【オリジナル小説】シェア・ワールド ~死神の初恋~【第26話】

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第26話 死神の初恋⑱

「俺が寝取っただと?」

 ハクロは、カンザキが何を云っているのか理解出来なかった。一瞬狼狽えたが、全く身に覚えが無い。だが、直ぐに黒武者のことだと察した。

 カンザキは、ハクロを彼の父と混同しているのだろう。しかし、それ以上にハクロを混乱させたのは、カンザキがめとろうとしている相手だった。父である黒武者が孕ませた女というのつまり、ハクロの母になる。

「だが、母はもう……」

 亡くなっているのではなかったか。

 その言葉は声にならなかった。ハクロ自身が生死を確かめたわけではない。万が一という可能性もある。会えないものと諦めていたが、微かな希望が芽生えた。

 だが、盲目の医者がそれを打ち砕く。

「あり得ません。私は確かに奥方様の最期を看取りました」

「その眼で確認したというのか?」

「目視したわけではありませんが……出血は酷く、脈も呼吸も停止しておりました。あの状態から蘇生出来るはずがございません」

「貴様は勘違いしている」カンザキが重ねて否定した。「妻は、元々死んでなどいないのさ。そう……彼女は少し長い眠りについているだけなんだ。二十年前からずっと、この地下深くでな」

「人はそれを死と呼ぶのでございます。奥方様は――死者は眼を覚ましたり致しません」

「ならばそこの魔女はどう説明する?」カンザキはミコトを見やった。「貴様も二十年前の日蝕を体験したのであれば魔女の姿が視えているはずだ。同じように、我妻も必ず目覚めるさ。俺がそう信じている限り、絶対にな」

「信じただけで――願っただけで奇跡が起きるなら誰も不幸にはなりません。残念ながら、自然の因果はそのような仕組みにはなっていないのです」

「ならば、何故この世界には魔法が存在している? どうして言葉にするだけで炎を喚び、印を結ぶだけで水を湛えることができるのだ? この、奇跡のような仕組みを論理的に説明できる者はいるか?」

「それは……」タマキは口をつぐんだ。

「貴様のような科学心信奉者しんぽうしゃには解らないだろう。この世の理を真に理解しようとはせず、時間や空間の存在をただ盲目的に信じているのだからな」

前提条件が間違っていると仰るのですか?」

「正しいも間違いも無い。結局、俺と貴様との違いは、何を信じているかの差でしかないのだ。人間はな――外側の世界に対する認識が個体によって異なるのだよ」

「外側の世界?」

「我々が眼で見て、耳で聞いて、肌で感じている世界さ」

「五感を通して得た情報によって構築された世界ですね」

「この外側に在る世界がなんと呼ばれているか知っているか?」

「いいえ」タマキは首を振った。

「『シェア・ワールド』だ」カンザキが云った。「この、外側の共通した世界――シェアワールドの世界観を説明するためには、たしかに数学や物理科学が有効だろう。だがそれだけでは説明しきれない現象も我々は確実に認識している」

「それが魔法ですか?」

「左様。何故、魔法は物理法則を無視できるのか。それは、外側ではなく、我々の内側に存在している世界から想像力を糧にして発露した産物だからだ」

「内側の世界?」

「心の世界だよ。精神や意識、或いは魂――何と云い換えても構わない。我々は、世界の一部であると同時に、一つの独立した世界を各々の内側に抱えているのだ。そこは外側にある原理や原則が及ばない、あらゆる法則を無視できる、自由な世界だ」

「夢のような話です」

「まさしく」カンザキは頷いた。「眠っている時なら空を飛ぶことさえ可能だ」

「そして人を黄泉返らせることも出来ると――しかし、それは心のなかの話でございます。個人的な想いが他に影響を及ぼすとは考えられません」

「そうか? 例えば、貴様が医者を志したのは何故だ? 誰の影響も受けずに己の自発的な考えのみに従って行動した結果か?」

「私は、尊敬する先人から多くを学びました。それを思うと、ええ、独りで完結しているとは思えません」

「貴様はその者たちからどうやって情報を受け取った?」

「実際に話を伺ったり、書かれた本から授かりました」

「つまり、想像した産物を他人に伝える方法があるということだ」

「言葉や文字が魔法だと仰るのですか?」

「俺たち人間は意識しなくとも、多かれ少なかれ言霊を使役している。伝達可能な情報に置き換えることによって、各々の世界にしか存在しない情報を交換し、共有しているんだ」

無いものを在ると置き換えているのですね」

「そうだ。その技術こそが魔法の原理であり、原則だと俺は考えている」

 カンザキの講釈は、いつぞやのミコトがハクロに説いた呪文の説明と類似していた。ミコトの説をさらに拡大解釈したものといえる。

「ですが、私は言語を介しますが、魔法を使うことが出来ません」

「訓練を積めば誰でもある程度は使い熟せるようになる。ただ、闇雲に発しても言葉は魔法として機能しない。呪文は、想像力を喚起するための単なる引き金に過ぎないのだ。それは言葉以外の伝達方法にも当てはまる。条件を満たさなければ発動しないんだ」

「条件?」

「まず、送り手自身が魔法の仕組みを深く理解しておく必要がある。また、受け手にも同程度の知性や読解力が求められる。高度な術式ともなれば、言語や文字といった聴覚や視覚からの情報だけでなく、嗅覚や触覚、味覚情報にいたるまで、あらゆる感覚の共有がなされるのだ。もしも式に対する認識に齟齬があれば望むような効果を与えることは出来ないだろう」

「相手を選ぶというのはそういう意味か」ハクロが云った。「だが、人が黄泉返るだなんて誰が信じる」

「貴様たちならば掛かるさ。それだけの知性があり、読解力もある。何より過去に深い縁を結んだ者たちだ。条件は充分に満たしている」

「他の者はどうする?」

「無理にでも信じさせるさ。黒いものでも俺が白といえば白になる」

「嘘を真実に置き換える気か。知れば皆黙っていないだろう」

「そうでもないさ。多くの者は、自分の頭で考えず、強い者に日和ひよって、無責任に生きているだけじゃないか。それでも異論を唱える者がいれば排除すれば良いだけのこと」

「それではまるで魔女狩りじゃないか」

「世間はな、多数決という名の暴力で変えられるのさ。我が妻が受けた迫害のようにな」

「肺の病と云っていたか」

「伝染するような病気ではなかった。正しい知識を身につけていれば誰にでも解るはずなんだ。それをあいつらときたら、邪魔ばかりしおって……」カンザキは憎悪で顔を歪めた。「妻が目覚めた暁にはみなごろしにしなければ」

 頭に描いている人物が誰なのかは定かではないが、云われなき風評被害に遭ったのだろう。

「そんなことをして母が――貴様の妻が喜ぶものか」

「ならば本人に訊いてみよう」

 カンザキは玉座の肘掛けにある突起を押した。

 足許で金属同士がぶつかる音がし、続いて歯車の軋轢音が聞こる。地鳴りが起き、床全体が揺れ始めた。

 タマキがよろけて転倒しそうになる。

 ハクロは鎌を納め、タマキを抱きとめた。

 その間隙を縫ってカンザキが玉座から離れる。燕尾を翻し、礼拝堂の中央に立った。

「貴様――何を!?」

「新婦を呼んだのさ。主役が揃わなければ式は成立しないからな」

 玉座が沈み、代わりに祭壇が浮く。

 上段には天蓋が在る。

 激しい振動で硝子が割れ、風が吹き込んできた。

 幕が揺れ、横たわった人影が垣間見える。

 カンザキは影を抱き上げ、こちら向いた。

 その姿を視てハクロは息を詰めた。

 カンザキの眼にどう映っているのかは解らない。同じモノを見ながら、同じモノが見えていないのだろう。

 彼が大事に抱えていたモノ、それは――一体の木乃伊ミイラだった。

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