【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第6話目】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第6話 最後の晩餐

「これはもう、いよいよ完全に閉じ込められてしまいましたね……」レッドが天井を仰いで言った。

「これからどうするんだよ?」マキオが覇気のない声でつぶやいた。

「どうするもこうするも……突破口が見つかるまでは此処で生命を維持するしかないでしょう」

「げェ。オマエらと一緒にかよ?」

「嫌でもそうなりますね。まァ、幸い生活できる環境は整っているようですし」

「慣れねェなァ……」

「ワタシがもっと早く行動していれば、ここまで追い詰められずにすんだかもしれないのに……」 

「先生、救世主は遅れてやってくるのが定石ですよ」苦悩するレッドにすかさずモモがフォローした。

「そうなんだ。それさえなければ今頃は……」

「いや、そこは律儀に守らなくても……絶対にピンチを楽しんでますよね?」

 ユースケは苦笑した。閉塞感が漂う中で、道化役は貴重な存在だ。きっと、ユースケではこうはいかないだろう。

「とにかく、次のイベントに期待するしかありませんね」

「そんなもんオマエらの憶測だろう? なにも起きなかったらどうするんだ?」

「プログラムされたストーリーがきっとあります。ここまですべて偶然だったらボクは神を信じますよ」

「解決できそうなのか?」

「可能性は常にゼロじゃありません。でも、まずはイベントの発生条件を特定しないと。アリア、扉のパケットデータは解析できた?」

 もう少しだよゥ、とアリアが言った。その瞳は淡い緑に光っている。取り込んだデータをトレースしているのだ。それがオレンジに戻る。

「うん。やっぱり入口専用だったみたいだねェ」

「そっか。修正は可能?」

「可能だろうねェ。グランマさん、さすがに拡張性高そうだよゥ。プラグインを追加すれば出られると思うなァ」

「プラグイン?」マキオがきいた。

「プラグインは、本来のプログラムを改造せずに追加実装することです。外側からだけじゃなく、内側からも開けられるように機能拡張するんですよ。グランマがボクたちの行動を計算していて、先手を打っていなければいいんですけど」

「オレたちは思い通りに動かされてるのか?」

「わかりません。その手の問題は考えるだけ無駄です。制作者の思惑から外れることは神の存在を証明するのと同様に、登場人物には不可能なんです」

「考えるなってことかよ? オレたちは人形じゃねェんだぞッ」

「そうじゃないです。神の不在証明は典型的な決定不能問題だという話です」

「なんだそれ?」

「自然言語はもちろん、プログラミング言語などの人工言語にも当てはまるんですが。遍く言語はすべからく矛盾を含んでいるんです。ですから、解決できない問題が存在するかぎり、ボクたちはアプリオリを盲信するしかないんですよ」

「アプリ……なんだって? 頼むからわかる言葉で話してくれ」

「アプリオリとは、証明しなくても正しいとされる、自明的な概念や認識のことですよ。今回の場合、グランマはまだ近くに存在していてボクたちを操っている、という前提を鵜呑みにするしかないんです」

「前提が間違っていたら?」

「世界が終わるだけですよ」

「ゲームオーバーか……オレも神を信じたくなってきたぜ」

「とにかく、ボクたちはわずかな未来を予測することしかできないけれど、しなくちゃいけない仕事が山積みなのはわかる」

「どうしちゃったのォ? 今日はいつになくカッコイイねェ。彼女の前だからァ?」

「その話はもういいっての」

 ユースケはアリアを睨んだ。それからパソコンを展開して時計を確認する。

 現在の時刻は午後5時45分。次の消失時間までは6時間と15分

 タッチスクリーンをスライドさせ、キーボードに手をかける。

「時間もないし早速――」

 ぐゥ――と音がした。

「うん? なに、今の音?」

「……ボクの腹の音だね」

 またぐゥ、と鳴った。

「うわァ、カッコ悪ゥ。いつものユースケに戻っちゃったァ」

「うるさいなァ」

 ケガもあって、ずっと食事を摂っていなかった。それを思い出すと途端に力が抜けてしまった。

 レッドが、へたり込むユースケに肩を貸す。

「エンジニアにはよくあることです。懸案事項を抱えていたり、創作に没頭していると寝食を疎かにしがちですから」

「先生も一週間眠らずにバッテリー切れを起こしてリペアされたことがありましたね」モモはそう言って苦笑した。

「食料もあるようですし、まずはこのホールを片づけて食事にしましょう」

「でも時間が……」

「腹が減っては戦ができぬ。それに一人で仕事はできませんよ。会議を開いて情報共有しましょう。それもエンジニアにとって大事な仕事です。良いですね?」

「……わかりました」

「よろしい。ではモモ、テーブルを用意して」

「アイサー」

「ジョーくんは食事の用意を手伝ってもらえますか?」

「はい」ジョーが応じる。

「マキオさんは――」

「オレは手伝わないからな」マキオは拒否した。「さっき食ったから腹も減ってないし、適当に休ませてもらうわ。開いてるシェルター、使わせてもらうぜ」

「かまいませんが、会議には参加してもらいますよ」

「ちッ、わかったよ」

 レッドが睨みを利かせると、マキオは舌打ちしながらも了解した。それから背を向け、シェルターの扉を開ける。モモの破壊行為を免れた部屋だ。ロックは掛かっておらず、そのまま後ろ手に扉を閉めた。閉まる瞬間「ゲーム置いてねェかな」とマキオの声がした。

「姫はどうなさいますか?」レッドがリンに尋ねた。

「ワタシもひと部屋使わせてもらいます。ここは散らかっていて落ち着かないわ。シャワーは使えるのかしら? みんなよく平気ね」

 リンは不満そうに立ち上がると、ドレスについた埃をはらう。殺菌が行き届いた清潔なシェルターで過ごすマスターは、リンのように過敏になるか、マキオのように鈍感になるか、両極端になりがちだ。

 リンは、マキオと反対方向にある部屋に入った。こちらも扉が残っている部屋だ。

「ユースケ、マリィのことお願いね」

「わかった」

「お風呂もお願いね。ほんとうはワタシが入れてあげたいんだけど……」

「……う、うん」

「エッチなことしたらコロスから」

 ……しねェって。ユースケは心中全力で否定した。

「それでは救世主殿、食事ができたら部屋まで運んでくださいね」

「姫も会議には参加をお願いします」

「わかってるわ。開始までに掃除もすませておいて」

「承知しました」

 リンがシェルターの扉を閉める。

 モモはレッドの隣でそれを見送った。鍵のかかる音がすると、ため息混じりに愚痴をこぼす。

「みんなホントに自由っていうか、反抗的っていうか、協調性に欠けるなァ」

「仕方ありません。世間は彼らのようなマスターが多数派なのですから」

 グランマの支配下において、マスターたちの自由は全て保障されている。エンジニアの仕事を邪魔されれば話は別だが、その例外を除けばレッドにも他人の時間を奪う権利などない。

「じゃあ、ボクが代わりに手伝います」ユースケは立ち上がって言った。

「ユースケさんはそのまま休んでいてください。ケガも完治していないのでしょう? アリア、ユースケさんが無理をしないよう傍で見張っていなさい。会議にも出席して、議事録も残すように」

「アイサー、もちろんですけど。……うーん、議事録はどうだろう? ワタシ、憶えられないと思うよゥ」

 アリアは腕を組んで顔をしかめた。レッドはそれを見て目を丸める。

「あの、間違ってたらすみません。アナタはスレイブですよね?」

 慌ててユースケが割って入る。

「あの、すみません。コイツちょっと変わってて。記憶容量が足りないんです。憶えてもすぐに忘れちゃったりして」

「そうそう。だからお勉強してるんですよゥ」

「勉強、ですか?」

「いろいろ学習させてるんです。だけど、なかなか追いつかなくて。代わりにボクが記録しますから」

「……いえ、ユースケさんがする必要はありません。モモに取らせましょう」

 訝しんでいたレッドだが、そう言い残すとジョーとキッチンへ向かった。

 ユースケは冷や汗をぬぐう。

「さすがに誤魔化しきれないかな?」

「レッドさんってば、ユースケよりよっぽど貫録あるよねェ」

「どうせボクはドロップアウトしましたよ」

「まァまァ。そんな卑屈にならずに、ここはレッドさんに頼っても良いんじゃない?」

「慣れないなァ」

「ワタシにももっと頼って良いんだぞうゥ」

「……慣れないなァ」

 ぼやくユースケの前でモモがテーブルを組み立てている。自分で壊した扉の廃材をリサイクルしてテーブルをこしらえているのだろう、DIYが板についている。器用にバーナーを扱い、金属を溶かして胴体と脚を溶接していた。そこに金属のかすがいを打って補強している。ハンマーを叩く音がリズミカルで心地良い。自分の意志とは無関係になにかが出来上がっていく様子は新鮮だった。

 ずっと独りで生きてきたユースケは他人に頼ることへの抵抗が無意識にある。他人が忙しそうに動きまわるかたわらで休むのは落ち着かなかった。

「アリア、ここって地下だよな?」

「うーん。GPSが機能してないから不確定だけどォ……地上から落ちてきたんだから地下なんじゃない? 外部との位置関係がわからないと断言できないよゥ」

 アリアは衛星の電波をキャッチできる。しかしここまでは届いていないらしい。

 出口はおろか窓さえない。モモからの情報によると各部屋の扉は1ヶ所ずつで、現在ユースケたちのいるホールにしか通じていない。換気され、酸素の供給はされてはいるようだが、これでは密室と変わらない。

 ユースケは暫定的に、マキオがいる部屋を12時、リンのいる部屋を6時の方角と定めた。すると時計回りに、1時から4時の方角は倉庫で5時にキッチンがある。残りの6時から12時までがプライベートルームだ。バスルームは各部屋に設けられているとのこと。

「できたよ」

 ユースケが頭の中で配置図を描いている間に、モモはテーブルを作り終えた。5分とかかっていないうえ、廃材を組み合わせて作ったとは思えない出来だった。

「こっちも用意できましたよ」

 ジョーがキッチンから顔をだした。パジャマの上からエプロンを着て、料理を運んでいる。トレイに乗せられた皿から湯気と共にコンソメの香りが漂ってくる。

「お、早いね」モモが言った。

「ほとんどインスタントを温めただけですから」

「それでも美味そうだよ。正直ボクは全然料理できないからな。どれ……」

 モモはパンを一切れつまんで頬張る。美味そうに食べる様子を見てジョーが微笑んだ。

「機械にはうといけど、家事のお手伝いくらいならできますから。なんでも言ってくださいね」

 楽しそうなふたりの様子を見てアリアは体を弾ませる。エプロンがひらひらと揺れた。

「ジョーくんは良い奥さんになれそうだねェ。今どき貴重だよゥ」

「誰かさんと違ってね。彼は男だけど」アリアを横目にユースケが言った。

「愛に性別は関係ないさァ」

「その使い方は違う気がするけど。でも、モモやジョーを見てると違和感が消失しちゃうな」

「ねェねェ、ユースケ。誰かと一緒にごはん食べるのって初めてだよねェ。お食事会だよゥ」

「会議だって」

「そんなこと言ってェ、じつは緊張してるでしょう?」

「そんなことないけど……」

 ジョーがリンの部屋に食事を運び終え、マキオとリン以外の全員が席に着いた。

 時刻は午後六時。早めの夕食となった。

 アリアは指をくわえてユースケの前に出された皿を眺める。

「美味しそうだなァ。どんな味がするのかなァ? あァあ、ワタシもごはん食べられれば良いのになァ」

「隣に座って。充電なら後でしてあげるから」

「いただきましょう」レッドが言った。

「そうですね」

 ユースケは皿に盛られたスープをすくう。

「いただきます」ジョーが手を合わせた。

 モモがそれに続く。祈るべき対象がいなくとも、彼らのその姿は美しかった。ユースケは慌ててそれに倣う。

「あ、えっと……、い、いただきます」

「ユースケ行儀悪ゥ」

「仕方ないだろう」

 知識として知っていても、独りで食事をする習慣が身についているユースケにとって、それはとっさに出てくるフレーズではなかった。

食事中はレッドとジョーが主に会話をしていて、時折それにモモが交ざる。ユースケは、話しかけられれば適当な返事を返したが、それ以外は黙って食べ続けた。

 社交性に欠けるが、レッドたちはそれを理解しているのだろう、気にしている様子がないので安心した。失礼にならない程度の作法を用いてなんとか腹を満たす。約30時間ぶりの食事はいつものインスタントと変わらなかったが美味いと感じた。

 ひとしきり食事を終えてジョーが皿を片づけ始める。

 レッドがごちそうさまと言ったので、ユースケもそれにならう。今度はうまく言えた気がする。それからジョーに手伝うよ、と切り出した。しかしジョーは、ボクの仕事だからと言って断った。

「コーヒーを淹れてくるから座っていて。あ、でもユースケさんはグリーンティーが良いのかな?」

「じゃあ、お願い」ユースケは所在無く浮かせた腰をおろす。

 アリアは、苦笑しながらキッチンに向かうジョーの後ろ姿を眺めながら言う。

「うーん。ジョーくんってば、気も利くし可愛いぞゥ。一家に1台エプロンジョーくん」

「ずいぶん饒舌じょうぜつだな。でも、ジョーはスレイブじゃないんだぞ」

「あれあれェ? マスターってばなにを怒っちゃってるのかなァ?」

「怒ってないけど」

「もしかしてヤキモチ焼いてくれちゃってるのかなァ?」

「誰にだよ?」

「それにしてもユースケってば、すっかり使えないヒト扱いだねェ。ジョーくんってば、ユースケのドジっ子属性を見抜いて遠慮したんだよ、きっと」

「それぞれ得意分野があるんだよ」ユースケはふんと鼻を鳴らす。

 レッドがナプキンで口元をぬぐった。

「それではそろそろ会議を始めましょうか」

「じゃあリンちゃんとマキオを呼んでくるよ」

 アリアが席を立ち、ふたりを呼びに行った。その背中を眺めながらモモがユースケに話しかけた。

「良いパートナーだね」モモが言った。

「パートナーじゃないよ。モモといい、マキオといい、何か誤解してないか? アリアのやつ、教えたことはすぐに忘れるし。妙に反抗的だし。最近手に余ってるんだけど」

「ふーん……それじゃあ、教えられているのはユースケの方だね」

「どういう意味?」

「アリアには味覚や嗅覚オプションが搭載されてないんだよね? 付けてあげたら?」

「エネルギーを補充するだけならバッテリーで充分だよ。マスターだってバッテリーで動くようにすればよかったんだ。技術的には可能なはずなのに……なんで実装されなかったんだろう? 不思議だよ」

「栄養を摂るためだけに食事をするわけじゃないからさ」

「よくわかんないなァ……それってスマートじゃないと思うけど」

「他にも得られるものがあるんだよ」

「そうかな?」

「ユースケにとっても、きっと良いことがあるんじゃないかな」

 モモはいたずらっぽく舌をだした。それからうれいを含んだように笑う。

「モモ、キミはもしかして……」

「どうかな? キミはいろいろと鈍そうだからなァ。それとも気づかないフリをしてるだけだったりして」

「味覚の件はここから出られたら検討するよ」

 そう言ってユースケは視線を逸らした。その先にはレッドがいる。レッドは優雅にコーヒーをたしなんでいた。

「そういえば、レッド。グランマの制作者が誰なのか知ってますか?」

「知らないのですか?」

「知っているような気はするんですが……うまく思い出せないんです」

「恥じる事はありません。知らなくて当然です。なにせ制作者はアノニマスなんですから」

「あァ、なるほど……そうか、アノニマスだったのか」

「アノニマス? 変な名前だねェ」

 いつの間にかアリアが隣に座っていた。

「アノニマスは名前じゃなくて、匿名希望って意味だよ」

「名無しのゴンベェさんなんだァ」

「名前が無いわけじゃなくて、隠してるだけ」

 アノニマスこそがグランマを制作し、マスターとスレイブのためのユートピアを構想した人物だ。しかしその名前や性別・国籍などは全て完全極秘データに指定されている。

「それにしても、誰が創ったのかわからないシステムの上で、よく平気で生活していたもんだ……」

「それが砂上の楼閣だとしても、ワタシたちはグランマなしでは生きられないのです」

「まさしくアプリオリですね」

「彼女さえいれば神はいずとも生きていけます。そして彼女を失った今、ワタシにとってはこれが最後の晩餐となります」

 ユースケはレッドのそのセリフに違和感を覚えた。

「まだ最後とは限りませんよ」

「いいえ、ワタシにとってはこれが最後です。消える順番の法則について見当がついていますから」

「ホントですか?」

「声が大きいですよ」

「早くみんなに報せたほうが良いのでは?」

「知ってどうするというのです? いたずらに混乱を招くだけですよ。人間、いつかは死ぬのだ、とそれだけ頭の隅に置いておけば良いのです」

 問われて、ユースケは3秒ほど考えた。そして、それがなんの解決にもならないことを理解した。しかし、

「それでも、ボクは知りたいです」

「なぜです?」

「知らない事があるとパフォーマンスを最大限に発揮することができません。それはきっと必要なデータのはずです」

「知って後悔しませんか?」

「知らずに失敗するよりましです」

「……良いでしょう。会議の後、折を見て伝えましょう」

「ありがとうございます」

「ユースケさん。本件が無事に解決したら、本格的にエンジニアを目指しませんか?」

「考えておきます」

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