保健室の先生になった話【約1,800文字】

オリジナル小説

保健室の先生になった話

 私は現在、会社の保健室の先生(産業保健師さんぎょうほけんし)としてなりたい職業に就いています。しかし、今は天職だと思っていますが、けして順調に夢を叶えたわけではありませんでした。

 高校時代の私は、大学には行くものだと漠然と思っていました。将来の夢(なりたい職業)もなく、やりたいこともしっかり考えておらず、ただ「キラキラした大学生活を送りたい」という、何ともふわっとしたイメージでした。

 大学選びは自分の学力で入れるところで、興味の持てそうな学部をいくつか選んで受験し、外国語学部や経済学部のほかに、看護学部も受けました。

 正直、看護師になりたいとは思っていなかったのですが、親戚に看護師がいたこと、医療系の国家資格は喰いっぱぐれがなく、手に職をつけておけば将来困らないだろうと思ったからです。そして、結果はいずれも合格しましたが、私立よりも国公立のほうが親孝行だろう考え、国公立の看護学部を選んだのです。

 この選択が苦労の始まりでした。

 看護師は「白衣の天使」などと呼ばれるようにとてもやさしいイメージですが、そもそも私には「博愛精神」が欠けていたのです。入学早々「失敗したかな・・・」と思ってしまいました。

 まわりは看護師になることを夢見て前向きに授業に取り組んでいましたが、私はあいかわらずキラキラした学生生活を送ることばかりに腐心ふしんしていたのです。国内外を問わず旅行三昧で、授業をサボることもありましたし、遊ぶためにはアルバイトもしなければならなかったので、それはそれは学校以外の予定をぎっちり詰め込んでいました。

 案の定、テストは再試にまみれ、授業も実習もまったく面白くないものだから、大学を辞めようかと考えた時期もありました。しかし大学中退という肩書は格好が悪く「やはり大学はなんとしても卒業しておこう」「資格はしっかり取っておこう」と思い直せたのは、負けず嫌いな性格が幸いしたからでしょう。

 このころは「キラキラしたOLになる」ことが夢になっていました。

 看護師は目指せないけれど、資格を活かしたOLになるにはどうしたらいいだろうと考えていたのです。そんな折、会社の保健室の先生(産業保健師)という聞きなれない職業を知って衝撃が走ったのを覚えています。

 まさに自分のイメージにぴったりな職業でした。

 看護師・保健師の国家試験は合格率が高かったので甘く見ていました。毎年2月に国家試験があり、4年生の夏には勉強を始める人が多いのですが、なんと私は冬になってから勉強を始めたのです! 周囲との差にかなり焦りましたが、友人の手助けなどもあり、付け焼刃ですがなんとか看護師と保健師の国家試験に合格することができました。

 しかし、資格を得ただけで、まだ就職が決まったわけではなく、就活でも苦労をすることとなりました。

 産業保健師の採用は、大企業しかなく、欠員が生じないと募集もされないという狭き門です。就活の結果、産業保健師としての採用はされず、1年目はけっきょく看護師として病院で働くことになりました。

 そしてその配属先が集中治療室ICUという、看護師を目指す人にとっては貴重な経験ができるあこがれの部署かもしれませんが、私にとっては地獄のようでした。案の定わかっていたことですが、私は看護師は向いていません。自分のミスが患者の生死に繋がるのではないかという恐怖とストレスにいつもさいなまれていました。

 1日でも早く資格を活かしたキラキラOLになりたい。

 そう思って転職活動を始めました。そこでも紆余曲折ありましたが、運良くとある企業から内定をいただき、夢の産業保健師になることができました。

 産業保健師になってからは、看護師時代にはく余裕なんてなかった高いヒールとスーツをバシッと決めて、全国への出張に飛び回り、遊びも仕事も両立できるようになりました。そしてなにより「キラキラしたOLになる」という夢を叶えることができたことが一番うれしかったです。

 仕事は大変なこともありますが、職場のリーダーにも抜擢ばってきされ、今は天職だと思えるくらい楽しく毎日を過ごしています。

本田奈那子
本田奈那子

 保健室の先生ってなんだか教師のなかでも特別な存在って感じがしますね。

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