剣道の大会で団体優勝した話【約2,700文字】

オリジナル小説

剣道の大会で団体優勝した話

 なぜこんな暑い季節に蒸し暑い道場でサウナのような防具を身に着け大声を張り上げているのか、という疑念しか浮かばないよう僕は無心で竹刀を振っていた。

 油断するとプレッシャーに圧し潰されそうだった。

 僕が在籍する大学の剣道部は3年生が主将を務め、レギュラーを決める権限を持っている。その重役を今年3年生になった僕が任された。

 8月には全国大会が開催され、僕はこの団体戦に出場する選手を決めなくてはならない。

 団体戦のポジションは先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の5つ。

 対する候補は6人。

 4年生の高月前主将に佐藤先輩と中田先輩、3年生の僕と奥野、そして1年の鈴本だ。

 この中から1人外さなくてはならない。

 現状、僕は団体戦のポジションと戦略を次のように構想している。

 まず先鋒で僕がチームを鼓舞し、次に次鋒の鈴本で勝利を確実に手にする。中堅は実力ナンバー2の佐藤先輩が無難に試合を運び、副将は中田先輩で粘り強く引き分け以上に持ち込む。そして大将で実力ナンバー1の高月先輩が勝負を決める――と、これがベストだと思っている。

 だけど、どうしても悩む。4年生は今大会で引退となるため、できれば全員出してあげたい。昨年までなら何も考えずに選べたが、今年はスーパールーキーの鈴本が入部したためポジション争いが一変している。その当落線上にいるのは奥野と中田先輩だった。

 実力的には奥野が上だと思っている。

 それでも中田先輩を選んで良いものだろうか? 

 先輩だからという理由だけで鈴本を外して、奥野と中田先輩2人ともレギュラーに、という考えはない。負けてしまっては元も子もない。どうしてもどちらかだけを選ぶことになってしまう。

 この決断が僕にはできなかった。

 悩みに悩んだ結果、レギュラーを決めるための直接対決を提案した。2人に責任を押しつけているようで罪悪感があるけれど、新米主将の僕にはこれが精いっぱいだった。

 その試合は大会の3日前、熱中症になりそうな気温と練習後の疲労感を伴いつつ、張り詰めた緊張の中で始まった。

 一礼し、奥野と中田先輩が対峙する。

 竹刀を構え、呼吸を整える。

 審判が合図を送った。

 気合いのこもった声を上げ、両者が同時に飛び出した。

 竹刀がぶつかり合い、高い音が響く。

 つばが迫り合い、面と面がぶつかる。

 2人とも鬼気迫る表情だった。

 普段通りの実力であれば奥野が勝つだろう。

 だけど僕は中田先輩の底力を信じた。先輩としての意地、引退試合になるかもしれない覚悟、大将の高月先輩との友情、そのすべてが後押しとなり、勝ち星を得るのではないかと。

 4分の試合時間はあっという間に終了した。

 結果は引き分け。

 やはり中田先輩では奥野から勝利を奪取することはできないのか……。しかしレギュラーはまだ決定できていない。ここからは時間無制限の延長戦だ。

 5分、10分、15分。

 なかなか勝負がつかない。次第に奥野の焦りと疲労が色濃くなっていく。

 そして延長開始から20分が経過した時――ついに中田先輩の竹刀が中田の面を捉えた。レギュラーは中田先輩に決定だ。

 奥野は一礼すると、そのまま顔を上げずに去っていく。

 その胸の内に想いが痛いほど伝わってくる。

 中田先輩はどうだろう。敗者の背中を見送りながら何を考えているのだろう。僕にはわからなかった。

 奥野は練習に来なくなった。悔しさで来られないのだろう。大会も休むかと思ったが、当日には吹っ切れた表情をして現れた。サポートメンバーとして応援に徹しようと決めたようだった。

 大会は予選リーグから順調で、危なげなく勝ち進んでいる。だが中田先輩だけはここまで格下が相手でも1勝もできていない。負けか、良くても引き分けばかりだ。応援しつつ奥野も歯がゆい思いを抱えているだろう。自分が出ていれば勝てるのにと。

 中田先輩は取り乱していなかった。泥臭くてもいい。引き分けて、大将の高月に繋げばいいと言った。

  チームは準決勝まで残った。

 しかしここで当たったのは現在大会3連覇中で、圧倒的な優勝候補だ。大将には個人戦の覇者が待ち構えてもいる。勝つためにはどうしたって大将戦までには決着をつけなくてはならない。

 しかし先鋒の僕は何とか勝ったものの、次鋒の鈴本は一本負けを喫し、中堅の佐藤先輩も辛くも判定負けとなってしまった。1勝2敗と負け越した状態で中田先輩にバトンを渡さなくてはならない。ここはリスクを冒してでも勝ちを目指さなければ。

 相手チームの大将は今大会ナンバー1選手で高月先輩でも勝つことは難しい。

 リスクを冒してでも中田先輩は勝ちを目指すだろうと信じた。だが、先輩は攻めなかった。一本を取りにいかない。ポイントで先制されないよう守りを堅めながら足を使っている。泥臭く引き分けを狙っているのだ。

 僕は苛立ち、このときはまだ理解できていなかった。

 勝敗数だけでなく、ポイント制のルールについて。

 そして何より、チームの中で中田先輩だけが高月先輩の勝利を信じて疑っていなかったことを。

 そう。副将戦で敗北し、チームの負けが確定するくらいなら、1勝2敗1分けでも大将戦に繋いだ方が良い。高月先輩が個人戦覇者から1勝を得さえすればポイントで相手チームを上回れるのだ。

 結果、中田先輩は4分間粘りに粘って引き分けた。

 これで高月先輩が勝てば逆転勝利できる。中田先輩の眼差しは、自らの大将を戦場へ送り出すことに対し、絶対の自信で漲っていた。

 高月先輩は鬼神が宿ったかのように攻めた。

 攻めに攻めた。

 だが相手も個人戦の覇者だけのことはある。

 うまくいなされ有効な打撃を与えられない。

 2分が過ぎた頃には勢いが逆転し、押し返されるようになってきた。

 力でも技でも一枚も二枚も上手だ。

 苦しい局面が続く。なんとか凌いでほしい。

 そんなふうに願っていると高月先輩の足の運び方がある人物と重なった。相手の太刀筋をゆらりと躱し、翻弄する。それはまるで中田先輩そのものだった。

 攻防が一体となった瞬間だった。

 そしてラスト30秒。

 一瞬の間隙を縫い、高月先輩の竹刀が相手の籠手を捉えた。

「1本ッ!」

 審判の大きな声が響き渡る。

 僕たちも歓声を上げた。

 高月先輩を最後まで信じ切った中田先輩の作戦勝ちだった。レギュラー落ちした奥野も気持ちが晴れたように破顔していた。

 準決勝が鮮烈すぎて決勝戦の記憶はあいまいだ。

 決勝で僕はあっさり負けてしまったことも理由なのだが。

 ルーキーである鈴本の活躍が大きく貢献し、チームは団体優勝を手にすることができた。中田先輩は今大会6引き分けという珍しい記録も叩き出した。今となっては良い思い出である。

 また暑い夏が近づく。

 さあ、今年は僕が引退する番だ。

デコ
デコ

 先輩たちカッコイイね! チーム内の友情や葛藤もあってまさに青春って感じ(´▽`*)

遊び心
遊び心

 ダイダイさん、ありがとうございました! ダイダイさん夢がさらに広がっていきますように!

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