格闘技の大会で優勝した話【約2,300文字】

オリジナル小説

格闘技の大会で優勝した話

 僕が叶えた夢は何気ない日常のなかから生まれた。

 きっかけは上司の一言だった。

「今度、地域で格闘技の大会があるらしいから、うちもチームを作って出てみよう!」

 現場一筋の上司はとにかくお祭りが大好きで、その耳に格闘技のイベントが飛び込んできたとしても決して不思議ではない。さらに、僕が格闘技好きなのは職場では周知の事実で、メンバーに誘うのも自然な流れだっただろう。

「格闘技は好きですけど、観てるだけの素人ですし……」

 身長こそ180cm近くあるけれど、体格はどちらかといえばもやし、縦に長い事を鑑みれば良くてゴボウだ。

 自信無さ気に答える僕に上司はガハハと笑った。

「誰だって最初は素人だし、チャレンジしなくちゃ才能の有る無しなんて分からんぞ! それに絶対に楽しい!」

 けっきょく上司に圧し切られる形で大会参加を決意した。だけど、不承不承ではあるけれど、そんなに悪い気はしなかった。心のどこかで自分の可能性に期待していたのかもしれない。

 とはいえ、ド素人がそのまま出場するわけにはいかない。大ケガをする可能性だってある。だから大会当日までの一ヶ月間、近所の格闘技ジムでトレーニングをすることになった。

 事前に覚悟はしていたけれど、トレーニングは想像をはるかに超える過酷さだった。

 ヘッドギアを装着していても顔を殴られれば衝撃が首や肩に重く圧しかかるし、自分で突きだした拳もぶ厚いグローブ越しの衝撃で痛めてパンパンに腫れあがってしまう。たった数分のスパーリングでさえ、一時間近くサウナに閉じ込められたように汗が吹きだす。うまく呼吸ができなくて卒倒してしまうこともあった。

 トレーニングを始めたころは全身の筋肉が悲鳴をあげていたけれど、本番当日を迎えるころには素人目にはなんとかサマになりそうかなと思えた。同時に、本当に積み重ねてきた人との差をリアルに感じられるようにもなっていたけれど。

 大会のルールは団体戦で三チームの総当たり戦だった。一試合二本先取で勝ちとなる。

 僕は一番手としてリングに上がった。

 緊張とプレッシャーで拳が小刻みに震え、足取りはふわふわと頼りなく覚束ない。

 試合開始と同時に頭の中が真っ白になった。

 目の前に相手が迫る。

 直後に視界が暗転した。

 痛みと衝撃で我に返ったけれど、気づいたときにはリングの上で大の字になっていた。

 二本目も秒殺である。

「だいじょうぶだいじょうぶ。次は拳を出して、足で稼いでいこう!」

 マウスピースをはめながら、上司は豪快に笑って僕の肩を叩いた。

 初戦で殴られたときよりも痛かった。心が。

 不甲斐無さと同時に、試合の中身を憶えていないことが凄くもったいないと感じた。

 あれだけ練習して、戦い方も研究をしたのに……何ひとつ発揮できずに終わったことがとてつもなく悔しかった。

 二戦目の相手は僕と同じ、今大会がデビューの選手だ。

 初戦で緊張も解け、相手のレベルもそんなに違わない。制限時間ギリギリまでもつれる乱戦というか泥仕合ではあったけれど……まあ、なんとか引き分けまで持ち込むことができた。

 ここまで一敗一分けと見せ場がない。

 さらに最後の三戦目は相手チームのコーチも兼ねる強敵だった。こればかりはチームメイトもみんな、ツキにも見放されたかと天を仰いでいた。

 だけど上司だけは違っていた。

「どんな強敵だろうと最後まであきらめるなよ! きっとどこかに勝ち目はあるからな!」

 いつもの磊落な笑みを絶やさず応援し続けてくれている。

 もしも闘志が目に見えるのなら、このときの僕はきっとメラメラ燃え上っていただろう。

 僕は意を決してリングに上がった。

 拳を突き合わせ、互いににらみ合う。

 相手は決して僕を軽んじていない。そんな目をしている。

 僕の闘志が伝わったのかもしれない。

 試合開始の合図が鳴り響いた。

 一手二手、こちらから手を出すも軽くいなされ、そして――

「一本!」

 がら空きになった脇腹にカウンターが深々と突き刺さる。

 開始数秒で、一本を奪われてしまった。

「はじめっ!」

 あと一本取られたら負け。

 そのプレッシャーと同時に、まだ試合を終わらせたくないという気持ちが湧きあがる。

 せまいリング上で右へ左へとからだを振った。相手の攻撃をかわし、拳を突きだす。

 不思議と頭のなかはクリアだった。戦いを重ねるうちに僕がいま持っている武器が明確になったからだろう。

 細身で長身な僕の武器は、リーチの長さとフットワークの軽さだ。

 小刻みにジャブを放ちながら、足を止めずに相手を揺さぶる。

 できることだけを愚直に繰り返し、チャンスをうかがう。

 そして、ついにその瞬間がきた。

 僕から見てもいけると思える相手の隙。

「――やぁっ!」

 右の正拳が相手の胴にしっかりと入り、気勢も充実していた事で審判が一本を宣言。

 その瞬間、チームメイトが歓声をあげた。諸手をあげて抱き合っている。

 僕の心臓もドキドキとうるさいほど高鳴っていた。その高揚を抑えるように胸の前で拳を握る。強敵相手に一本取れた手応えがそこに残っている。

「はじめ――」

 審判が三本目の開始を告げた瞬間、時間制限のブザーが鳴り響いて試合は終了。

 格上相手に引き分けまで持ち込むことができた。

「よくやった! あとは俺たちが何とかしてやる!」

 意気込む上司の背中が本当に頼もしく見えた。

 そして大会の結果はというと――

 なんと優勝してしまった!

 しかも、僕が三試合目で引き分けに持ち込んでいなければ負けの僅差だった。

 この大会は、僕にとって新たな価値観との出会いになった。素晴らしい体験をし、成長できる機会となった。

 今では新たな夢に向けキックボクシングのジムに通っている。

 次に叶えたい夢は個人選手として大会で優勝することだ。

本田奈那子
本田奈那子

 頼もしい上司を持って幸せですね♪ 次の目標もできて充実してそう(´▽`*)

遊び心
遊び心

 ちほうさんの夢がさらに広がっていきますように!

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