【オリジナル小説】シェア・ワールド ~死神の初恋~【第24話】

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第24話 死神の初恋⑯

 ハクロとミコトはタマキを連れ、診療所から遠ざかり、兵士たちを振り切った。

 領外へは逃げず、逆に城へ向かう事で無事に裏をかくことが出来た。

 街の中心へ進むに従い、騒ぎは沈静化していく。一般住民の多くは寝静まっており、混乱から脱出したかに思えた。

 だが、それでも視られている感覚を払拭することは出来ない。城へ向かう道中、宵闇の中でハクロは、己の身に起きた変化が一時的なものではないことを悟った。

 ――影が視える。

 人らしき形をしているモノもあれば、獣の姿をしているモノも在る。

 道具を模したモノもあれば、粘性を帯びた不定形なモノも在る。

 目を凝らせば、其処彼処にこの世ならざる異形のモノたちが跳梁跋扈している。

 陽のある内は姿どころか気配すら感じることが出来なかったというのに……通り過ぎる度に見慣れない生物たちと視線がかち合う。

 だが、異形の生物らは、近づきはするものの襲ってはこない。歓迎されているわけでも、煙たがられているわけでもなさそうだ。ただ新参の日陰者を吟味しているだけに思えた。

 その好奇な眼差しをハクロは訝しげに振り払う。

「何なんだ……こいつらは?」

「小妖か付喪神の類でしょうね」ミコトが答えた。「悪戯しかできない小者よ。害は無いから安心しなさい」

「昼間には見かけなかったよな。何処から湧いて出たんだろう……」

「ハクロには視えていなかっただけ。彼らはずっと此処にいたわ」

「こんな街中にも妖が棲んでいるのか」

「寧ろ人の多くいる場所を好む傾向にあるわ。これらは、人の心が創り出しているのだから……山ではまず見かけなかったし、整地された後の墓でもすっかり姿を消していた。もっとも、墓に棲んでいたのは悪鬼や魍魎といった、より強力な怪異だったわけだけど」

「倒さなくて良いのか?」

「何故相手取る必要があると思うの?」

「人に仇なす存在なのだろう?」

「人外ならば必ず人に危害を加えるとでも?」

「そこまで云わないが……何らかの悪意を持って存在しているのではないのか?」

「存在自体に意味なんて無いわ。そこに意味を与え、名づけようとするのはいつだって認識する側なの。観測しなければただの現象よ」

 風が吹くのと変わらないわ、とミコトは云って切り捨てた。

 取り巻く変化たちを無視して先へ進んでいく。ミコト自身が風となり街の夜空を棚引かせているかのようだった。ミコトを認識できない者には、ただ風がそよいでいるだけとしか感じられないだろう。だが、その風に因って何らかの災禍に遭えば怪異の仕業とされ、儲かれば神として崇められもする。同じ現象でも見る者の立場によって印象は異なるというわけだ。

 ミコトという存在は今のところ、ハクロにとっては神に等しく、タマキにとっては魔女のようだ。

「タマキにもこれらは視えているのか?」

「はい。この妖たちも、亡き術者たちと同様に、視力を失ってから視えるようになりました」

「怖くないか?」

「初めは恐ろしいと思いましたが、確かにこれらは人だったモノとは違い、殆どが無害のようです。そのうち気にしなくなりましたが……しかし今日はやたらと数が多いですね」

「何かの前触れだろうか?」

「今日は日蝕が起きるわ」

 ミコトが星の動きを観測しながら云った。

 タマキは眉を顰める。

「あの日と同じね……嫌な予感がするわ」

「もう着くぞ」

 城の外壁をつたい、タマキからの情報を頼りに裏手へ回る。

 正面から謁見するつもりでいたが、余所者をまともに通してくれるとは思えない、話を聞いてくれる可能性は低いだろうとのタマキの忠告に従った。

「人嫌いで有名ですし、私は領主様に対して好い印象を持っておりません」

 本人の耳に入れば打ち首にされても文句は云えないであろう一言をタマキは明け透けに口にする。無理もない。彼女は領主の甘言に乗ったばかりに視力を失くしてしまったのだから。

 ハクロは、裏門に着くと外堀の架橋下に身を潜め、小石を投げる。見張りの注意が逸れ、門から離れた隙を突いて城壁に飛びつき、音を立てないよう静かに登っていく。

 塀の上に立つと城が全貌を現した。

 その威容を称えながらもハクロは首を傾げる。

「ミコト、領主の城というのは此処で合っているんだよな?」

「ええ、間違いないわ」

「しかし……」

 目の当たりにした城壁は、タマキから聞いた話とはずいぶん印象が異なる。話では全体が白で統一されている筈だったが……全体的にくすんでおり、黒に近い灰色をしている。闇に溶けているわけではなく、日中に見た遠景も白だったように思う。

「俺は……記憶を違えているのか?」

「いいえ。白で間違いありません」タマキが云った。「視力を失った日に見た景色ですから、強く印象に残っています」

「城が二つあるということは?」

「あり得ません。一つの領家で複数の城を持つことは固く禁じられております」

「なら、この半日の間に塗り替えたとでもいうのか?」

「兎に角、中へ這入りましょう。いつまでも突っ立っていては見つかってしまう」

 ミコトが先陣を切って中庭へ飛び降りる。

 ハクロもタマキに気を遣いながら後に続いた。

 庭は手入れが行き届いていないのか、雑草が生い茂り、蔦が方々に伸びている。

 奥に続く小径を抜けると裏口を見つけた。

 この辺りはタマキの記憶通りだ。

 全体の見取り図を想像で補完しつつ扉に手を掛ける。だが、施錠はされていないが、開けることは躊躇われた。背中に冷たい汗が流れ、喉が渇く。視てはいけない匣を覗こうとしているような、そんな奇妙な感覚に囚われる。

「何だか寒気がしませんか?」タマキが云った。

「気の所為だ」

 嘯きながらもハクロは、押し開いた隙間から妖しい気配が漏れてくるのを機敏に感じていた。それは、数少ないが、街で見かけた雑魚どもとは明らかに異質で、悪意に満ちた邪気を孕んでいる。

 だが此処まで来て尻尾を巻いて帰るわけにはいかない。

 ハクロは扉を押し開き、城内へ侵入する。

 想像に反して、這入ってみれば中は絢爛豪華な装飾品に彩られていた。だが、細部に眼を凝らせば色が褪せているようにも思える。タマキと同じくハクロも美術品の価値など解らないが、どこか歪で不自然だと感じた。

 誰かと鉢合わせしないよう注意しながら更に進む。

 途中で地下へ通じる階段を見つけた。

 祭壇の様子が気になるが、今は領主との面会を優先させる。

 道なりに歩いていき、扉を開けると吹き抜けの広間に出た。中央には大きな階段が上に向かって設えられている。

「……誰もいないようだな」

「行きましょう」

「待て」ハクロは息を飲んで天を仰いだ。「タマキ、玉座は最上階にあるのだな?」

「はい。上に行ったことはありませんが、そう記憶しております」

「領主――カンザキというのは人間なのか?」

「人間でなければ、何だというのです?」

「解らない。解らないが……」

 これが人の放つ気配だろうか。

 上に近づくほどにその色は濃くなっていく。魔境に迷い込んだかのような不安定さを覚えてしまう。その気配を辿るようにハクロは階段を踏みしめる。

 やがて邪悪な気配が最大に達した処で歩みを止めた。

 階段は尽き、正面に大仰な観音開きの扉が在る。

「此処が玉座か……」

 ハクロはタマキを背から下ろし、両手で鎌を握り締める。

 それからミコトに耳打ちした。

「ミコト、何かあったらタマキを連れてすぐに逃げてくれ」

「何を云っているの? 最後まで付き合うわよ」

「私も、何が起きてもハクロ様が護ってくれると信じております」

「そう、そうだったな……」

 ハクロは首肯し呼吸を整える。覚悟を決めると扉を引き開けた。

 薄暗く、見通しは悪い。燭台はあるが火が灯されていない。

 そこは玉座というよりも礼拝堂に近かった。

 足許には赤い絨毯が敷かれており、両脇には木製の長椅子が整然と並んでいる。壁には色とりどりの硝子が嵌め込まれ、天井には人型の異形がいくつも描かれているのが印象的だった。

 絨毯を踏みしめながら奥へ進んでいく。

 主の顔を拝もうと二つ並んだ玉座の前に立つ。

 だが、そこはいずれも蛻の殻だった。

 領主どころか誰一人いない。

 それでも厭な気配は確実にする。気配の元を辿ろうと玉座の裏手に回った。

 いくつもの幕が垂れ下がり、幾何学的な模様が施されている。そして正面には家紋と共に武具が一つ飾られている。

「これは……」

 ハクロが眼にしたもの――それは一振りの大鎌だった。

 全体に細かな金細工が施されてはいるが、柄はおろか、刃の先端まで黒い。未知なる気配はこの地金から放たれているようだ。初見である筈なのに既視感を覚える。

 もう一歩近づいて眼を凝らしてみる。

 妖しいが……しかし、美しい。

 一目で業物だと知れる一品だ。

 魅了され、引き寄せられるように手を伸ばす。

 突然炎が揺らめき、後ろから声がした。

「誰だ、貴様たちは?」

 現れたのは痩せぎすで長身の男だった。

 病的にこけた頬は青白く、落ち窪んだ眼尻には濃い隈が浮いている。

 ハクロは完全に虚を突かれ、驚いて振り返った。

 まるで気配を感じなかった。今こうして眼にしても存在が薄い。男は、冥府の底を覗いているような――一切の光を拒絶した瞳をしている。

 悠然と一歩踏み出すとこちらへ近づいてきた。虚弱そうな風貌だが、それが却って恐ろしい。

「貴様は誰だ、名を名乗れ!」

 ハクロは鎌を前に出し、獣のように唸り、叫んだ。

 だが男は怯まない。

「それはこちらの台詞だ。こんな時分に仕官を願いに来たわけではなかろう? 俺の命など狙っても金にはならんぞ」

「俺たちは強盗じゃない」

「ならば、その物騒な得物を仕舞い給え」

 男は顎をしゃくり、骨ばった指を差すとハクロに命じた。口調は静かで緩やかだが、人を見下す様はいかにも尊大で、挑発的だ。

「此処は人が立入って良い場所ではない。用が無ければ早々に去れ」

「その声……」タマキが反応した。「ハクロ様、この御方がカンザキ様です」

「こいつが?」

「一度聞いた声です。間違いありません」

「給仕か執事のような身なりをしているが」

「そういう御方なのです」

「変わり者と云っていたか……」

 一つの領土を治める君主にしては風格というものがまるで感じられない。

 驚いたのは相手も同じようだった。

「如何にも、俺がカンザキだが……ハクロだと?」

 カンザキは片眉を吊り上げる。仮面のような額に皺が刻まれた。

 ハクロを睨めつけ、続いて視線を隣に移す。

「……もしや、そこに控えているのはミコトか?」

「如何にも」

「その恰好は? 躰はどうした?」

「棄てて参りました」

 ミコトは慇懃に答える。

 面識があるのだ。タマキの話に登場した黒装束の女がミコトであるならば不思議ではない。そして、領主にも躰の無い今のミコトが視えているようだ。

「ふん、潔いな。もう一人は……ただの人間か?」

「タマキと申します。あの、お願いがあって参ったのですが……」

「あの時の医者か……なるほど」カンザキはタマキの言葉を遮り、得心がいったとばかりに頷く。カンザキは一堂を見渡し、再びハクロに向かった。「やはり貴様も黄泉返ったか――黒武者・ハクロよ」

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