。状況から考えればそうでしょうね。完全な状態で亡くなっているなら事故もあり得るでしょうが」

「それは変だと思いませんか? 扉は一方通行で、部屋にはリンが一人だけ。明らかな他殺であれば、犯人はどうやってここから逃げたんですか?」

「そう言われれば、変ですね」

 リンはマスターだ。一定の自傷行為はできても自殺はできない。入口は中央ホールからの一つしかなく、しかも一方通行だ。他に出口もない。

 完全に封鎖された空間だったのだ。これは――

「いわゆる密室殺人ってやつですよね?」

「外からの侵入が可能だったのでは?」

「リンがシェルターに入ったときにロックがかかったはずです。施錠される音をみんなで聞いたじゃないですか」

「彼女が招き入れたのかもしれません」

「そうだとしても、その後どうやって逃げたのですか?」

「わかりませんが、そもそもここの構造自体に不明点が多いのです。もしかしたら出入りできる方法があるのかもしれませんよ」

「レッドさえ把握していないのですね。なら、確認しなくては。ここから脱出するための手がかりになるかもしれません。アリア、扉の通信データをキャプチャしてみて」

「アイサ―」アリアは扉に左手をかざす。彼女のチップが点灯し、解析し始めた。

「モモ、キミは9時頃は何をしていた?」

「えっと……部屋の扉の応急処置を施してから、後はその部屋で休憩してただけだよ」

「そう。じゃあ、ジョーは――」

 ユースケは、ジョーにも質問を繰り返す。

 そこでレッドが割って入った。

「ちょっと待ってください。ユースケさん、犯人捜しでもするつもりですか?」

「放っておくわけにはいかないでしょう。この中に殺人者がいるかもしれないんですよ?」

「見つけてどうしようというのです?」

「もちろん償わせます」

「裁く者はもういません」

神がいなければ何をしても許されるというなら、人は獣同然です

「落ち着きなさい。消えるのが少し早まっただけです」

「消えたのではありません。死んだのです」

「殺されようと、消えようと、他者から認識されないことに違いない。それは姫――リンとて同じこと。そこにあるのはすでに彼女とは別物なのです。それは――」

 リンだったモノです、とレッドは、まるで人形を見るように、スレイブを蔑視するように、機械的に言い放った。

「それはあまりにも冷たすぎませんか? レッド、アナタはリンが殺された時間何をしていたのです? ずっとホールにいたのですか?」

「ワタシを疑っているのですか?」

「確認しているだけです」

「ユースケさんこそ、犯人なのではありませんか?」

「ボクは検索エンジンを構築していました」

「アナタなら履歴くらいなんとでも改ざんできるでしょう」

「それはお互いさまです。答えてください」

「アナタと同じです。コーディングをしていました。プログラムの作成履歴を確認してもらえばわかるでしょう。それにワタシにはリンさんを殺す動機がありません」

「動機なんてきっと誰にもありませんよ。誤解や、間違いってこともある。なのに人間は自分勝手に想像し、ストーリーを創って、罪を犯してしまうんだ」

 わからないから妄想して。

 わからないから焦燥して。

 わからないからミスをする。

 わからないから人間を創り、わからないから殺してみる? 

 なぜ――?

 わからない。

 わからない。わからない――

「リンだって殺されなければいけない理由なんてなかったはずです。そう、殺されなければあと2時間は生きられたんだ。誰かがその時間を奪ったんですよ」

「無限にあったはずの時間のうち、たったの2時間です」

「その2時間で無限の時間を繰り返せたかもしれない。貴重な時間を奪った罪はあまりにも大きい。もし犯人が殺人を繰り返したらどうなります? また誰かの貴重な時間が奪われてしまうんだ。なんとしても見つけてなくては」

「見つけたところで死者が生き返るわけではありません」

「消失したマスターだって生きているのか、死んでいるのかもわかりません。彼らは二度と戻らないのかもしれない。原因だって見つけられるかわからない。それでもボクたちは証拠を見つけたがっています。一方、リンは誰かに殺されたのです」

 そう、これは殺人だ。

 犯罪だ。してはいけないことだ。

 ユースケは禁忌を犯したのにまだ生きている。

 一方でリンは死んでしまった。

 殺されてしまった。

 その違いはなんだ? これは誰の――

「誰かの必ず意志が――ストーリーが働いているはずです」

「ユースケさん、またプライオリティを忘れていますよ。優先するべきはグランマです。コンパイルが完了したら即座にビルドしてテストを行い、検索を開始しなければなりません。検討しなければならないことは山ほどあるのです。ここで姫のためだけに時間をロスすればグランマを見つけられないかもしれない」

「そんなにグランマが大事ですか?」

「論点がずれています。もっと抽象的に考えなさい。グランマを見つけなければ――」

「やめてくれ。もうそのセリフは聞き飽きた」

「なんですって?」

 レッドはユースケの言葉に目を丸くした。

「グランマ。グランマ。グランマ。レッドは誰のためにエンジニアになったのです? グランマにかしずくためではないでしょう。アナタの考えは目的と手段が入れ替わっている」

「そんなことはありません」

「レッド、アナタはまるでグランマに恋をしているみたいだ。それは擬人化なのではありませんか? そうだ、グランマだって容疑者なんですよ」

 ――激昂。憤怒。そして静かな殺意。

 レッドはモモのドライバーを奪い、その切っ先をユースケに刺した。

 額から血液が滴り落ちる。

「口を慎みなさい。グランマが殺人など犯すわけがないでしょう!」

「マスターを殺す権限を持っているのはグランマだけです。一人くらい殺すのは容易いでしょう。マスターを消失させたのだってグランマである可能性が高いんだ。いや、それ以外に考えられない」

「ワタシたちエンジニアでもアカウントさえ付与されれば人を殺せます」

「他人の承認などなくとも人は人を殺せます。それともレッドはグランマの操り人形なのですか? そのグランマを見失って焦っているのでは?」

「やめなさい。自分勝手なストーリーを創っているのはアナタの方ではありませんか」

「そうかもしれません。ですが、それはアナタだって同じです。レッドはなぜ、こんな大事な時に遅れてきたのですか?」

「それが救世主の鉄則だからです」

「理由になってません。本当はここに来ることを躊躇っていたのではありませんか? グランマを庇っているのではありませんか?」

 レッドは答えない。代わりに腕をのばす。

 ドライバーがユースケの額にめり込む。

 赤い血が滴り、流れ落ちていく。

「コンパイルが最優先です。これ以上遅延させるのであれば、たとえアナタでも容赦はしません」

「ビルドは継続して行います。並行して捜査させてください。ボクだって、みんなを疑いたくないけれど、疑問を残したままではレッドが創ったソースだって信用できなくなってしまいます。とめるなら殺してくれても構いません。プログラムは渡したし、ボクがいなくとも検索エンジンは完成するでしょう。ボクは犯人を捜します」

「本当に殺しますよ」

 レッドが手に力を込めた。アリアが割って入り、ユースケに覆い被さる。

「やめて! ユースケは人殺しなんかじゃないよゥ」

「身内の証言などアリバイにはなりません」

「それを言い出したら誰も証明できないよゥ」

「そう、だから犯人捜しなどしている場合ではないのです」

「ユースケももうやめようよゥ」

「ありがとう、アリア。でもボクはやめないよ」

 どうしてだよゥ、とアリアは泣いてすがった。

「ユースケらしくないよゥ。なにをそんなに怒ってるのォ?」

「怒ってないよ」

「怒ってるよゥ。すごい顔してるもん」

 言われてユースケは、ドライバーに映る己の姿を顧みた。これまで意識すらしたことがなかったその顔は、ひどく歪んでいた。

 ユースケはアリアを退けて言う。

「本当に怒ってるわけじゃないんだ。アリア、ボクはキミと同じなんだよ」

「ワタシと同じ?」

「アリアだけじゃない。他のみんなだってそうだ。リンが死んでも誰も悲しんでいない。レッドの言うようにそんな場合じゃないのかも知れないけど。人が死んでも何とも思わないんじゃあ、この世界は誰の為に存在しているのかわからなくなってしまう。世界はグランマのためにあるんじゃない。そこで生きている者のためになくちゃいけないんだ」

「やはりアナタはエンジニアには向いていない」レッドが首を振った。

「アカウントならお返しします。どうせ使いこなせそうにありません。ボクはエンジニアである前に、人間でありたい」

「どうしてもやめないのですね?」

「はい」

 ユースケはレッドにアカウントを差しだす。

 ふたりの腕が交差した。沈黙がふたりの間を支配する。

 それを破ったのはレッドだった。彼は嘆息し、ドライバーを手放した。

「好きにしなさい」

「殺さないんですか?」

「言ったでしょう? 世代交代だと。老兵は去るのみです」レッドはそう言うと静かに笑った。「ただしアイディアはあるんでしょうね?」

「ライセンスを使わせてもらいます」

「えッ! なんでユースケがそれを持ってるのさ?」モモが目を丸めて言った。

「さて、どうしてだろうね?」ユースケは肩を竦めて答える。

「くれぐれもCPUに負荷をかけないように」

「わかっています」

「モモはワタシとコンパイルに集中すること。良いですね?」

「アイサー」モモはむくれながらも承知した。「でも先生。扉はどうします?」

「壊せないのではここで続けるしかありませんね。幸い全員そろっていますし……」

「アレ? これで全員でしだったっけ?」モモはメンバーを数える。

 部屋にいるのは、亡くなったリンを除けばアリアにレッド・モモ・ジョー・それにマリィだ。自分を入れてもひとり足りない。残りに気がついたのはユースケだった。

「マキオがいませんね」

「そういえば……」レッドも思い出したように声を漏らした。「彼もきっと部屋から出られなくなっているのでしょうねェ」

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