小説投稿サイトでコメントがもらえた話
「ねねちゃん、小説家になるって言ってたじゃない?」
床屋のおばさんの声に、ぼーっとしていた意識が戻って焦点を合わせる。大学のときに教授にくだらないと言われて捨て去り、会社員になってからは忙しさを理由にほとんど書いていない、一拍遅れて昔の夢のことだと気がついた。
中学の頃は夢を口にすることに恐れはなかったし、むしろ人に言えない方が「ダサい」と思っていた。
しかし、最近うまくいっていない母親との会話の糸口になればと、大人になって初めてお隣さんに来たが、失敗だったかもしれない。
YESともNOとも取れる作り笑いを浮かべて、暗に触れられたくないと伝えたつもりだが、田舎のおばちゃんのマシンガントークはとまらない。「まだ続けているのかしら? それとも諦めたのかしら? おばちゃん気になるわあ♡」と、直接的には言わないものの圧を感じる。笑顔で空気を読ませることが大人のテクニックなら、圧をかけて聞き出すのはおばちゃんテクニックなのかもしれない。
「最近この本を読んだの。ねねちゃんは読んだ?」
「今度ねねちゃんが書いた小説を見せてほしいわ」
作り笑いの返答を許さない追撃。なんとなく顔を見られたくなくて笑顔の仮面を貼り付けたまま「最近忙しくて」という常套句を返した。
「もうやめちゃったの?」
伺うような声音は、諦めたことを正しく認識していた。察してほしくてそういう態度を取っていたはずなのに、頬に朱がさす。
「最近は忙しくて……たまに短編小説を書くくらいかな」
「あら! 今度持ってきて、ぜひおばさんに見せて!」
食い気味に明るい声が飛ぶ。
なぜそんなことを言ったのだろう。一瞬で悔恨の念に圧し潰され、さらに作り笑いに力が入る。
絶対に見せない。小説は趣味なのだ、と私のなかの私とは和解が済んでいる。
これ以上の夢は見ないで、大人になると決めたのだ。
※
目の前に、小説投稿サイトのログイン画面が表示されたPC。先ほどからくるくると長めのアクセス中が続いている。
作家を目指すなら原稿用紙だ! と思っていた時期もあるが、趣味と決めてからは小説サイトに軽く投稿する程度。ログインし直さなければならないほど期間も空いていた。
なかなか繋がらないサイトに、最近調子の悪いWi-Fiを再起動させながら思いを馳せる。
中学の頃は情緒不安定で、いかにも中二病的だった。眠れない夜を小説を読んでやり過ごした。ハッピーエンドの先を妄想したり、バッドエンドに大泣きしてーー現実を遠ざけていた。
「思春期ってそういう時期だからね。大人になれば落ち着くよ」
先生のこの言葉が微かな希望だった。作品をたくさん消費して生かされて『私も』と夢を抱いた。随分矛盾した物語をひとつ完成させては『一歩叶った』と喜んでいた。
再起動の作業を終えて、デスクチェアにもたれる。
ようやく表示されたひさしぶりの小説サイト。通知欄をなかば無意識にクリックして、ぎょっとした。先月投稿した作品へのコメントだ――コメント!?
他人に積極的に関わらず、コメントせず、自分が読んだ作品へのマーキングとしていいねを押すだけの、いわばシングルプレイヤー。そんな私に、いったい誰がどんなコメントを。
恐ろしくてマウスから手を離した。口を大きく開けて親指の爪を噛む。あとで歯形を見るたびに悪い癖だと嫌悪するが、どうにもやめられない。
呼吸を整え『死なば諸共』と念仏のように唱えながら、えいやと通知詳細を開いた。
「面白かったです! 続編期待!!」
拍子抜けして、弾みで涙がぽろぽろ溢れて驚いた。手がすこし震えていてさらに驚いた。そんなに怖かったのか。何に? ダメ出しにだ。
と、そこで足音を察知して無意味にPCの画面を変えた。高鳴る動悸がまだ落ち着かないうちに母が部屋に入ってきた。精いっぱい平静を装う。居間にあるPCを使っているので、両親が通ることはよくある。
「隣のおばさん、まだあんたが作家を目指してると思っているのねぇ」
母がビニール袋をテーブルに置いた。田舎の噂話は光回線より速いというのも、あながち冗談ではないらしい。離婚などのゴシップネタだけかと思っていたが、こんな毒にも薬にもならない話も光速伝達とは恐れ入る。
「床屋さんて面白いわね。次々人が入れ替わり立ち代わり話と手土産を置いていって、わらしべ長者みたいだったわ。小説にでもしたらどうですかと言ったら、その時はおたくの娘さんに頼むわ、なんて言われちゃった」
テーブルの上のビニール袋に目をやる。わらしべ長者の戦利品だろうかと考えていると「お漬物もらったの」と母が言う。代わりに持っていったものを知らないので、勝ったのか負けたのか定かではない。もちろん勝ち負けではない気持ちのやりとりと理解しているが、実際何が何に化けるのか興味はある。
「お母さんは何を持っていったの」
母はすこしギクシャクした。普段、必要最低限しか喋らない娘からの世間話に驚いた様子だった。しかしさすが年の功、動揺は一瞬のことで、すぐさま平静を装った。
「でんすけすいか」
それはわらしべだなぁ、と、人の良いおばさんを思い浮かべる。そういえば母の話も「床屋さんががわらしべ長者」だったと腑に落ちた。
へぇ、と当たり障りない返事をしながら、小説投稿サイトのページを再度見る。動揺していたのでとっさに画面を変えたが、目の悪い母にはどうせ見えない。
誰かが、私の作品を面白いと思ってくれている。自分の卑屈さに気づいたら、このままで良いとは到底思えなかった。
「書いてみようかな」
母の反応がないので、独り言と思われたかもしれない。もう一度、それとわかるように言葉を並べる。
「ええと、フィクションで。田舎の床屋さんで、人が入れ替わり、立ち代わり、わらしべ長者? フィクションでストーリーをつけて……」
慣れないことをするから喉が狭まってうまく言葉にならない。しかし母は「きっと喜ぶわ」と喜色を滲ませて頭をくしゃりと撫でた。母が部屋を出るまで、泣かないように歯を食いしばっていたから、何も返答はできなかった。うまく平静を装えない未熟者なので、年の功にはお見通しだろう。
夢と趣味の狭間の、どこに終着駅を見出すかはわからない。ただ「母ともうちょっと仲良くしたい」という夢は叶いそうだ。

ボクもそうだけど、無名の作家が投稿サイトにUPしてもなかなか読まれないんだよね……売れないと周りの理解も得づらいし、続けるって大変だよ💦

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