【オリジナル小説】絆マリオネット【第11話】

絆マリオネット オリジナル小説

第11話 ファイナルバトル①

 宵闇よいやみはいよいよ深くなり、今期のQoMのクイーンを決するときが目前に迫ってきた。

 いま行われている前座の演目はロミオとジュリエットのようだ。

 傀儡師とそのマリオネットが戯曲に合わせながらパントマイムで演技をしている。

 両者の間に遮るものはなにもない。あるのは地上数十メートルの高さに張られた二本のロープだけ。仲を引き裂かれ、絶望するふたりの心情を現すための演出だろう。

 もちろん命綱はしていないし、セーフティネットも張られていない。

 しかも一定時間ごとにロープに火が放たれるというおまけつきだ。制限時間までにすべての演技を完璧にこなさなくてはならないのである。焼切れれば当然落下し、待つのは確実な死。いやでも緊張は高まる。

 文字通り命を懸けたパフォーマンスだ。

 しかし、演じているのはクラウンクラスの傀儡師である。なにも喋らなくとも、その身のこなしだけで充分にギャラリーを魅了できる。きっちり計算ができているのだろう、炎に包まれロープが焼きれる寸前で無事にカーテンコールとなった。

 惜しみない喝采かっさいが会場を支配する中、次の準備のために休憩が挟まれる。

 花道の途中で誰かの話し声が聞こえた。

 おそらく舞台裏近くの三等席の客だろう。巻紙をふかしながら談笑している。

「やはりローズマリーの演技は最高だな」

「傀儡師のリードがうまいからだろう」

「それにしたって人形とは思えない。息づかいまで聞こえてきそうだ。美しいし、歳も取らない。女房と違って文句も言わない。叶うならウチのと交換してもらいたいくらいだ」

「ははは。私ならラフレシアを選ぶがね。やはり彼女が一番魅力的だ」

「尻に敷かれやしないか」

「それでもかまわいないさ。あの冷たい目に射すくめられたいね――ッと、そろそろ時間だぜ。女王様による熱いバトルの始まりだ」

「公開処刑の間違いじゃないのか」

「おや、君は勧善懲悪かんぜんちょうあくが好みだったのかい?」

「べつに女王様を悪く言うつもりはないが……彼女の登場でバランスが崩れてしまったのは確かだろう。見ていて気持ちの良いものではなくなってしまった」

「ブルジョワな方たちは強者が弱者をいたぶる構図を所望しているのだろね」

「まさにこの世の縮図か。世知辛いものだね。せっかくチケット代を奮発したというのに、我々庶民にも少しは夢を見させてもらいたいものだ」

「しかしいつまでも続きはしないだろう。決闘自体が成立しなくなっては興行をうつこともままなくなるんじゃないのか?」

「かもしれないね。まあ何にでも流行りすたりはあるものさ」

「人も増えてきているし、これからだと思うのだがね。今回も大荒れのようだったし……」

「リタイア続出とはね。マリオネットにも恐怖はあるとみえる」

「それもあるのかもしれないが、どうも理由は他にあるらしい」

「どういうことだ?」

「君はニュースを見ないのか? このたびのハプニングは、女王様の君主のご乱心によるものらしいぞ」

「そうなのか」

「あとで詳しく話してやろう」

「いや、よすよ。俺はそういうゴシップには興味がない」

「まあ、そう言うなよ。旧市街地のスラムを潰して再開発しようなんて話もあるらしいぞ」

「あそこは野良のマリオネットが多く棲みついているのではなかったか。治安が悪いと聞くし行ったことがないけれど」

「たしかに、ある一角では人間相手に枕をともにする店がのきを連ねているよ」

「まるで見てきたような口ぶりじゃないか」

「何度もお世話になっている。べつに恥ずかしいことじゃないさ。だがコロニー内外に向けてクリーンなイメージを展開したいのだろうね。無理やり退去させようとしているとかなんとか。だいぶ揉めているらしい。どうだい、君も今夜あたり」

「やめておくよ。なんだか後ろめたくていけない。やはり君の言うように、勧善懲悪が好みなのかもしれないな」

「なら君は挑戦者に賭けたまえよ」

「それとこれとは話が別だ。バカ高い入場料が無駄になっちまう。俺は今日、決勝が行われると聞いて急いでチケットを購入し直したんだからな。きっちり元を取らせてもらうよ。誰だか知らないが、逃げずに当て馬になってくれて感謝しないと。ノーカウントにされちゃ堪らないからな」

「対戦カードも知らずに賭けたのか。一応、前回の準優勝者だぞ」

「相手が誰だろうと勝敗に影響しないさ。そのせいでオッズはひどい倍率だが……」

「君のような輩が大勢群がるからだろう。それより種銭はどうしたんだね?」

「ちょいと女房の一張羅をしちにね」

「……君に勧善懲悪は似合わないよ」

「なあに、100パーセント当たるとわかっている出来レースだ。あとでこっそり戻しておけば問題ないさ」

 チップのあまりだろう。そう言って男はコインを弾く。再びその手に落ちる寸前、私はそれをかすめ取った。

「な、なんだ?」

 一瞬の出来事に何が起きたのかわからなかったのだろう、男はコインの行方を求めて右往左往している。

「この煙は――いや、蒸気か」

「残念だが、世の中に100パーセントの確率は存在しない」私はコインを弾き返し、男に向かって言った。「いまから奥さんへの謝罪を考えておいた方がいいぞ。まあドレスは私が買い戻してやるがな」

 花道から差し込む逆光が蒸気に当って乱反射する。それがスクリーンとなってシルエットを大きく映し出す。

 私は拳をひと薙ぎしてそれらを振り払った。

「その首輪――マリオネットか!」

「今期の覇者となる者だ。覚えておけ」

「お前が挑戦者か。たしか名前は……」

「私の名は――」

 そこまで言いかけたところで、私は肩を叩かれ、振り返る。

 視線の先には不思議そうに私を見つめるご主人様の顔が。彼は金色の髪を揺らしながら、首を傾げた。

「どうしたんだ? 独りつぶやいて。誰かいたのか?」

「いや、なんでもない。少し瞑想というか……そう、集中しておっただけだ」

「なんだ、そうだったのか。てっきり寝ぼけてるのかと思ったよ」

「そ、そんなわけがないだろう!」

「だよな。決闘直前に歩きながら居眠りするマリオネットなんて聞いたことがないものな」

 そう言ってご主人様はにこりとったう。羽織っていた白衣の胸ポケットからハンカチを取り出し、私の口許をぬぐう。どうやらよだれが垂れていたようだ。

 恥ずかしくて顔から蒸気が吹きこぼれそうになる。

「あうぅ……」

「体調が戻ったみたいで安心したよ」

「心配をかけたようだな。なにが起きたのかいまいち思い出せんが……他にも誰かといたような気がするし……」

「デフラグしたから前後の記憶が曖昧になってるんだろう。過ぎたことは気にしなくていい。パンダ、ちゃんと勿忘草をまもってやってくれよ」

「承知しておる。この湯たんぽはいつまでもおしめが取れんからのぅ。まったく……」

 師匠が頭上でボヤいた。

「私は湯たんぽじゃないし、おしめもしておらん。貴様こそ、おんぶに抱っこではないか。足を引っ張ってくれるなよ」

「口だけは一人前だな」

「お互いしゃべり過ぎだ。ほら、行くぞ」

「うむ。それでは女王様に謁見するとしようか」

 ファンファーレとともにアナウンスが場内に響き渡る。ステージは最高潮の盛り上がりをみせているようだ。

 ついにファイナルイベントの時が来た。

 決勝の舞台は中央にリングを残し、周囲をいっぱいの水で満たすという趣向のようだ。毎回趣向を凝らしているが、今回はまるで戦前まであったという海を彷彿ほうふつとさせ、そこに浮かぶ孤島に上陸した感じである。過去のリュウキュウを縮図してイメージしたのだろう、島の直径は50メートルほどだがふたりで踊るには申し分ない。

 まずは女王の名が呼ばれ、ラフレシアが登場する。

 翼の生えた獅子しし型のギアに腰を下ろしたまま優雅に舞い降りた。ギアはそのまま横たわり、さながら玉座となる。

 ラフレシアはそのうえで脚を組み、ギャラリーの声援にひらひらと片手を振ってみせる。長い髪や豊かな胸は戦闘には不向きだが、それ以上に美しく洗練されたフォルムが観客を湧かせる。

 相変わらず独りでも完璧に自我をコントロールしているようだ。

 だが女王ゆえの余裕だろうか。モニター越しに見る姿は、どこか気だるそうでもある。

 私は逸る気持ちを抑えながら拳を固めた。

 ここに来て決戦時刻の繰り上げというハプニングには多少面食らったが、私としては好都合だ。

「……あの、ご主人様」

「なんだい」

「決勝が終わったら話したいことがあるのだ。ずっと密かに進めていた計画なのだが……」

「わかった。だけど、いまは目の前のことに集中しなさい。さあみんなが、ラフレシアがお前を待っているぞ。行ってきなさい」

 私はその眼を見据えながら首肯する。

 チャレンジャーとして名前が呼ばれ、ご主人様に見守られながら、ゲートを潜り抜けた。

 登場とともにBGMが派手に鳴る。

 それは私の鼓動と同調し、否応なくボルテージが高まっていく。ギャラリーの歓声や品のないブーイングもいまは心地良かった。上空を旋回している撮影用のビースト・ギアは鬱陶うっとうしいが、撮られることにももう慣れている。

 大丈夫。

 ご主人様がついていてくれるかぎり負ける気がしない。

 私はエプロンドレスを脱ぎ捨て、ミズギになった。

 太陽を人工的に模したが如く強烈なスポットライトを浴びながら、島の中央を目指して一気に駆けていく。玉座を前に足を止め、そこに座るマリオネットを睨みつけた。

 真紅の髪に、オッドアイ。

 黒いモノキニに、長い鋼鉄の鞭が誰よりも様になっている。

 QoMの絶対的女王

 ラフレシア。

 私は怯むことなく、堂々と正面に立つ。

「久しぶりだな。ラフレシア」

「はて、どこかであったかのぅ?」ラフレシアは鷹揚な態度で見下ろした。「悪いが弱者の名などいちいち憶えておらんのだ」

「ふん。スペックが不足しておるのではないか? メモリを増設して出直すがいい」

「威勢が良いな。逃げずに向かってきてくれただけでも感謝するよ。まったく……我が主には頭を悩まされる」

「強く創ってもらえたのだ。文句などつけられまい」

「そうではない。いや、それもあるか……。しかし、いくら強くなったところで競う相手がおらんのではむなしいばかりだよ」

「同感だが、それでも私はもっと強くならないといけないのだ」

「ほぅ……。そなたはなにゆえ強さを求める?」

「貴様をほふったのちに語ってやろう」

「そうか、それがいい。実力を証明しなければ戯言と鼻でわらわれるだけ。互いにおしゃべりが過ぎたな」

 そう言ってラフレシアは腰をあげた。

 地に足を下ろすと獅子が飛び去っていく。

 アナウンサーがカウントダウンを始めると私は首輪を締め直す。

 戦闘態勢に入ると内燃焼機関をヒートアップしていく。エンジンが始動すると瞬くうちに蒸気が広がった。

 さらにパンダが形を変え、顔面の左半分を覆っていく。躰全体まで伸びていき、ウェポン・ギア兼アーマード・ギアへと変貌へんぼうする。

 それを見てラフレシアも得物えものをかまえ、こちらを向いた。

「いい面構えだ。名前くらいは聞いてやろう。まあ、倒してしまえばすぐに忘れてしまうだろうが、そのときは許せ」

「ふん。二度と忘れられないよう脳髄のうずいまで叩き込んでやるさ。私の名は――」

 息を止めて大地を蹴り上げる。そして、

「私の名は勿忘草だ!」

 開始と同時に名乗りをあげた。

 ラフレシアと対峙すると両者の頭上にホログラフィックウィンドウが開く。

 SPSPだ。

 腰に下げた水筒を開けて水を摂るとSPが上昇していく。ラフレシアも同じように水を摂った。決勝でもルールは変わらない。いずれかのポイントがゼロになるまで闘い続けるだけだ。

 私は空の水筒を捨ててかまえる。

 先手必勝。

 開始と同時にラフレシアとの間合いを一気につめていく。

 女王のギアがミドルからロングリーチなのに対し、私は体術のみで闘う超接近戦タイプなのだ。とにかく懐に潜り込まなくては話にならない。

 だがリーチが短い分、瞬発力には自信がある。さらに今回は師匠が防御をサポートしてくれているから安心して突っ込める。手足を強化しても動きの邪魔にならないし、私の戦闘スタイルにはよく馴染む。

 ラフレシアがむちで攻撃する際には必ず片手をあげて振りかぶらなければならない。油断しているようだし、その隙を突かない手はない。

 私はクラウチングスタートを切るように低い姿勢を保ったまま空気抵抗を極限まで抑えて加速する。一秒たりとも無駄にはできない。正面から一直線に突っ込んでいく。

 思惑通り、まだ鞭は下がっている。

 女王の影を踏むと、挨拶がわりに中段正拳突きを繰り出す。

 だがそれは寸前のところでよけられた。

 続けて二擊目、三擊目を放つが、それもかわされる。

 次に大きく振りかぶった右ストレートが外れたところでラフレシアがバックステップを取った。身を躍らせるようにねじり、華麗に舞う。

 そこで眼が合った。

 顎を上げ、私を見下ろすように視線を細めている。冷たくもあるが、しかし底知れない闘志を秘めた眼差しでもある。

 私の攻撃に動じている様子はない。

 だがそれはこちらも同じ。

 冷静に次の一手を考える。

 ラフレシアはまだ様子見するつもりだろうか、あるいはなめられているのか。女王は得物を下げたまま動こうとしない。

 もちろん反撃させるつもりなどないが。

 だがさすがにフットワークが軽い。

 闇雲に突っ込んでいくだけでは勝機を見い出せそうにない。

 今度は彼女を中心に旋回せんかいしながら接近していく。

 なんとか動きを封じたい。

 高速ジャブで手数を増やしてそちらに注意を向ける。

 軽いと見たのか女王は片手をあげてガードしてきた。

 しかし打ち払われても攻撃の手は休めない。無数の残像に残像を重ねていく。

 充分に左を見せたところで右――

 と見せかけ左から背後へ回り込む。

 しょうるには先ず馬から。

 彼女の足首に狙いを定め、なぎ払うようにローキックを見舞う。地に手をつけ、私は旋回した。

 スカートのすそが舞う。

 手応えはなし。

 よけられた。

 即座に女王の姿を追跡する。

 上だ。私の頭上を飛び越え、放物線を描くようにして高く跳躍している。

 チャンス。

 空中では身動きが取れまい。落ちてきたところを狙い撃ちにしてやる。

 私は着地点を計算し、先回りを試みる。

 蒸気を限界まで熱し、エネルギーに変換していく。SPが尽きればTKOとなるが、女王相手に出し惜しみはしない。水がなくなる前に相手を戦闘不能まで追い込めばいいのだ。

 霧を巻き込みながら全力で跳躍。

 地面すれすれを低空飛行するような格好で一歩。二歩。三歩――。

 私のほうが僅差で先に落下地点に入った。

 ラフレシアはすぐ上空にいる。霧の中からその影を捉えた。

 空中で鞭を取り出したのだろう。細い影もかすかにちらついてみえる。

 体制を整えられる前に決着を。

 彼女の足が地に着くその刹那――。

 気合一閃。

 私は両手首を合わせて渾身こんしん掌底しょうていを放った。

 だが当たらない。

 ――バカな、外した? 

 拳圧で視界がひらける。

 そこにラフレシアの姿はない。

 目の前にあるのは石板に突き刺さった鞭だけ。それはしなることなく垂直に屹立していた。

 ――しまった、まだ上にいる! 

 仰ぎ見ればそこには倒立したラフレシアが器用にバランスを保っている。読まれていた。わずかにタイミングを外されてしまったのだ。

 私はその場を離脱しようとつま先に力をこめる。

 しかし最大攻撃を仕掛けたばかりだ。反動で硬直してしまっている。無理やり動かそうとしても歯車が悲鳴をあげるばかりだった。

 そこへ頭上から強烈な回し蹴りが飛んでくる。

 逆に隙を突かれる格好となった。

 躰を倒し、全体重をのせて振り下ろされた一撃が私の背中に入る。

 その衝撃で吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられてしまった。それでも勢いが収まらず、さらにもう一度躰が浮いて地面とぶつかる。二転三転してようやく止まった。

 私はすぐさま起きてファイティングポーズを取る。

「大丈夫か、勿忘草!」師匠が言った。

「余裕だ、心配するな。まだまだ闘える」

 とうそぶいてはみたもののかなり効いた。

 一瞬意識が飛んでしまっていたのではないか。SPにはまだ余裕があるが、HPは一気に5割を下回っている。師匠を纏っていなければ一撃でノックアウトしていたかもしれない。師匠は、両手だけでなく、急所を守るように装備されているのだ。

 ギャラリーの罵声がそこかしこから聞こえる。完全にアウェーですべて私に向けられている。すごく耳障りだ。

 しかし、足音を察知してすぐさま気持ちを切り替える。

 ラフレシアがゆっくりと近づいてきた。

 向こうのポイントはいずれもほとんど減っていない。鞭を引きずりながら話しかけてくる。

「おや、まだ立てるのか。頸部を狙ったつもりだったのだが、うまくかわされてしまったのかな?」

「私をそこらのマリオネットといっしょにするなよ」

「そうこなくては。あまりにあっけないと興醒めする」

「まったくだ。ギャラリーにも楽しんでもらわなくてはな」

「だがあまり蒸しすぎると見づらくなるぞ」

「カメラが蒸気をフィルタリング補正するらしいから心配いらん」

「それは知らなんだ。オペラグラスにもそんな機能がついておるのかのぅ……」

 ラフレシアが天を仰いだ。

 はるか上階には富裕層向けの特等席が設けられている。あんなに離れていては視認できないだろう。

「対戦中に他所見をするな!」

 私は上を向いたままのラフレシアめがけてアッパーを繰り出す。あごがガラ空きだ。

 しかし、さすがに注意はこちらを向いていたようだ。

 上体を逸らしてかわされた。

「貴様も手加減しないでギアを使ったらどうだ」

「そなたこそ使わぬのか?」

「もう使っておる。私のギアはこのパンダだ」

 私は右手のギアを突き出す。

「色物のミズギかと思ったが……ずいぶんと珍妙なギアだな」

「口やかましいのが玉にきずだが」

「だがスチームの消耗も激しそうだし、長期戦には向かないな」

「もとより消耗戦をするつもりはない。次の一撃でケリをつける。貴様も出し惜しみはせん方がいいぞ。それとも負けた時の言い訳に取っておくか?」

 ポイントの差が開くとどうしても守りに入りがちだ。

 格下相手なら防御しながら好機を伺う戦法もありえるだろうが、絶対王者に背中は見せられない。SPの消耗が極端に少なく、TKOはありえないのだ。

 ならばHPを奪って倒すしかない。

 攻撃あるのみだ。

 しかし、闇雲に闘っても勝ち目は薄い。

 リスキーでも確実にダメージを与えられる戦法に切り替える。

 私は舌戦をやめ、両手の拳に力を溜め、それを顔の前に添える。ガードを固めるように背中を丸めて左右に揺らしながら、ゆっくりと近づいていく。

「次の作戦が決まったようだな。どれ……」

 私がかまえを変えたのをみてラフレシアはここで初めて鞭を手にする。挑発に乗ったわけではないだろうが、軽く振るってきた。

 鋭くしなった先端が音もなく迫ってくる。

 私はグローブの隙間からしっかりと見極め、躰を横に振った。

 すぐ横をかすめたそれは、空気を切り裂き、乾いた破裂音を鳴らす。

 耳の奥までひりつくような緊張感。

 引っ込められたそれはまた音もなく飛んでくる。

 私はまた躰を振って鞭を避けた。

 先端は音速を超える速さだ。とても視界で捉えられるものではない。ラフレシアの手許の動作だけに集中して軌道を読む。あとはカンだ。すべてをかわせるとは思っていない。多少のダメージは覚悟の上である。

 一歩にじり寄ると、ラフレシアはギアをかざしながら同じ分だけ後退した。

 振るってはまた引っ込め、また振るってくる。

 今度は私がかわす番だった。

 だが、それでも無軌道な連続攻撃をしっかりと見定めながら徐々に間合いを狭めていく。

 互いに歩調が早まる。

 私は近づこうと。

 ラフレシアは近づけさせまいと。

 その手数も増大していく。

 一筋だった鞭の軌道がふたつ、みっつと増えていく。

 ギアを両手に持ったわけではない、攻撃のスパンが短くなっているのだ。

 それでもひと振りの威力が衰えるわけではない。ストレートを打つ威力を保ったままでジャブが飛んでくるのだからたまらない。

 この鞭の嵐に立ち向かうには相当な勇気が試される。

 縦横無尽に飛来する音速の打撃には根源的な恐怖を覚えてしまうのだ。百獣の王でさえ彼女の前では従順な獣と化すだろう。

 それでも私は前へ進む。

 受けるダメージは最小限に抑えながら彼女の懐を目指してひたすらよける。かわす。かい潜る。

 かなり接近したところで女王がいったん鞭を振るうのを止め、大きく後ろに飛び退いた。

 およそ5メートルから20メートルといったところか。

 それが彼女にとっての最適な距離感なのだろう。つまり鞭のリーチということだが、一定のレンジに収まっていないと攻撃できないのだ。

 その範囲より内側に入ってしまえば鞭の威力は激減するはず。

 いくつもの傷を負い、ミズギもボロボロになってきたが、それでも私はついに射程圏内に捉えた。

 ラフレシアの胸元まで一気に跳躍する。

 攻撃を諦めたのか、マリオネットの女王は舌打ちして鞭を収める。ガードを固めながらさらに後退していく。

 しかしこちらがわずかに早い。

「とった!」

 追いつくと今度は逃がさないようしっかりとその腰に組みついた。

 タックルが決まるとそのまま押し倒す。

 残るスチームをすべて注ぎ込み、マウントポジションから渾身の一撃を振り下ろした。

 地鳴りのような轟音。

 振動。

 そして下敷きになった大地が罅割れる。

 その間にはラフレシアのボディが。

 手応えアリ! 

 完全に入った――

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