小説投稿サイトでコメントがもえらえた話【約2,500文字】

デコモン短編集 オリジナル小説

小説投稿サイトでコメントがもらえた話

「ねねちゃん、小説家になるって言ってたじゃない?」

 床屋のおばさんの声に、ぼーっとしていた意識が戻って焦点を合わせる。大学のときに教授にくだらないと言われて捨て去り、会社員になってからは忙しさを理由にほとんど書いていない、一拍遅れて昔の夢のことだと気がついた。

 中学の頃は夢を口にすることに恐れはなかったし、むしろ人に言えない方が「ダサい」と思っていた。

 しかし、最近うまくいっていない母親との会話の糸口になればと、大人になって初めてお隣さんに来たが、失敗だったかもしれない。

 YESともNOとも取れる作り笑いを浮かべて、暗に触れられたくないと伝えたつもりだが、田舎のおばちゃんのマシンガントークはとまらない。「まだ続けているのかしら? それとも諦めたのかしら? おばちゃん気になるわあ♡」と、直接的には言わないものの圧を感じる。笑顔で空気を読ませることが大人のテクニックなら、圧をかけて聞き出すのはおばちゃんテクニックなのかもしれない。

「最近この本を読んだの。ねねちゃんは読んだ?」

「今度ねねちゃんが書いた小説を見せてほしいわ」

 作り笑いの返答を許さない追撃。なんとなく顔を見られたくなくて笑顔の仮面を貼り付けたまま「最近忙しくて」という常套句を返した。

「もうやめちゃったの?」

 伺うような声音は、諦めたことを正しく認識していた。察してほしくてそういう態度を取っていたはずなのに、頬に朱がさす。

「最近は忙しくて……たまに短編小説を書くくらいかな」

「あら! 今度持ってきて、ぜひおばさんに見せて!」

 食い気味に明るい声が飛ぶ。

 なぜそんなことを言ったのだろう。一瞬で悔恨の念に圧し潰され、さらに作り笑いに力が入る。

 絶対に見せない。小説は趣味なのだ、と私のなかの私とは和解が済んでいる。

 これ以上の夢は見ないで、大人になると決めたのだ。

 ※

 目の前に、小説投稿サイトのログイン画面が表示されたPC。先ほどからくるくると長めのアクセス中が続いている。

 作家を目指すなら原稿用紙だ! と思っていた時期もあるが、趣味と決めてからは小説サイトに軽く投稿する程度。ログインし直さなければならないほど期間も空いていた。

 なかなかつながらないサイトに、最近調子の悪いWi-Fiを再起動させながら思いをせる。

 中学の頃は情緒不安定で、いかにも中二病的だった。眠れない夜を小説を読んでやり過ごした。ハッピーエンドの先を妄想したり、バッドエンドに大泣きしてーー現実を遠ざけていた。

「思春期ってそういう時期だからね。大人になれば落ち着くよ」

 先生のこの言葉がかすかな希望だった。作品をたくさん消費して生かされて『私も』と夢を抱いた。随分矛盾した物語をひとつ完成させては『一歩叶った』と喜んでいた。

 再起動の作業を終えて、デスクチェアにもたれる。

 ようやく表示されたひさしぶりの小説サイト。通知欄をなかば無意識にクリックして、ぎょっとした。先月投稿した作品へのコメントだ――コメント!?

 他人に積極的に関わらず、コメントせず、自分が読んだ作品へのマーキングとしていいねを押すだけの、いわばシングルプレイヤー。そんな私に、いったい誰がどんなコメントを。

 恐ろしくてマウスから手を離した。口を大きく開けて親指の爪を噛む。あとで歯形を見るたびに悪い癖だと嫌悪するが、どうにもやめられない。

 呼吸を整え『死なば諸共』と念仏のようにとなえながら、えいやと通知詳細を開いた。

面白かったです! 続編期待!!

 拍子抜けして、弾みで涙がぽろぽろこぼれて驚いた。手がすこし震えていてさらに驚いた。そんなに怖かったのか。何に? ダメ出しにだ。

 と、そこで足音を察知して無意味にPCの画面を変えた。高鳴る動悸どうきがまだ落ち着かないうちに母が部屋に入ってきた。精いっぱい平静を装う。居間にあるPCを使っているので、両親が通ることはよくある。

「隣のおばさん、まだあんたが作家を目指してると思っているのねぇ」

 母がビニール袋をテーブルに置いた。田舎の噂話は光回線より速いというのも、あながち冗談ではないらしい。離婚などのゴシップネタだけかと思っていたが、こんな毒にも薬にもならない話も光速伝達とは恐れ入る。

「床屋さんて面白いわね。次々人が入れ替わり立ち代わり話と手土産を置いていって、わらしべ長者みたいだったわ。小説にでもしたらどうですかと言ったら、その時はおたくの娘さんに頼むわ、なんて言われちゃった」

 テーブルの上のビニール袋に目をやる。わらしべ長者の戦利品だろうかと考えていると「お漬物もらったの」と母が言う。代わりに持っていったものを知らないので、勝ったのか負けたのか定かではない。もちろん勝ち負けではない気持ちのやりとりと理解しているが、実際何が何に化けるのか興味はある。

「お母さんは何を持っていったの」

 母はすこしギクシャクした。普段、必要最低限しか喋らない娘からの世間話に驚いた様子だった。しかしさすが年の功、動揺は一瞬のことで、すぐさま平静を装った。

「でんすけすいか」

 それはわらしべだなぁ、と、人の良いおばさんを思い浮かべる。そういえば母の話も「床屋さんががわらしべ長者」だったと腑に落ちた。

 へぇ、と当たり障りない返事をしながら、小説投稿サイトのページを再度見る。動揺していたのでとっさに画面を変えたが、目の悪い母にはどうせ見えない。

 誰かが、私の作品を面白いと思ってくれている。自分の卑屈ひくつさに気づいたら、このままで良いとは到底思えなかった。

「書いてみようかな」

 母の反応がないので、独り言と思われたかもしれない。もう一度、それとわかるように言葉を並べる。

「ええと、フィクションで。田舎の床屋さんで、人が入れ替わり、立ち代わり、わらしべ長者? フィクションでストーリーをつけて……」

 慣れないことをするから喉が狭まってうまく言葉にならない。しかし母は「きっと喜ぶわ」と喜色を滲ませて頭をくしゃりと撫でた。母が部屋を出るまで、泣かないように歯を食いしばっていたから、何も返答はできなかった。うまく平静を装えない未熟者なので、年の功にはお見通しだろう。

 夢と趣味の狭間の、どこに終着駅を見出すかはわからない。ただ「母ともうちょっと仲良くしたい」という夢は叶いそうだ。

遊び心
遊び心

 ボクもそうだけど、無名の作家が投稿サイトにUPしてもなかなか読まれないんだよね……売れないと周りの理解も得づらいし、続けるって大変だよ💦

本田奈那子
本田奈那子

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