コンプレックスを克服して職業にした話【約2,400文字】

オリジナル小説

コンプレックスを克服して職業にした話【約2,400文字】

「ちょっとりん、静かになさい!」

「はーい……」

 笹原ささはら璃子りこに叱られ、凛はシュンと肩を落として小さく返事をした。

「まったくこの子ったら、ほかのお友達はみんなお行儀が良いのに……」

 駅前にあるカフェのオープンテラス。平日の昼下がりに30代そこそこの主婦たちが井戸端会議よろしく、コーヒーや紅茶を片手に世間話に花を咲かせており、璃子もそのうちのひとりである。

 凛は、その近くでみんなといっしょに遊んでいたわけだが、ひとりだけ叱られてしまった。その光景は凛にとっては日常的なことだった。晴れた平日、幼稚園の後の寄り道、母親たちの長話、自分だけうるさいと叱られることも含めて全部。

 笹原凛は一般家庭で育つ普通の少女だ。

 普段は大人から叱られることなんてほとんどない。人見知りせずよく笑い、走り回ったり物を投げたりもしない。幼稚園でも友達とケンカしたりせず、おもちゃを取り合う前にゆずってしまうような子だった。

 そんな凛だが、物心ついたころからひとつ大きな悩みを抱えていた

 だ。

 正確にはよく通る声をしているがために叱られてしまうことが悩みのタネだった。

 凛の声は高く、人並み以上によく響いた。ほかの子と同じようにワイワイ遊んでいるだけで声が目立ってしまうのだ。さきほどもひとり大声で騒いでいるように聞こえたらしい。こんな調子で毎日母親から「うるさい! やかましい!」と叱られているのだ。

 しかし、それでもこのころはまだ良かった。

「おてんばな子だ」といった評価を受けるていどで済む歳だったともいえる。だけど小学校にあがると自覚するようにもなってしまった。

 自分の声はうるさい。周りと同じように喋っただけで叱られる。友達にも迷惑かけるかも。

 そんな考えが毎日頭のなかをグルグルと駆け巡った結果、必要な時にも勇気が出せず、しゃべるときも笑うときもほとんど声を出さない子どもに育ってしまった。

 声がコンプレックスになっていたのだ。

 すごく大人しくて声が小さい子。

 この凛のイメージは、小学校卒業までの6年間ずっと変わらなかった。

 しかし、中学・高校と女子ばかりの環境で過ごした凛は、声変わりする男子が側にいないこともあってか声の高さはあまり意識せず、段々と仲の良い友達とは自然に話せるようになっていた。声を出して笑えるようにもなった。

 ただ、幼少期から刷り込まれた『声が響くからコンプレックスになった』という考え方は変えられないまま大学へ進んだ。

 大学で何か新しく熱中できることを見つけたい。

 漠然とそう考えていた凛は新歓レクリエーションで1枚のビラを受け取った。

『放送部員アナウンサーやスタッフ募集中! 楽しい新歓イベントします! 軽食あり! 見学だけでもお気軽に!』

 定番のお花見には抵抗のあった凛だが、何かしらの新歓には参加したかった。イベント開始時刻の直前だったこともあり、ビラを配っていた先輩に促されるまま放送部の部室を訪れた。放送部はそれなりに規模が大きくて、広い部室での新歓イベントには部員数十人、凛たち新入生を含めると何十人も集まっていた。

 そのイベントで人生を変えるできごとが起きた。

 自己紹介を兼ねたゲームが始まり、百人近くいる前で話すことになってしまったのだ。

 断り切れずに壇上に立たされる凛。

 パニックになり、内容を整理しながらしゃべることに頭が一杯で、マイクが到着する前に話し始めてしまったのだ。

 そしてマイクが到着したところで、ようやく肉声のみでしゃべっていたことに気づいた。もうやけくそ気味で途中からはマイクを握ってひと息にしゃべり終える。

 凜はハッとしたが時すでに遅し。どうしよう、絶対うるさいって思われた……。やってしまったと顔を覆い泣きそうになったが、しかしみんなのリアクションは違っていた。

 機材係の先輩たちは「おおっ!」と歓喜の声をあげ、ほかの新入生たちはビックリした顔で凜を見ている。

「はい、ありがとう! マイク遅れちゃってごめんね!」司会の先輩部員が笑顔で進める。「だけど凄かったねぇ……こんな広くて百人以上もいる部屋でさ、マイクなしでも通っちゃうんだもん」

「いい声持ってるね~」

「こりゃアナウンサーのやつらは油断できないねぇ!」

 あはは、とみんなが一斉に笑った。

 予想外の反応に凜は衝撃を受けた。

 ずっと『この声のせいで』と悩んでいたけれど、もしかしたらこの声を活かせるかもしれない。ここなら熱中できるものを見つけられるのではないか。そう考えた凛は放送部への入部を決めた。

 それから凜はアナウンサー部員として慌ただしい日々を送った。高校からの経験者も珍しくないなか、初心者の凜は基礎から何から覚えることが山積みだった。何度もくじけそうになったけれど、しかし凜には経験者にも勝る武器がひとつだけある。

 だ。

 凛の声の評判は、とくに機材係のメンバーの間で広まった。調整をしなくてもマイクで拾えるから楽なのだそうだ。

 コンプレックスだった声が長所に変わったのである。

 この声があるからこそ部活を続けられた。

 そして卒業後、声とは関係のない仕事で多々苦労してきた凛だが、転職を考えはじめた時期に世界中で感染病が流行したこともあり、思い切って在宅ワークへとかじを切った。YouTuberやVTuberなどが職業として定着し始めた影響で、ネット声優という職業も徐々に広がっている現在、凜は「中の人」として声の仕事をスタートさせている。

遊び心
遊び心

 苦手を克服して職業にまでしてしまうなんてすごい努力ですよね! これからのご活躍をお祈り申し上げます!

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