【オリジナル小説】シェア・ワールド ~死神の初恋~【第25話】

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第25話 死神の初恋⑰

 カンザキがハクロを黒武者と呼んだ。

 骨ばった顎をかたかたと鳴らし、不気味な笑みを浮かべる。

「久しぶりだな、黒武者。ぎりぎりだったがよもや間に合うとは思わなかったぞ。やはり運命や巡り合わせは在るのだな。否、筋書きというべきか……既に終止符の打たれた物語と諦めていたが、どうやら続いていたようだ」

「何の話をしている? 俺は貴様など知らない」

「貴様に覚えがなくとも俺は鮮明に憶えている。その眼、その顔、その姿。そして魂か――どれをとっても黒武者・ハクロそのものではないか。さあ、今度はあの時のようにはいかんぞ」

 カンザキの口ぶりは確信を持って語っている。

 しかし、死神でもなく、忌み子でもない。

 第三の呼び名・黒武者にハクロは思い当たる節が無かった。

「確かに俺はハクロだが、黒武者なんかじゃない」

 否定したが、しかし口にして思い出した。かつて領主に仕えていたという側近にその肩書きで呼ばれていた男がいたことを。それはハクロの母――云い換えれば、領主の妻を寝取った男を差している。

 つまり、ハクロの実父に当たる人物だ。

 カンザキはハクロにその面影を重ねているのだろう。そうとしか思えない。だが、父子なら歳が離れている。見た目にも現れるだろう。薄暗いとはいえ、見間違えるほど似ているのか。否、姿を見たことはないが、父もまた、タマキと同様に、呪いで加齢が止まっているのかもしれない。否、否――ハクロは再度、頭の中で否定した。

 それ以前に、黒武者は既に死んでいるという話ではなかったか。

 不貞の末に処刑されたとタマキは語っていた。

 裏切りにあった当事者であるカンザキがその事実を失念するはずがない。

 ならば領主が視ているハクロは、過去の亡霊なのだろうか。

 答えは当人にしか判らない。他人と視点を切り替えることなど誰にも出来ないのだから。

「いいや。貴様は黒武者・ハクロだよ。まさかとは思ったが……本当に黄泉返ったとはな」

「違う、俺は黒武者じゃない!」

「罪人は皆そうやって嘘を吐くんだ」

「嘘など吐くものか。貴様こそ、それ以上戯言を抜かすなら素首刎ね落とすぞ!」

「やれるものならやってみるがいい」

 カンザキは丸腰のままゆっくりと接近してくる。

 武器は手にしていない。暗器を隠し持っているのか、或いは体術の心得でもあるのか――助けを呼ぶ素振りはない。

 ハクロは殺気を放ち、咎めた。

「止まれ、それ以上近づくな!」

「何を畏れている? 俺に用があって忍び込んで来たのだろう?」

「恐れてなどいない」

「なら、落ち着け。そこに座り給え」カンザキは長椅子を指し示す。「騒ぎを起こしたくはない。人を呼ぶのは俺としても望む処ではないのだ」

 そう云うと領主は、左手にある玉座の前に立ち、身を翻す。無防備な背中をハクロたちに向け、ゆっくりと腰を下ろした。そして顎をしゃくるようにして振り返る。

「それともやはり斬り結びたいか? 黒武者よ」

 カンザキの口許が不自然に歪む。

 病的な笑顔だ。精神に変調を来しているのかもしれない。血色の悪さが不気味さを増長させている。死を畏れない者は扱いが難しい。威嚇が通じないし、痛みにも鈍い。

 何をしでかすか判ったものじゃない。油断しているうちに斬ってしまおうか。そう考えたが、しかし、

「挑発に乗ってはいけないわ」今にも飛びかかろうとする死神を魔女が窘めた。「私たちは争いに来たのではない。そうでしょう? 大丈夫、言葉は通じるわ」

「分かっている。だが――」ハクロは鎌を振り下ろし、領主の首筋に刃を当てる。「少しでも妙な動きをすれば容赦はしない」

「ふん、随分と丸くなったものだな、黒武者よ。以前の貴様ならば、前置き無しでこの首を刎ねただろうに……やはり俺の思い違いか?」

「何度も云わせるな。俺は黒武者じゃない」

「まだ自覚が足りないのだな。ならば取り敢えずはそういうことにしておこう」

 カンザキは両手を上げて降参して見せる。

「聞いていたよりもずっと饒舌だな」

「今夜は特別な日でね。気分が好いんだ。上等な酒もあるし……貴様もどうだ、一杯つき付き合わないか?」

「断る。酒精は飲みたくない」

「下戸だったところもそのままか」

「頭を鈍らせたくないだけだ。命日にならないよう、言葉には細心の注意を払え」

「それはこちらの台詞だ。さあ、貴様の用件を聞かせてもらおう。今日は忙しくなる。手短に頼むぞ」

 ハクロは城を訪れた経緯をまとめて話す。

 ミコトの治療とハクロの出自を探るため、山から下りてきたこと。街で偶然タマキと再会したこと。視えざる者たちが活性化し、そのために兵士や術者に襲われたこと。そして現在も追われているであろうことを説明した。

 そのうえでハクロは、兵士たちに自分たちへの攻撃を止めるよう命じて欲しいと伝えた。

「なるほど」カンザキが頷く。話している最中はずっと瞳を閉じていたが、ちゃんと話は聞いていたようだ。「今夜はやけに騒がしいと思っていたが……そんなことが起きていたのか」

「兵士や術者を仕向けたのは領主様ではないのですか?」タマキが訊いた。

「街の兵隊は俺の直属ではない。喧しい連中は嫌いなんだ」

「指揮系統下にはあるのですよね?」

「まあな」カンザキは膝を組み、蟀谷こめかみを押さえる。あまり興味がないといった態度だ。肘掛けにも凭れかかるとハクロを見た。「要するに、貴様たちの安全を保障してやれば良いのだな?」

「そうだ」ハクロが答えた。

「他に要求は?」

「無い。兵士たちにこれ以上俺たちを追わないよう命じてくれればそれでいい」

「良かろう。関係部署に通達を出す。焼けた家も修復させよう」

「約束したぞ」

「神の名に懸けて」

 その言葉を受けてハクロは鎌を退けた。

 話の分かる男で助かったと胸を撫で下ろす。

 しかし、そこでカンザキが指を立てた。

「ただし、代わりと云ってはなんだが、俺も一点要求がある」

「云ってみろ」

「これから此処で婚姻の儀を行う。貴様たちも列席してくれ」

「これから? 此処で?」

 ハクロは眉を顰めた。

 場所は適当だろうが、しかしまだ早朝ともいえない時刻だし、他に参列者の姿も無い。参列者どころか牧師や神父もいないではないか。言動から察するに呼ぶつもりもないのだろう。婚姻となれば親類や縁者が集まるものではないのか。領家の婚姻となれば尚更だ。そこに卑しい身分の者を同席させたりはしないだろう。一般の参拝者は遠く離れた外野から望む程度が関の山ではないか。

 なにより、ハクロは儀式を行う意味が解らない。

 当然だが、これまで出席したことなどないし、ミコトから聞いた話から想像しただけでも退屈そうだし、苦手だと感じる。単に頭数を揃えるために形だけ集まっても意味が無い。逆に云えば、祝ったり、悼んだりする気持ちがあればわざわざ集まる必要も無いではないかと考えている。

 そう伝えるとカンザキは肩を竦めて嘆息した。

「俺も同感だ。しかし、主賓が出席しないわけにはいくまい」

「貴様の婚姻なのか」

「縁談の噂など耳にしたことがございませんが……」タマキが続けて云った。

「当然だ。これから行う婚姻の儀は、形式的なものではなく一種の魔法だからな、邪魔されないよう、秘密裡に進めてきたのだ」

「呪文とは違う形の魔法か」

「そう。言葉や文字を含めた複合的な魔法と云っていいだろう。魔法は、送り手と共通の意味を認識する受け手にしか掛からない。そして難しい式ほど相手を選ぶ」

「なら、俺たちには効かないだろう」

「そんなことはない。貴様たちは充分に参加資格を有している。何故なら、これから迎える花嫁は――貴様が寝取った俺の許嫁なのだから」

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