【オリジナル小説】シェア・ワールド ~死神の初恋~【第1話】

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第1話 死神の初恋①

 二度と人は愛さない。

 死神と畏れられるようになったハクロは心の中でそう誓った――。

              ※

 そもそも。

 ハクロは人の愛し方を知らない。生まれて間もなく捨てられ、両親のぬくもりを知らずに育ったからだ。

 記憶は生まれた瞬間まで遡ることができる。取り上げられた時に見た産婆の表情が印象的だった。他の者たちもだ。皆ハクロを見て慌てふためいていた。仔細は解からなかったが、しきりに忌み子だと口にしていたのをよく憶えている。

 コロセコロセと云っていた。

 結局、命を取られることはなかったが、望まれなかった子はすぐに別の場所へ移され、独りにされた。

 女の泣き声を残して、独りになった。

 昏い、冥い闇の中で独りになった。

 置き去られた場所は、誰にも悼まれず弔われることのない、墓標も戒名も必要としない名も無き兵たちの墓場だった。

 疎まれ、蔑まれ、軽んじられ。

 忌避されてきた命がおのずと集まる、そんな場所だった。

 腫れ物を隔離するにはうってつけだろう。生まれたその日からハクロは、墓穴を塒とし、魍魎の哭き声を子守唄代わりに聞くこととなった。常人ならその場で飢えるか、喰われるか、さもなくば気が触れるだろう。そんな劣悪な環境で、しかしハクロは死ななかったし、狂うこともなかった。

 忌み子としてもって生まれた素質のせいか、生命力が異常に強かった。捕食されないよう泣きもせず、じっと息を潜め、雨水を啜り、蟲を漁って命を繋いだ。まるで餓鬼か羅刹の如き有様だが、しかしハクロは智に明るかった。

 ――俺は獣とは違う。そのくらいの分別はつく。

 言葉を知らずとも、そう自覚していた。

 だが、無条件に護ってくれる母も、生きる術を教えてくれる父も此処にはいない。

 獲物を捕える爪や牙も無ければ寒さを凌ぐ毛皮も無い。このままではいずれ死に至るのは必然だった。

 幼いながらもハクロは必死に知恵を巡らせた。人間の武器は頭脳だと本能的に理解していた。

 与えられないのであれば、奪わなくては。

 生きるためには、殺さなくては。

 時折現れる墓荒らしは皆そうしている。見つからないようハクロは襤褸や落ち葉で身を隠し、盗賊や落ち武者の行動をつぶさに盗み見て生きる術を身につけた。わずかだが言葉や文字も覚え、同時に人間の業も識った。

 傲慢。嫉妬。暴食。色欲。憤怒。怠惰。そして強欲。

 額の奥で痛みが走る。

 視るべきではないものが眼窩の底で像を結んだ。夜目が利くハクロにとって、破落戸たちの所業は醜悪に映る。

 ――これでは獣と変わらないではないか。理性ある人間のすることか。

 そう思ったが、しかし綺麗事で腹は満たされない。渇いた喉も癒えない。

 背反する想いを抱えながらもハクロは生きることを優先させた。

              ※

 やがて。

 掴まらなくとも歩けるようになると、空いた両手で道具を拵えた。獲物を狩るための道具だ。幸い、墓場には持ち主不在の武器や防具の類には事欠かない。なかには真作と思しき業物も転がっていたが、まだ非力なハクロにはとても扱えそうになかった。

 だが真っ向勝負を挑む必要はない。一戦ごとが生死に直結するのだ。己の安全を最優先に、なるべく獲物から離れて仕留められる状況が好ましい。とは云え、弓を引く技術は無い。矢が尽きることにも不安が残る。

 熟考した末に選んだ得物は鎌だった。

 柄の折れた剣を拾って枝に括りつけただけだが、間合いが長く、獲物との間合いも計りやすい。刃渡りもあるため命中させやすそうだ。闇に紛れて急所を狙えば一撃で仕留めることも可能だろう。ハクロは幾度か振り回して感触を確かめた。粗末な作りだが、手にはよく馴染む。

 鎌を携えて墓穴から出るとハクロは攻勢にうってでた。

 隠れて逃げ回るのは御仕舞いだ。手始めにハクロは死肉を貪りにくる狼たちを屠った。毎夜周囲を徘徊されて難儀していたのだ。次に森へ分け入り、蛇を獲った。さらには沼へも踏み込み、鯰を捕らえた。いずれも臭みはあったが、百足や鼠に比べればはるかに美味かった。

 成功と失敗を繰り返しながら次第に火の扱いにも慣れ、人知れず湧く綺麗な泉も見つけた。鎌も使いつぶすたびにより強靭なものへと持ち替えた。強い獣たちの縄張りを把握した頃には、ハクロはすっかり逞しくなっていた。まだ十にも満たない時分である。

 時には返り討ちにもあったが、それは己の力量を見誤ったからに他ならない。必要以上に欲しなければ自然はハクロを生かしてくれる。怪我をして動けなくなった時も、食べられる薬草が手の届くところに生えていた。奇跡の意味も知らぬまま、ただ合掌した。

 ハクロは、一人であっても孤独ではない。

 不思議な安堵感が芽生えると興味は外へと向かった。山を駆け、谷を越え、少しずつだが己の世界が広がっていく。それが楽しくて仕方がない。

 だが野に下ることだけは避けていた。

 獣はこちらから危害を加えないかぎり、襲ってくることは滅多にない。互いの領域さえ侵さなければ友好的ですらある。

 だが人間は違う。

 真に警戒するべきは人間だ。

 彼らは禁忌を平気で犯す。踏み入ってはならない領域はたしかに在るというのに。

 墓場もその一つである。

 決して物見遊山で立ち入って良い場所ではない。祀られることがなくとも、敬われることがなくとも、此処は彼岸との境目なのだ。神聖ではなくとも、畏怖されるべき対象が棲んでいるのだ。それが解らないはずはないのだが。

 それなのに。

 人間同士が討ち合う姿を幾度も見てきた。いがみ合い、無駄な殺生が行われるたびに骸が積み上げられ、闇は深さを増していく。それでもなお不躾な光は這入ってくる。松明の灯りだ。月の光さえも拒む底の見えない穴倉まで照らされては安眠の妨げになってしまう。

 成長し、さらに力をつけたハクロは人間を追い払うようになった。

 何度も、何度も追い払った。

 繰り返すうちにハクロは対人戦においても無敵を誇るようになった。墓場は目隠しをしても戦える自陣なのだ。いくら集団で襲ってこようが恐れるに足りない。どんな歴戦の猛者だろうと一刀両断にねじ伏せた。

 だが、いくら強くなろうともむやみな殺生を好んだりはしない。

 食べもしないのに命を奪うことは摂理に反する。それは獣だってしない。ましてやハクロは人間である。

 ――俺ならもっと理性ある対応ができる。

 本来ならば元服する齢を迎え、精神的にも成長したハクロはそんなふうに考えている。鎌で威嚇しつつも、拙い言葉を使って説得を試みるようになった。此処は人間が来る場所ではないと。

 しかし成果は一向に上がらなかった。

 人の群れは減るどころか日を追うごとに増していく。一体こんな日陰にどんな魅力があるというのか。訝しむハクロが答えを得るのにさほど時間は要しなかった。ハクロ自身が彼らの標的となっていたからだ。

 ――墓場に死神がいる。

 と、過去に追い払った者たちの誰かがそんな噂を流したようだ。

 顔も棲家も割れている。

 気づけば名をあげたい士が(こぞ)って集まるようになっていた。いずれもハクロの敵ではなかったが、しかし連戦の疲労は否めない。ある日、一瞬の隙を突かれて塒を埋められてしまった。兵糧攻めなど想像すらできなかった戦略である。さすがに焦ったハクロは語気を荒げた。

「俺は死神なんかじゃない!」

「黙って去れば追いかけたりしない!」

 何度もそう言って諭した。

 それでも。

 死神と罵られ、人殺しと詰られるばかり。

 コロセコロセと繰り返すばかりでまるで言葉が通じない。

 否、言葉は通じていても話が通じないのだ。

 同じ人間なのに意志の疎通がとれない。

 確かにハクロは異端であり、人としての生は破綻しているのかもしれない。それでも他人に責められる筋合いなどない。

 ハクロは賢い。愚かな相手にも忍耐強く、必死に理解を示そうと努めている。だから貴様たちも理解してくれと訴える。

 聴く者がいなくとも、そう叫び続けた。

              ※

 それから。

 ハクロは敵襲を迎撃しながら墓場を彷徨っていた。いくら追い払っても人間は次々にやってくる。数に押し切られ、次第に手心を加えるのも難しくなってきた。

 塒を追われてから数日が経ち、水も食料も尽きた。焦りと苛立ちが募り、疲労と空腹で意識が朦朧とする。眩暈がするし耳鳴りも止まない。昼夜を問わず明るいし、喧しい。何故、

 ――どうして俺がこんな目に遭わなければいけないんだ? 

 ――俺が忌み子だからか? 

 否、彼らにしてみればハクロは死神なのか。

 まったくの云いがかりである。

 ハクロは、墓に棲んではいても人を殺めたことはない。それなのに、勝手に想像され、畏れられ、仇名までつけられてしまった。ハクロはまだ己の出生の秘密を知らないが、死神などでは決してない。

 人間だ。

 だが、いくらそう主張しても誰も聞く耳を持ってくれない。認めてくれない。人間ならば名を名乗れと云う。親から授かった名が在るだろうと宣う。

 ハクロは己の名前を知らない。つけられてさえいないのではないかと思っている。無いものは名乗りようがない。口籠ると人間どもは、やはり死神なのだと囃し立てる。

 コロセコロセと誰も彼もがそう誂う。嗚呼――

 煩い。

 明るい。

 無数に揺れる松明の灯りが暴力的なほどに眼に沁みる。闇は安らぎを齎してくれるというのに、何をそんなに恐れているのか。

 目障りならば視なければいいのに。這入ってこなければいいのに。

 理解を超えた存在を放っておけないのだろう。死神などこの世には存在してはいけないのだ。無いはずのものが在ってはいけないのだ。だがハクロはたしかに存在している。ならば名前を――

 在るなら名前を名乗れと云う。

 無いならお前は死神だと決めつける。

 無いものが在ると不安なのだろう。だから闇を照らし、正体を暴こうというのか。それでも解らないから勝手に名付けて安心しようというのか。

 無いものは無い。

 知らないものは知らない。ならばハクロは、

 ――在ってはいけない存在なのか? 

 そう思った瞬間――

 どろりと、黒い影が脳裏を染めた。

 コロセコロシアエ

 と、聴こえてはいけないものが聞こえ、

 視えてはいけないものが見え、そして――

 忌避すべきことが起きた。

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