【オリジナル小説】ザ・グレイト・エスケイプ【第1話目】

ザ・グレイト・エスケイプ オリジナル小説

第1話 密室

「つまり、ボクたちの住む惑星はこうして延々と惰性で回転しているわけ」ユースケは、ディスプレイに衛星写真を映しながら言った。「これは慣性の法則だね」

「妥協の法則とも言うねェ」アリアがそう答えた。

「聞いたことないけど」

「うん? ユースケは森羅万象しんらばんしょう、ボクの知らないことなんてなにひとつない、とでもォ?」

「そうじゃないけど」

「逆に自分が知っていることは他人も知っていて当然、価値観は万国共通だなんて思ってても恥ずかしいよゥ。自ら無知であることを披露してるようなもんだよねェ」

「どうせ半径5メートルしかないシェルターの中で育ってきましたよ」ユースケはアリアから目を逸らして舌打ちした。

「だけど、そんなボクでも確かにひとつ、知っていることがある」

「なになにィ?」

「ボクは世界について何も知らないということを知っている

 おォ、とアリアは感心し「無知は幸福だねェ」と言って拍手した。「ユースケってば、どうでも良いことはホントよく憶えてるんだよねェ」

 モノを教わる態度じゃないな、とユースケは思った。それでも、うれしそうに話を聞くアリアを前にすると、つい口が軽くなってしまう。

「……で?」マキオが言った。

「で?」

「データだよ。何も得られなかったわけじゃないんだろう?」

「あァ、まァ。たしかに。収穫がゼロだったわけでもないんですけど……」

「じゃあ現実逃避してないで、さっさと話せよ。使えねェ」

 ……酷い言われようだな。現実逃避していたのは事実だけど。

 マキオは、すっかり自分の道具としてユースケを認識しているようだ。ユースケは座り込むマキオたちを見下ろしながら説明をはじめた。

「えっと……結論から言うと、事態の解決につながる糸口は何も得られませんでした」

 ユースケは批判を覚悟したが、「あァ、そう」というぞんざいなレスポンスしか返ってこなかった。つい5分前まで狂喜乱舞していたマキオだが、今では嘘のように平静を取り戻している。たんに飽きたのかもしれない。

「ただ、どうやら予想していたことが起こっているのは確かなようです」

「と言うと?」

「やはりボクたちマスターは28日前から毎日、毎日、きっちり半分ずつ消失しているみたいですね」

「余りなしか?」

「なし、なのでしょう。見事に半分ずつです」

 死にもせず、出産育児を放棄したマスターの数は安定している。統計では何世紀にもわたって非常に緩やかな増加を続けていたようなのだが。

 しかし28日前、一転して、一気にその数を減少させている。グランマはその事実を記録していたのだ。

「するとつまり。28日前までこの世界に存在していたマスターの数は、21億4748万3648人だったってわけだ」

 マキオは自分のディスプレイに電卓を表示させ『2』と『アスタリスク』を何度も叩く。

 ソースはユースケなので鬼の首を取ったように計算結果を見せられても困るのだが。

「たった28日でそれだけの数が消失しちまったのか……」

「28日前、日付が変わり、グランマに登録されたマスターの数が21億4748万3648人に到達した瞬間からこの現象は始まったようです」

 ――現象。

 その未曽有の大事件はある日突然、前触れもなく発生し、音沙汰もなく、予兆もなく、人類は絶滅の危機を迎えた。

 それは28日前。唐突に、人類の半数が消失した、ようだ。

 そして27日前。やはり何事もなく、残った半数のそのまた半数が消失した、らしい。

 さらに26日前。当たり前のように、残った半数のそのまた半数が消失した、そうだ。

 続いて25日前、24日前、23日前――とその日を境に、きっちり24時間ごとに、ぴったり人口の半数が消失していたことになる。

 ――消失。

 物理的に跡形もなく。痕跡ひとつ残さずに。今日までの28日間で2の28乗という指数関数的ねずみ算式に。マスターが消えているのだ。人類が消えているのだ。ユースケたちを残して、絶滅の危機を迎えているのだ。

 ――人類消失。

 あきらかに自然現象ではない。といって誰かの意志が働いているとも思えない。戦争が起きたわけでもなく、巨大隕石が落下したわけでもないのだ。

 ――原因不明の超常現象。

 そんな死語が脳裏をよぎる。あり得ない。ユースケは頭を振った。P≠NP予想さえ解決済みの科学万能のこのご時世でそんな非科学的な道理が認められるはずがない。

 マスターが消失しただけで他にこれといった変化は認められない。社会はいまだに通常運行している。

 社会とはつまり、グランマを指すのだが――

「グランマは28日前、マスターが消失し始めた時刻と同時にシステムを停止させて逃げたようです」

「システムはどれ位もつのォ?」アリアがきいた。

「現在はボクたちが生存するために必要な最低限のシステムが稼働している状態だけど、余剰電力はマスター全員が消失するまで持ちそうだね。つまり、あと4日ということ」

「わォ、親切だねェ」

「計画的な逃亡だったんだね。すべて計算されてるんだよ」

「グランマさんはこの事件の共犯者だったのかァ」

「共犯じゃなく主犯だと思うけど。こんな荒唐無稽こうとうむけいな事態を引き起こせるとしたらグランマ以外にいないだろう――って、そう意見が一致したからこそ、みんなで集まろうって話になったんじゃないか」

「でも逃げちゃったわけだよねェ? だれかにおどされて仕方なくやったとか?」

「グランマを脅迫できる材料って何だよ?」

「うーん。例えば好きな人に宛てたラブレターを他人に読まれちゃったとかァ。こッ恥ずかしいマイ詩集を盗まれちゃったとかかなァ?」

「そんな、思春期じゃあるまいし……そもそもグランマは人工知能であっても、人類と接触したことがあるなんて聞いたことないぞ」

「その辺どうなのかなァ? グランマさんに人格はあったのかなァ?」

 アリアは首を傾げた。

「それは……」

 あっただろう。人工知能なのだし。明確な意志があったからこそ逃げたのだ。グランマが役割を放棄した時点でそれは間違いない。

 他人の存在にうんざりする。じつに人間的な感情ではないか、とユースケは思った。

「まァとりあえず、消えるまでは死なずにすむわけだ」

 安心したのかマキオはおおきな欠伸あくびをした。そして「それじゃ1回、家に帰るとするかァ」と言った。

「えっ?」ユースケは耳を疑った。「帰る?」

「だってよ、もうここにいても得られる情報はないんだろう?」

「いや、そうかもしれませんけど……」

 だからと言って、まだ何も解決していない状態で帰るという発想が出ることに驚いてしまう。

「まだ積みゲーが残ってんだよ。知らねェか? 最近めちゃくちゃ流行ってるオンラインゲームがあるんだよ」

「なんとなく知ってはますけど……」

 話題になっていたので記事を読んだ記憶はある。しかしタイトルは憶えていない。プレイもしていない。ユースケはゲームをしないのだ。

「そうじゃなくて、今はそれどころじゃないでしょう」

 ユースケは口調を強めたが、マキオはそれを無視してきびすを返す。

「それじゃ、何かわかったら連絡してくれよ」

 そう言って扉の方へ歩きだした。

 ユースケは、その背を呆然と見送りながらグランマに到着するまでの道のりを思い返した。

 今回の外出は彼にとって初めての経験だったのだが、それでも難なく到着できてしまった。特別方向感覚に優れているわけではないが、グランマの所在地は事前にGPSで確認していた。経路も調べはしたのだが。約30億のマスターが住んでいた世界だ。それだけで辿り着けるほど狭くはない。だが、それでも、かんたんに辿り着くことができた。

 それは他のマスターも同じだろう。だれもが右も左もわからない状態で、それこそ四次元の扉でも通ってきたかのように世界中から集まってきたのだ。

 そんな奇跡を可能にしていたのがグランマである。

 目的地を要求すれば、あとはベルトコンベアで出荷される商品のごとく、全自動で到着してしまう。帰り道も同様に運ばれていくだけだ。世界の裏側だろうと、隣のシェルターだろうと労力に大差はない。だが、それにしたって――

 これほどまで無関心でいられるものなのか? 

 いられるのだろう。

 それは事件初日、マスターたちのリアクションが裏付けている。世界の半分という膨大な数のマスターが消失したことに気づいた者はほぼ皆無だったというのだから元々だれもこの世界に興味がなかったのかもしれない。

 最初に異変を報告したのはスレイブらしく、それも消失から12時間近く経過してからなのだから無関心にも程がある。

 さらに驚くべきは、消失の事実が発覚した翌日のマスターたちのリアクションだ。

 新しいゲームかアトラクションでも始まったのか、とだれもが考えていたのである。多くのマスターは、各々のシェルターでマジックショーでも見物するように、画面の向こうから消失していく彼らの様子を視聴していたのだ。目の前でマスターが消失するの見て大げさなリアクションをする同胞を観て、画面越しに笑っていたのだ。

 ユースケもそんな視聴者のひとりだったわけだが……

「待ちなさい!」鼓膜が破れそうなほど高い声で少女が叫んだ。

 彼女も消え残ったマスターだろう。スカートの裾がやけに広がったモノクロのドレスに大きなリボンを髪に飾っている。3世代くらい前のヘッドマウントディスプレイを思わせるメガネがアンバランスだった。

「問題は何も解決してないのよ! こっちに戻って、座りなさい!」

 少女はずっとひとりでしゃべっていたが、どうやらマキオに発したようだ。

「あ?」マキオが振り返った。「テメエ、何オレに命令してんだ?」

 そう言ってポケットに手を突っ込んだままリンに近づいていく。眉間には深いしわが寄っている。

「アナタこそなによ、そのヤル気のない目。ちょっ、つばをはかないで、汚らしい!」

「うるせえ女だな。掃除ロボが片付けるだろ」

「見てわからないの? そんなのここにはいないのよッ」

「ならそのまま放っておけよ」

「いやよ恥ずかしい」

「見てるヤツなんてだれもいないだろうに。それとも何か? みんなどこかに隠れてて、オレたちの様子を窺ってるってのか?」

「あ、あり得ないことじゃないわッ」

「はッ、なんのために?」

 普通にあり得ないだろそんなこと、とマキオは鼻で笑う。

「オマエら全員がグルになって、オレをハメたドッキリでしたァってオチなら1回ずつ殺してそれで許してやるんだけどな。どうなんだよ、オイッ!」

「そ、そんなことないけど。でも、でも。みんなを探さないと……このままじゃひとりになっちゃう。きっとなにかの見間違いなのよ」

「オマエも見ただろ。目の前で人が消えるのをよ」

 今日も8人のマスターが消失した。グランマに侵入して間もなく、日付が変わったと同時にユースケたちの目の前でそれは起きた。

「その目は節穴か? 探すってどこを探すってんだ?」

「世界中、全部よ」

「バカか、オマエ。そんなもん普通に無理だろ。ここに手がかりがないんじゃどうしようもないっての」

「でも……」

「でもじゃねェ!」

 マキオは大声で恫喝どうかつし、拳を振りあげた。

「ひッ――」リンは言葉を詰まらせた。体を震わせ、必死に涙を堪えている。

「ったく、ガキみたいに泣いてんじゃねェよ。あ、ガキか」

「ガ、ガキじゃない! 泣いてない!」

「ガキじゃねェなら何でこんなもん持ってんだ?」

 マキオは、リンが握りしめる人形を取りあげた。それは毛糸で作られ、女の子の姿をしている。どことなくアリアに似ているな、とユースケは思った。

「やめて、マリィを返して!」

「マリィだァ? 人形に名前なんてつけてんじゃねェよ」

「マリィは人形なんかじゃない。ワタシの大切な友達よ」

 それを聞いたマキオはうげェ、と言って舌をだす。「バカがうつっちまうぜ」そう吐き捨ててマリィをフロアに叩きつけた。

「マリィ!」リンは慌ててマリィを拾う。「あァ、マリィ。死んじゃヤダ!」

「最初っから生きてねェだろ」

「生きてるもんッ」リンは涙をこぼした。「マリィ、返事をして。ワタシを一人にしないで!」

 閉ざされた空間の中でその泣き声が何度も反響する。

 彼女にとってマリィはどれほどの存在なのか。もしもアリアを壊されたら、ボクはどんな反応をするだろう。ぬいぐるみを抱いてうずくまるリンを見下ろしながらユースケはそんな事を考えていた。

 何とかしないと。

 ユースケが焦燥に駆られたのは事件発生から3日目、人口の数がひと桁減少した日のことだ。ひとりの若いマスターが配信した映像によって人類の心境が変化した。

 ――これはゲームなんかじゃない。

 ――どこを探してもいない。帰ってこない。

 ――ほんとうに家族が消えてしまった。

 いまどき珍しい大家族のマスターがそう訴えかけたのだ。

 2次元の画面越しでも伝わるその悲痛な叫びによってようやく、ユースケは「もしかして自分も巻き込まれるのではないか?」と危機感を抱いたのだった。

 その危惧は今のところ杞憂ですんでいる。少年の訴えに関心を示さなかったその他大勢が消失していく中、ギリギリまで消え残っている。それでも順番は確実に回ってきている。遅くともあと4日以内には現実となってしまうだろう。

 だからなんとかしないと、とそう思うのだが。

 ユースケはこんな時、どう対処すればいいのかわからない。ここに来ても何もできないだろうと予測していても、待っているのは絶望のみだと想像していても、それでもユースケはブラックボックスの扉を開けずにいられなかった。

 そして案の定、耳を塞いだまま横目でアリアの様子をうかがうだけだった。

 リンはマリィ、マリィ、と泣き叫ぶ。

「そんなに一人になるのが怖いならさっさと消えちまえっての」

 現実を受け入れろよ、とマキオは何食わぬ顔でつぶやいた。

 名言を残したつもりなのか。明日消えてしまうかもしれないからシェルターに帰ってやり残したゲームに興じようという者のセリフである。

 マキオは泣きじゃくるリンの横であァあ、と欠伸をした。

「……」

 コイツ、決定的になにかが欠落している。帰るならさっさと帰ってほしい。ボクの前から消えてほしい。ユースケはそう願った。

「おいユースケェ」

 呼ばれて、ユースケは我に返る。

「大声出したら疲れちまった。帰るからこの扉開けてくれ」

 ――バカやろうッ! 

 ユースケは先ほどマキオがそうしたように声を荒げ、拳を振りあげそうになった。

 普段なら気に入らない事があってもディスプレイを閉じればそれですむのに。マキオにではなく現実がそうならないことに苛立った。しかしユースケは、本当に向かわせるべき怒りの矛先がどこにあるのかわからず、また言葉にする手段も持たない。黙ったまま拳を握りしめ、歯噛みした。

 消えてほしい。

 消えてほしい。消えてほしい。

 消えてほしい。消えてほしい。消えてほしい――

 ユースケは、マキオとリンの横を通り過ぎ、扉に左手をかざす。ナノチップを通してグランマに扉を開くようリクエストする。

 手の甲が点滅するとピピピッ、と短い音が三度鳴った。

「……あれッ?」

 ユースケは一度手を下げ、もう一度かざす。

「どうした、さっさとしろよ」

「いやそれが……ちょっと開かないみたいなんですけど」

「ったく、使えねェな。おい、どっちか代わってやれ」マキオはアリアとリンに向かって命令した。

 しかしマキオへの反感が大きいのだろう、ふたりとも無言のまま動こうとしない。

「ちッ、仕方ねェ。そこどけ」マキオはユースケを押し退け、扉に手をかざした。「おい、さっさと開け」

 結果は変わらず、エラー音が鳴った。

「くそッ、どうなってんだよ?」

「アリア、ちょっと試してくれないか」

 ユースケがお願いするとアリアは不承不承といった態度で立ち上がる。アリアが扉の前に立つとユースケは、その手を握り、扉に触れさせた。非接触でも開く機構だがそうすることによって通信データをキャプチャできるのだ。

 アリアがグランマと同期をとる。流れ込んだパケットデータが彼女のディスプレイに表示されていく。

「どう?」

「うーん……」アリアは不思議そうに首を傾げた。「レスポンスが返ってこないねェ」

「それってつまり、どういう事?」

「よくわかんないけどォ」

「わかるように言ってよ」

「まァ、かんたんに言えば……」

「かんたんに言えば?」

閉じ込められたってことかなァ?」

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