【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第9話】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第9話 世代交代

「ほんとうに法則なんてあるんですか?」ユースケがきいた。

「仮定の話ですが、まず間違いないでしょう。次のフェーズまで5分。手短に話しましょう」

 レッドはウィンドウを展開するとパスワードを入力した。エンジニアしか閲覧できないデータを参照する。

 表示されたのはマスターのリレーショナルデータベースだ。名前や性別・出身地・生年月日が含まれるナノチップの製造番号・そして個人を識別するためのマック・アドレスが一覧となっている。データ件数は21億4784万3648件となっており、つまり全人類に相当する。

 ユースケは舌を巻いた。それだけの件数を1秒とかからず表示させるレッドのスペックは驚異的だった。

「この中に手がかりがあるんですね?」

「えェ。階層を追えばより詳しい個人情報も参照できますが、必要なのは客観的なデータ、数字です。データには曖昧さがなく、マスターのように嘘をついたりもしません」

「それで、法則とは?」

「結論から述べましょう」レッドはデータベースから名前と製造番号を抽出する。データをリストに落とし込み、製造番号順にソートし直す。最後にフィルタをかけ、膨大なリストから30件ほどが残った。その並びを見ながら彼は言った。

「ナノチップの製造番号はマスターの生年月日に相当するわけですが、その古い順からワタシたちは消失しています

「え? そんな単純な法則なんですか?」

「そうです。サンプルの数が不充分なので絶対とは言い切れませんが。このリストは旧知の知人と、いっしょに来るはずだったエンジニア仲間たち。彼らの消えた順番ははっきりしています。そして決定的なのはジョーくんの証言です。ここを見てください」

 レッドがリストの一部を拡大すると、そこにはジョーと同じファミリーネームが連なっていた。

「彼は家族を目の前で失っています。消失した順番もはっきりと記憶している。この法則に従って、残りのメンバーを抽出してソートすれば次に誰が消えるのかわかります。直接会うまでスレイブだとは気づきませんでしたが、アリアもちゃんとリストに入っていましたよ」

 そう言って残りのメンバーだけでリストを再構成する。すると製造番号順にレッド・モモ・ジョー・マキオ・リン・ユースケと並び、最後にアリアの名前が連なっていた。

 そのリストにユースケは違和感を覚えた。

「あれ? リンはボクより年上なんですね」

「姫がそう言っていましたか?」

「いや……」

「見た目で判断していただけでしょう? 30年生きてますよ、彼女」

「ひと回りも年上だったのか……」

「データは嘘をつきません」

 女は恐いねェ、とアリアが言うとレッドは、まったくです、と苦笑した。

「ジョーくんも結構年上なんだねェ」

「それでも充分若いですがね。グランマが稼働を始める前と後では時間の感覚が違っています。今は2000年生きてようやく成人といったところでしょうか」

「逆にレッドさんは見た目以上に若いんだねェ」

「まだ90年ほどしか生きてません」

 世界で最も若い7人のうちの最年長が90歳となるが、それでも何千年、何万年とメンテナンス次第で半永久的に生きられるマスターにとっては100年など端数にすぎない。リストからすると近年の人類増加のトレンドは、数年、あるいは数十年に1人という緩やかさだった。

「しかし、どうです? 生年月日と並べて表示すれば一目瞭然でしょう。明日、ワタシが消失するのは確定です」レッドはそう語った。「同様にジョーくんとモモも確定です」

 実質的な死刑宣告だというのに、じつに淡々としている。

「報せますか?」ユースケがきいた。

「ジョーくんは知りたくないと拒否しました。モモにはすでに伝えてあります」

「彼女も全然、顔に出ませんね」

 お互い覚悟はできてますから、とレッドは微笑んだ。食後、モモの含んだ物言いはこの事を示していたのか。ユースケはその表情を思い出そうとしたがうまくいかなかった。

「あとはマキオか。彼も取り乱しそうですよね。やっぱり教えない方が良いんだろうな……」

 毎日がその繰り返しだったが、残る人数もひと桁になっていよいよ死を実感せざるを得ない。消えるかどうかの瀬戸際なのである。マキオの心臓では、消える前に心臓発作を起こしかねない。

「マキオさんは不確定です。しかし教えない方が良いことは確かでしょう。本人は否定するでしょうが、臆病者ほど声が大きいものです」

「不確定とは?」

「ここにいないマスターが誰なのか不明なのです。その人物がリストのどの順に入るのかによって結果が変わってしまいますので」

 マキオはリストの真ん中にいた。不確定な人物が彼より先に並ぶか、後に並ぶかによって運命が一日ずれてしまうということだ。

「でも、それはリストをソートすればわかるのではないですか?」

「いいえ。ワタシよりひとつ上に名を連ねていたマスターは昨日消失しているのです」

「では、リストには7人しか残っていないということですか?」

「データ上では、たしかに8人存在していることになっています。しかし、個人情報が特定できないのです」

「どこかで法則が崩れたのでしょうか? つまり、1人余計に消えた日があったとか」

「それもありません。グランマが記録を間違えるはずがありません」

「ますますわかりません。数には含まれているけど、リストには載っていない。改ざんされた可能性だってありますよ。そんな記録や記憶が証拠になり得ますか?」

「それを言い出すときりがありません。ワタシたちはグランマの完全性を鵜呑みにするしかないのです」

「エンジニアが口にすることではないかもしれませんが……ボクたちはグランマを過信しているのでは? 100回連続表が出現しても、101回目が表になる保証はないでしょう?」

「じゃあ結局、明日誰が消失するかなんてわからないってことじゃないかよゥ」

 アリアがそう言うとレッドは頭を抱えながら首を振った。

「それでは前提条件が――アプリオリが崩壊してしまいます。きっと、ワタシたちの理解が不充分なだけです。確率だけ取ってみても表が出る可能性が濃厚なのですから、そこまで楽観的にはなれません。今は未来の話をしても詮がありません。いずれにしろ2時間後には結果が出ます。それまでにできることを尽くしましょう」

「わかりました」

「残された時間を考えれば、解決できるのはアナタたちだけです」

「ボクももしかしたら今日消失してしまうかもしれませんよ」

「いえ。きっとアナタたちはラストとブービーですよ」

「根拠はそのリストですか?」

「いいえ。根拠などありません」

「ありませんか?」

「救世主の勘です」

「エンジニアとしての勘でなく?」

「エンジニアが勘に頼っていては仕事になりませんよ。しかし、こじつけるならアナタたちの年が近いからですかね」

 アリアの生年月日は実際とは異なる。ユースケが任意で決定した数字で、それはユースケ自身と1日しか違わない。レッドはそのことを指摘している。

「ふたりの間に割って入ることはできませんよ。最後の人類はユースケさんです」

「ボク、ですか」

「左手を出して」

 レッドが左手を差し出すと、ユースケはそれを握り返した。通信が交わされ、暗号化されたデータがユースケに流れ込む。

「これは?」

「ワタシのアカウントです。これがあれば、パフォーマンスが大幅に向上します。きっと役に立つでしょう」

 渡されたのは上級エンジニアのアカウントだった。数多の同胞が羨望して止まない代物である。そのインストール完了すると、今度はパスワードが自動入力されていく。鍵がなければ何億年かけても解読できそうにない難解なアルゴリズムでそれはロックされていた。

「なぜボクに?」

仕事は優秀な人材に集中するものです。可能性の高い人に投資するのが最も効率的なんですよ」

「こんな大役、ボクに務まるでしょうか?」

「ユースケさんはたった十数年でエンジニア見習いになったのです。ワタシですら50年近くかかりました。アナタは間違いなく天才ですよ。もっと自信を持った方が良い。アナタが世界を救わないで、誰が救うというのです」

「自信なんて根拠のないアプリオリですよ」

「最後は盲目的に信じるしかないのです。ワタシにはグランマを疑うことはできません。ですが、同時にアナタを信じることもできます。ですから――」

 世代交代しましょう、と言ってレッドはユースケの肩を叩いた。さみしそうに笑うその顔は、ヒーローを装っているときよりもずっと人間らしく見えた。

 時刻が午後10時を報せると、レッドは腰をあげてホールに向かう。

「さァ、時間です。みんなで検索エンジンを完成させましょう」

「あ、ちょっと待ってください。アリアの充電を済ませないと」

「まだ切れているわけじゃないんでしょう? アリア、今すぐ充電が必要ですか?」

 レッドの問いにアリアは、大丈夫ですよゥ、と愛嬌をふりまいた。

「それではあと回しにしてください」

「ですが……」

「ユースケさん。アナタは彼女を人間として認識しているのでしょうが、あくまでもアリアは機械です。くれぐれも優先順位を間違えないように」

 アリアに送るレッドの視線は、ユースケへのそれとは違って、冷ややかだった。ユースケは言葉を詰まらせる。伝えるべきすべての言葉を飲み込み、はい、とだけ返した。そしてアリアにも、またチャンスはあるよ、とだけ言い、レッドに続いてホールへ走った。

「意気地なし」

 ちいさな背中にアリアの視線が突き刺さる。返す言葉は、なにもみつけられない。

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