【オリジナル小説】絆マリオネット【第13話】

絆マリオネット オリジナル小説

第13話 ファイナルバトル③

 ステージに戻ると派手なBGMとともにアナウンスが流れた。

 内容は、この決勝戦がポイント制からデスマッチに移行するという趣旨だ。

 私もラフレシアも異論を唱えるつもりはないが、あまりにもタイミングがよすぎる。盗聴でもされていたのか、あるいは中座したつじつまを合わせるために運営側がでっち上げた演出だろうか。いずれにしても、私たちから宣言する前から公式となっていた。

 だが、ギャラリーはおおいに歓喜し、いている。

 みんな心の底では殺し合いを期待していたのだろう。人間どうしではできないことをマリオネットで疑似体験しようというわけだ。

 つまり、他人にとっては単なるゲーム。

 だが私にとってこれは、本物の戦争なのだ。

 ラフレシアが眼を細めて上空を見上げる。

 視線の先には我が主が。

 ご主人様は猿轡さるぐつわを噛まされている。両手も後ろで拘束されているようだ。

 自由を奪っているのは言うまでもなく銀葉である。その正面には染井の姿もあり、彼女は銀葉に喰ってかかっている。必死に抗議しているのだろうが、木蓮に後ろから取り押さえられていた。

 染井の力ではどうすることもできないだろう。

 私がラフレシアを倒すしか生き残る道はない。

「待っていてくれ、ご主人様。私が必ず助けてやるからな」

 頭上に浮かんでいたゲージが消える。HPもSPもわからなくなった。

 勝敗を着けるためにはもう、誰の目にもわかるよう、相手が動かなくなるまで破壊しつくすしかない。

 ビースト・ギアが舞い降りてきて水を提供された。

 だが補給したところで条件は同じにはならない。利き腕を失っている分、こちらが圧倒的に不利だ。ならばいっそこのままのテンションで再開したかったが、どうしても公平感を印象づけたいらしい。追い払ってもしつこく周りを羽ばたくので仕方なく受け取った。

 互いに水を補給し終えると改めてゴングが鳴る。

「まったく、このはねっ返り娘が。どうするつもりだ」師匠がぼやいた。

「どうもこうもない。玉砕ぎょくさい覚悟で突撃するのみだ」

「本当に殺されてしまうぞ」

「師匠だけでも逃げるか?」

「馬鹿を言うな。それこそ水仙殿に顔向けできなくなってしまう。とにかく吾輩も最大限力を貸してやるから、お主は足を使ってなんとかラフレシアの隙をつけ」

「わかった。頼りにしておるぞ」

「防御する個所はキズナのみに絞る。攻撃も左手に集中するのだ」

 そう言って師匠は姿を変える。

 変形にはいくつかのバリエーションがあるようで、胸元と残った左手だけを覆った。最小限の防御と最大限の攻撃にスペックを振り分けたのだ。

 ベストコンディションとはとてもいえないが、なんとか闘えそうだ。

 体勢が整い、かまえた途端に鞭が飛んできた。

 すんでのところで左へかわす。

 鞭はうねるように私の足許をかすめていき、後方で強烈な破裂音がした。

「悠長に作戦会議か。今度は考える暇など与えんぞ」

 ラフレシアが手首を返すと鞭の先端がこちらへ向かってくる。

 私は大きく前方へ跳んだ。着地するとそのまま足を止めずに大きく旋回していく。

 鞭も軌道を変えて向かってきた。

 ラフレシアにとってはもはや躰の一部なのだろう。器用に手先だけで操っている。

 だが、鞭はのびきれば一度は必ず引き戻さないと次を打てない。案の定、リーチの外まで飛び退ると手首を返した。

 相変わらず舐められているのか、女王は一歩も動かない。

 接近するチャンス。

 戻っていく鞭を追いかけようと私は両足に力を込めた。

「いくぞラフレシア。今度こそ本気を引き出させてやる!」

 だが、たけってはみたものの、気持ちとは裏腹に脚が前へ出ない。射程圏内に入ろうとするとどうしても悪いイメージが脳裏に浮かぶ。

 鞭の動きがうねり狂った毒蛇を連想させ、絡め取られはしないか、噛みつかれはしないかとついいらぬ想像を働かせてしまう。死の恐怖を知ってしまった以上、不用意な一歩を踏み出すことはできない。これまで味わったことのない緊張感が私の全身を縛っていた。

 だが、なんとかこの呪縛から逃れて、攻勢に転じなければ勝利はあり得ない。

 ――ご主人様ならばこんなとき、どうするだろう。

 逡巡しながらも一定の距離を取り、女王の猛攻をかわし続ける。

 避けて後退するばかりの私にごうを煮やしたのか、ラフレシアがげきを飛ばしてきた。

「どうした、威勢がいいのは口先だけか。そなたの主ならばきっと約束は命を懸けてでも守るだろう」

「なにも知らんくせに、ご主人様を気安く語るな!」

「そのご主人様との絆のために闘っておるのだろう。なによりも大事ではなかったのか。真実であれば、そなたも誓ったことを果たさずにどうする」

「貴様に言われんでもわかっておる」

「そなたにとって大事なものはなんだ。己の命か? その躰で、その拳で答えてみせろ!」

「私にとって大事なもの。それは――」

 言われなくてもわかっている。

 私には命より大切なものがある。

 私には命より大事な人がいる。それは――

 パパ。違う――

「ご主人様との絆だ!」

 私は逃げるのをやめ、立ち止まった。

 躰に残るすべてのスチームをいて拳に集中させていく。

「ありがとう。塩を送ってくれたことに感謝するぞ」

「本気を見せてもらわねば再びステージにあがった甲斐がない。それだけのこと。さあ、孤独を貫くわらわの精神と、そなたたちの絆の結束力、どちらが強いか、いざ勝負!」

 孤高の女王も最大火力でスチームを放出する。

 ふたりの蒸気が混ざり合い、ステージ上に充満していく。その中に含まれる微量な成分が甘い香りを発散させる。多くのマリオネットが戦火に駆り出されていた時代、最前線で嗅ぐことができたという。

 人の死臭とは異なる、甘美かんび芳香ほうこうが再現する。

 元々マリオネットに備えられた仕様であるなら、これは死に対する恐怖を緩和させるためのものだろうか。死力を尽くすにはふさわしい演出だと思える。

 霧がかかる舞台の中に女王の陰影を捉えた。

 そこからギアが一直線にのびてくる。細剣レイピアで突かれたように私の首筋を横切っていく。その風圧だけで肌に亀裂が走った。

 直撃していたら頭ごと持っていかれただろう。一瞬たりとも油断もできない。

 すぐに二発目が直進してくる。

 今度は眉間に向かってきた。

 しゃがんで避けたがわえていた髪が片方切れた。

 さらに動きを読まれたのか、次は足元から飛来音が。

 地面を転がるようにして回避する。

 股を切り裂かれ、大地の砕ける音がして瓦礫がれきが舞う。

 とんでもないスピードと破壊力だ。

 視認してから動いていてはとても間に合わない。

 反射的に身を任せる。

 ダメージを気にしている余裕はなかった。

 最後の一撃を決めることだけに集中し、握り固めたグローブに熱をこめていく。

「師匠よ、壊れても文句はなしだぞ」

「言わずもがなだ。全霊を尽くして打ち負かしてやれ!」

 目標を見つめたまま私は首肯する。

 その直後――

 女王のギアが私の中心、キズナめがけて飛んできた。

 私は直立したまま左手を前へ伸ばす。

 先端が左腕と交差した刹那。

 手首を返して鞭をつかんだ。

 金属どうしが奏でる強烈な擦過音さっかおん

 急激なブレーキがかかり火花が飛び散る。

 蒸気に触れると次々に発散していく。

 摩擦熱で師匠のグローブ部分が焼け焦げ、融解ゆうかいする。

 それでも鞭は止まらない。

 心臓に向かって鋭い切っ先を突き立てようとしている。

 私は腕をひねり、巻きつけるように回転した。

 歯車が悲鳴をあげ、いまにも腕がねじ切れそうだ。

 だがいまさら腕の一本くらい惜しくない。バラバラに分解したってかまわない。

 ありったけの力を左手に集中し、受け止める。

 しかして――

 それは成功した。

 鞭は腕に絡みつき、ほどけることなく停止する。

 圧迫感こそあるものの、恐怖はない。よくよく観察してみれば、蛇でもなんでもなく、禍々しさもない。無機質な金属の塊に過ぎなかった。

 一本の綱に過ぎなかった。

 私は左手の感触を確かめる。

 表面は黒焦げだが、腕はちゃんと動く。指先も機能している。武者震いをいさめるように固く握りこぶしをつくった。

 ついに得物を封じることができた。

 これで女王に近づける。

 すでに満身創痍まんしんそういだが、それでも状況は悪くない。

 私は張り詰められた鞭の先を睨みつける。女王ラフレシアは、

 笑っていた。

「驚いた。わらわの鞭を止めるとは」

「何度も見せすぎだ。覚悟さえ決めれば躰をはって受け止められる」

「じつに愉快ゆかいだよ。そうこなくては」

「負かされるのがそんなに楽しいか。頼みのギアはもう使えんぞ」

 力を込めてたぐり寄せる。

 互いに引っ張りあい、鞭が伸びきるとラフレシアの躰が前のめりになった。単純な腕力だけなら私の方が上のようだ。これは大きな自信となる。

 だが女王に焦りの色はない。

「ギアを御したくらいで良い気になるなよ。ギアを使えぬのはそなたも同じこと。条件は対等であろう」

「ふん。今まで誰も同じ地点に立つことすら叶わなかったのだぞ。少しくらい褒めてもらいたいものだ」

「なにを言う。まだまだ、これで終わりではなかろう?」

「当然だ」

「では、もう一段はるか高みへ。ギアチェンジするとしよう」

 ラフレシアは柄を握り直し、腕に絡ませる。

 一本の線で結ばれる形となり、引っ張っていたはずが引き戻されてしまった。

 私も負けじとさらに力をこめる。

 両者が互いを引き寄せ合い、急激に接近していく。

 その距離が縮まる度に、私の鼓動が早くなる。

 まるで共鳴するように高鳴っていく。

 それは兵器としての本能だろうか。

 ギャラリーの姿も視界から消え失せ、声も届かない。

 あろうことかご主人様の存在さえも忘却の彼方へ追いやっている。

 迫る強敵しか瞳に映らない。

 自分が自分でないみたいに、躰も心も軽やかだ。

 嫌なこともすべて忘れられる。

 ――嫌なこと? 

 そんなことあっただろうか? 

 思い出せない。

 それでいい。

 闘っていることも。

 縛られていることも忘れて。

 すべてを投げ出した今なら自由に空を飛ぶことだってできそうな気がする。

 それくらい心が軽かった。

 躰も軽かった。

 鉄でできたフレームも羽が生えたように重さを感じない。

 圧縮された時間のなかで、気づけばふたりは手の届く距離にいて――

 ふと思いついた言葉を口にする。

「さあ、踊ろうか」

 そう言って私は笑った。直後、

 接触。

 拳を交える。

 ゼロ距離で殴り合い。

 激突と同時に衝撃が伝わり。

 弾け、拡散していく。

 甘い香りと漂う蒸気に包まれるなか、好敵手が私に言葉を手向ける。

「感謝するぞ、勿忘草。生まれて初めて全力を出すことができた」

 最大級の賛辞を聞きながら、私は私の躰が砕け散るのを見た。

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