【オリジナル小説】シェア・ワールド ~死神の初恋~【第23話】

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第23話 死神の初恋⑮

 予期せぬ客の来訪を警告するように薪が暖炉で爆ぜた。

 続いて一度だけ扉が敲かれる。

 その音に反応し、ハクロが振り向いた次の瞬間――返事を待たずに扉は打ち破られた。

 現れたのは街の警備兵だ。

 十名以上いる。皆鎧で身を固めて武装している。先頭の一人が上がり込んできた。腰に帯びた鞘から刀を抜くと臨戦態勢を取る。

「貴様ら何者だ!」

 ただならぬ空気にハクロは、ミコトとタマキを下がらせ、鎌を手にして吼えた。

 だが兵士らは無言のまま応答しない。得物を抜いたまま雪崩れ込んでくる。ハクロたちを囲むように陣取った。

 更に、後方から黒装束の集団が現れる。その出で立ちは、タマキが語った昔話に登場した者たちを想起させる。ミコトが身に纏っている装束とも酷似していた。

 黒装束たちはハクロとミコトを一瞥するや口々に叫ぶ。

 死神がいるぞと囃し立て、

 魔女がいるぞと騒ぎ出す。

「こいつらにもミコトが視えているのか。それに――」

 黒装束たちはハクロを死神と認識している。

 過去に刃を交えた者が混ざっているのだろうか。だが、例えハクロの過去を知る者がいたとしても、墓に棲んでいた頃とは大きく背格好が変わっている。鎌を携えているくらいでは結びつかないだろう。そう高を括っていた。今更古傷を抉られたくない。

 忌み子と蔑まれたくない。

 死神と罵られたくない。

「誰の命でやって来た、答えろ!」

 黒装束たちに問いかけたが、やはり返事はない。代わりに片手を口許に添えると聞きなれない音を発し始めた。耳障りな低い声を唸らせる度に乾いた空気が振動し、ちりちりと肌が灼けるようだ。

「火炎が来るわ、避けて!」

 異変を誰よりも早く察知したのはミコトだった。

 ハクロはその声に反応すると、鎌を背にし、瞬時に身を翻す。

 眼が明かないタマキを抱え、窓に向かって走った。

 電気を帯びた火花が散り、後方で光が放たれる。その中心で火球が生まれた。空気に触れるや一気に膨張していく。瞬く間に焔が広がり、亡者たちを呑み込んだ。

「ちッ――問答無用か」

 ハクロは舌打ちしながら窓を蹴破る。

 ミコトの後を追って飛び出した。

 そのまま隣の壁伝いに二度三度と脚を掛け、大きく跳躍すると隣家の屋根に着地する。

 振り返ると火の手は診療所を焼き尽くし、燃え盛る炎が爆ぜていた。

 何もかも消し炭にしそうな劫火で、亡者の悲鳴が掻き消されることなく耳に届く。

 眼下に広がる光景はまさしく地獄絵図だった。

「おい、医者。タマキよ。亡者たちは燃やせば死ねる――成仏するのか」

「いいえ。燃やそうが煮ようが溶かそうが、呪いが解けない限り――魂が浄化されない限り永遠に苦しむだけでございます」

「可哀想に……俺ならば彼らを救うことができたかもしれないのに、何故やつらは急に攻め入ってきたんだ。タマキも諸共にするつもりだったのか?」

「でしょうね」ミコトが云った。彼女はハクロの隣で浮いている。こんな街中だというのに警告無しで魔法を放った。全員異端と見做されている証拠だわ」

「そんな――私は魔女なんかじゃない!」

 タマキはハクロから離れ、屋根から身を乗り出して叫ぶ。

「兵士様、お止めください。私は医者でございます!」

 必死に叫ぶタマキ。

 その喉元に向かって矢が飛んでくる。

 ハクロはそれを鎌を薙いで落とした。

 続けざまに飛んでくる二の矢、三の矢を掻い潜り、タマキの躰を引き寄せる。矢面に立つと飛び交う攻撃をことごとく打ち払っていく。

「どうやらミコトの云う通りのようだな」

「全部魔女の所為せいだわ! 貴女が現れたが為に――」

「追われると分かっていて呼ぶ訳が無いわ。居場所が知れたのはきっと、亡者たちの気配が強くなったためでしょう。此処は人の住む街の中よ。勘の鋭い上級魔術者なら簡単に察知できるわ」

「どうする、応戦するか?」ハクロは指示を仰いだ。「見逃してくれるつもりはなさそうだぞ」

 足元で兵士と術師がこちらを指差している。

 火事の所為で周囲が明るい。狼煙となって場所を報せているようなものだ。月の無い夜には良く目立つ。

 汽笛が鳴り、増援の兵が続々と集まってきた。

 熱と異臭が広がり、次騒ぎが大きくなっていく。

 近くで子供の泣き声がした。飛んできた矢でも刺さったか。亡者ではなく、生きている者の声だ。

 その子と母親だろうか。遠巻きながら眼が合った。ハクロたちを見て怯えている。

 術者がまた呪文を唱え始めた。攻撃の手は止まない。次は雷土いかづちか氷の飛礫か――

 対抗するようにミコトも詠唱する。こちらは防壁魔法のようだ。

 複数の黒い円陣が展開し、飛来する矢や炎を全て呑み込む。闇が全て吸収している。

「いつまでも持たないわ。直ぐに離れましょう。此処にいては無関係の者にも被害が及んでしまう」

「とっくに巻き込んでるわよ!」

 一番の被害者が視力を失った瞳をいっぱいに開き、ミコトを睨みつけた。

「こんなことになるなんて夢にも思わなかったわ。家も焼けてしまって……私、これからどうすれば良いの?」

「貴女の場合は今に始まったことじゃないわ。二十年前から物語の登場人物となっているのよ。恨むなら私ではなく、筋書を書いた者を恨みなさい」

 ミコトはそう冷たく云い放った。

 魔力が増大しているせいだろうか、いつになく口調が刺々しい。焦っているように見えるのは、泣き言を繰り出すタマキの所為ではなく、筋書を描いた者への苛立ちからだろう。それが誰なのかは判らないが、自分こそが原因を生んだ張本人ではないかと想像してしまう。

 死神と出会わなければ家を失うこともなかっただろう。

 忌み子さえ生まれなければ視力を失うこともなかっただろう。

 ハクロさえ存在しなければミコトもタマキも幸せになれただろう。

 俺さえ――

「何を考えているの?」ミコトがハクロの思考を遮った。「まさか自分が総ての元凶だなんて思っていないでしょうね?」

「少なくとも一端は担っている」

「それは皆同じ。共に生きて暮らしている限り、互いが互いに影響を及ぼし合っている。良くも悪くもね」

「それでも俺は眼の前で誰かが不幸になって欲しくない」ハクロは、座り込むタマキに手を差し伸べた。「おい、タマキ。貴様も俺たちと一緒に来い」

「ですが……この眼でどうしろとおっしゃるのです? ハクロ様の足手纏いにはなりたくありません」

「要らぬ心配をするな。俺は、俺の為に貴様を護りたいんだ。頼む、協力してくれ」

 ハクロの気迫が伝わったのか、タマキは暫し逡巡すると力無く頷いた。

「……承知しました。魔女と連れ立つのは不本意ですが、ハクロ様の頼みとあれば無下には断れません」

「私も貴女も彼らからすれば同じ魔女よ」

「喧嘩している場合じゃない。さあ行くぞ」ハクロはタマキを背負った。「しっかり掴まっていてくれ」

「嗚呼……せめて静かに暮らしたかった」

「凡て片づいたら必ず償う」

「約束ですよ」

「ミコトは自分で動けるな」

「何とかね。だけど、私もちゃんと護ってよね」

「勿論だ」

「あの、私、重くありませんか?」タマキが訊いた。

「平気だ。ミコトより軽い」

「嘘。もう一回負ぶって――きちんと比べてみて」

「喧嘩しないでくれって」ハクロは顔を顰めた。

 戦うよりかしましい二人を宥めるほうが疲れる。だが、ミコトが復調の兆しを見せてくれたのは好かった。屋根伝いに走りながらハクロはそんなことを思ったが、口にするとまた喧しくなりそうなので話題を逸らす。

「これからどうする? 山へ戻るか? それとも墓の方が好いだろうか?」

「逃げても追われるだけよ」

「また棲家を荒らされるのは御免だな。だが他に行く当ても無いし……」

「城へ向かいましょう」

「城へ?」

「領主と話をつけるの。私たちは悪者じゃない。ただ、己の出自が知りたいだけだって」

「上手くいけばストーリーテラーについても情報が得られるかもしれないな」

 ハクロは気配を断ち、闇に紛れた。

 見えざる明かりに誘われながら城へ忍び込む。

 日蝕が起きる日のことだった。

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