【オリジナル小説】絆マリオネット【第10話】

絆マリオネット オリジナル小説

第10話 プロポーズ

 扉が開くと同時に斬撃がひらめく。

 それは低い軌道を描いて水平に振り払われた。

 刀だ。

 見たことのあるギアだと気づいたときにはもうつばが返されている。

 パチリとさやに収められる。

 柊が脚から崩れ落ちた。

 斬られた本人はなにが起きたのかわからない様子だったが、少し離れた位置にいた私はその一部始終を括目かつもくしていた。

 止めに入るには一部の隙もない、まさに電光石火の早業はやわざである。

 斬ったのは木蓮もくれんだ。先の私の対戦相手である。

 木蓮はギアを腰に下げると、深く一礼し、

「失礼します」

 と言って這入はいってきた。

 準決勝で破った相手だが、改めて見ると動きに無駄がまったくない。よく勝てたものだと我ながら思う。いまはミズギのうえから着流しを羽織はおっており、さながら素浪人すろうにんのような風体ふうていだが、彼女は染井吉野のマリオネットなのである。

 その主が叫ぶ。

「柊ちゃん!」慌てて駆け寄り、柊を抱き起こした。「大丈夫?」

「ええ、なんとか……」柊が答えた。「だけど油断しちゃいました。不覚です」

 マリオネットも感覚器官は備わっているが、痛覚はほとんど感じないように設計されているのでその点は問題ない。ただ、両脛から下を失ってうまく立てずにいる。 

「木蓮、なんてことをするのです!」

 染井が怒鳴った。

 緊張が走るなか、それでも木蓮は主からの叱責しっせきに動じることなく柊を見下ろす。

不甲斐ふがいないガーディアンに灸を据えたまでのこと。ご心配なく、この程度で壊れはしません。そうだろう柊殿?」

「だからって斬ることないじゃない」柊が言った。

「黙れ、この木偶人形。この程度の攻撃を防げないようではお嬢様に仕える資格などない」木蓮は柊のアーマード・ギアを足蹴あしげにした。「柊殿よ。この盾は誰のためにある?」

「それは……」

「よもや自分の身を護るためではあるまい」

「あ、あんただってこの大変な時にスリープ状態だったじゃないのよ」

「まったくだ。拙者せっしゃがついていればこんなことにはならなかったのに……つくづく勿忘草殿の後塵こうじんを拝したことが悔やまれる。許されるならばこの場で腹を切ってびたいところです」

「そんなことはさせません!」再び染井が大声をあげる。「お願い、いがみ合う姿は見たくないの。今日のところは帰って」

「そうはまいりません」

「私の言うことが聞けないのですか」

「聞けませぬ」

 木蓮ははっきりそう言い切った。

 三原則に反しているわけでもないのに、人間の命令を受け付けない。そんなケースがあり得るだろうか。その答えはすぐに解けた。

「拙者がこちらに出向いたのは他でもない、銀葉殿からの命でまいったのです」

「あなたは私が創ったマリオネットよ。なぜ銀葉様の命令に従うのですか」

「それが染井家のため、ひいてはお嬢様のためになるからです」

「そんな……」

「もちろんお嬢様からしか命令を受けていないのであれば従います」

 それが木蓮の出した答えだった。

 マリオネットは、ふたつ以上の命令を受けた場合、まったく同列に扱うことはない。必ず優先順位をつけるのである。そして木蓮が重んじたのは染井本人より家の方なのだろう。より上位に置いた命令に従っているだけのこと。

 つまりプライオリティの問題なのだ。

 もちろん木蓮は染井の気持ちを汲んではいるだろう。それでも結果として裏切ったかたちになっているのだが……。

 葛藤しているのか、染井の腹心は複雑な表情をみせている。

「言伝を預かっております故、お話しさせていただくことをご容赦ください」

「どうせ私に来いと言っているのでしょう」

「いいえ。銀葉殿は浅黄殿に来るよう申し使っております」

「俺ですか?」ご主人様が自身を指差した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 私は慌てて止めに入った。

 大事な一戦を前にそばを離れられては困る。

「なぜご主人様が敵陣におもむかねばならないのだ?」

「経緯は勿忘草殿の方がよく知っているだろう。浅黄殿はご自分の命を懸けて染井お嬢様を銀葉殿からさらったのだぞ」

「攫ったのではない。助けたんだ」

「銀葉殿の視点に立てば横恋慕よこれんぼをしたことになる。世間もそうみるだろう。お嬢様の気持ちはともかく――」

 と、木蓮はそこで己の失言に気づいて口をつぐんだ。後ろめたそうに視線を泳がせ、染井を視界から外す。芝居じみた咳払いをひとつして、それから続けた。

「とにかく、浅黄殿は自ら賭けの対象となったのです。ならば公に姿を晒しておく義務がある。よもや逃げたりはしないでしょうね」

「もちろん逃げませんが……」ご主人様は私を横目にみて言いよどんだ。「まだ勿忘草の整備も残っていますし。明日まで木蓮さんが見張っていてくれれば問題ないのでは?」

「残念ですが、時間がないのです。あれをご覧ください」

 木蓮が控室脇にあるモニターを指して現実を突きつける。

 そこには速報のテロップが流れ、

QoM決勝戦。ラフレシアVS勿忘草。本日21時より開幕!

 と表示されていた。

「――なッ?」私は眼を疑った。「決勝は明日のはず。日時が間違っているぞ」

「銀葉様の仕業でしょうね」柊が言った。「ずいぶん大人しく引き下がったものだと不思議に思っていたけれどね。しっかりお膳立てしてくれていたわけだ」

「そんな、この短期間でどうやって……」

「さあね。運営を脅したか、買収したか、それとも両方かしら? あるいはもっとえげつないことも……ああ、ダメだ。あんまり想像したくないわね」

「あやつはQoMを私物化するつもりか? 誰かがリークするに決まっている」

「それはないでしょう。スポンサー怒らせたら二度と舞台に立てないどころか砂漠に放り出されてバグズ・ギアの餌にされかねないわ。でも人の口に戸は立てられないって言うしねえ。どうなっちゃうのかしら?」

「貴様、楽しんでおらんか?」

「せっかくのショーですもの。一流のパフォーマーならアドリブだって上手くこなしてみせなさいよ。それともこの場合は出来レースなのかしら?」

「アドリブというよりハプニングだがな」

「どうしたの、顔色が悪いわよ。怖気づいたのなら私が告発してあげましょうか?」

「余計な真似はしなくていい。少し驚いただけだ。心配しなくとも逃げたりせん。誰がするものか」

「別にあんたの心配なんかしてないわよ。私はお嬢様のために――」

「余計な真似はするなと言ってるだろう!」

 私は叫んだ。

 なにをイラついているのだろう。マリオネットの戯言たわごとくらい軽く流してやればいいのに。

 だが頭でわかっていても抑制が効かない。頭の中のリベットが一本緩んでしまったかのようだ。

 我慢して。我慢して。我慢して。

 コントロールしなければ。自分をコントロールしなければ――

 だが。

 そう思いつつも、糸が切れた操り人形のように私はその場にくずおれてしまった。

「いけない。プログラムが――」

 ご主人様が慌てて私を受けとめた。抱き抱えられ、ソファーに寝かされる。その大きな手がいつも以上に優しく、そして力強かった。

 だけどその近くには違和感があって。

「大丈夫、勿忘草ちゃん?」

「……嫌なにおい」

「え、におい?」

 染井は一歩下がった。

 柊が代わりに前に這い出て、私の胸ぐらをつかんだ。

「こらッ! お嬢様になんて失礼なことを!」

「違う。ここに居ていいのは私とパパだけ」

「パパ? パパってこの優男やさおとこのこと? 確かに生みの親っていえるのかもしれないけど、パパはないでしょう。あるのは主従関係だけよ。頭バグっちゃった?」

「やめてください柊さん。きっとサーモスタットが壊れたんだ」

 黒煙が私の隙間からくすぶっている。異常な熱を帯びて油を焦がしているのだ。

「それに頭ではなく、キズナに問題が――」

「キズナって人工知能のことでしょう? 同じじゃない。それに、キズナに何かあったってこんなふうにバグるなんて聞いたことないわよ。やっぱり戦うのが怖いから仮病つかっているんじゃないの?」

「戦うことよりも、戦わずに諦めてしまう方が怖いわ。それは躰ではなく、魂を摩滅させる行為だから。あの時ああしておけばよかったなんて二度と言いたくないの」

「……おまえ、泣いてるのか?」

「泣いてない。私はご主人様のために戦うの」

「誰のためでもいいけど、ラフレシアとはちゃんと戦ってもらなくちゃ困るわ」

 ご主人様が柊を退ける。

「もういい柊さん。俺たちはちゃんと戦う。そして勝ちます。約束します。俺の命だけじゃ足りないというならなんでも賭けますから」

「べ、別になにか欲しくて言ってるわけじゃないって」

「わかっています。柊さんは全力で吉野様をお護りください。おいパンダ。リカバリーモードだ。コンパイルしなおすぞ」

「わかった」

 パンダは一度私から離れ、元の姿に戻る。そしてまた歯車が高速回転し、今度は真っ黒な匣に変身した。

「お嬢様……吉野様、ふたつお願いがございます」ご主人様が言った。

「はい。なんなりとお申し付けください」

「吉野様がいま首から下げられている、その装身具シャトレーンを私に託してはもらえませんか?」

「え? これは――」

 一度は了承したものの、吉野はご主人様が申し出た願いを聞いたとたんに言葉を詰まらせる。シャトレーンを握り締めながら顔を紅潮させた。

 柊も過剰に反応する。

「ちょっとちょっと。あなたね、女性からそれをもらうってことが何を意味してるのか、ちゃんとわかって言ってるんでしょうね?」

「プロポーズでしょう?」

 シャトレーンはいくつかのチェーンが束ねられてできている装身具で、その先端には時計や裁縫道具など、女性にとって必要な小物が付けられている。

 早い話が、嫁入り道具だ。

 上流階級ではそれを男性の持つ懐中時計アルバートと交換するのが習慣となっているようで……。

「本気?」

「すみません。俺は吉野様に訊いています」

 ご主人様は、どうしてこのタイミングなのと顔をしかめる柊を無視し、吉野に問う。その眼差しはあくまで真剣に思えた。

「必要なのは私ですか、それともこの道具ですか?」

「道具です」

 我が主は端的に答えた。

「ちょっと、あなたね!」

「柊ちゃん、よして」

「でも、お嬢様」

「お嬢様はやめて」

 吉野は柊を睨みつける。その瞳には涙が浮かんでいた。しかし、気丈な上流階級者はいまにも溢れそうなそれを必死に堪えている。

 首からシャトレーンを外すと黙ってご主人様に差し出した。

 しかしご主人様は交換すべきものを持っていない。所詮、傀儡師は中流階級だ。一方的に預かるだけだった。

「すみません。必ずお返しします」

「そんなことおっしゃらないでください。わたくし、水仙様のお役に立てるのなら何だって差し上げます。いま、これが必要なのは勿忘草ちゃんのためですね?」

「……この子をリカバリーするのに必要なガシェットがこの中にあります」

 柊が問い詰める。

「それはメンテナンスツールってこと? そんなものがこの中にある? っていうか自分で持ってないの、あなた傀儡師でしょう?」

「この症状は特殊というか、専用の治具が必要なのです」

「治具?」

「持ってはいたのですが、ずいぶん前に消耗してしまいました。以来、こうならないよう気をつけてはいたのですが……」

 歯切れ悪く答えるご主人様に吉野は首を横に振る。

「理由なんてかまいません。それで、ふたつ目はなんでしょうか?」

「少しの間だけ、勿忘草とふたりきりにしてもらえませんか」

「え、勿忘草ちゃんを修理するのでしょう? でしたら私もお手伝いできますが」

「あまり、その、他の人には見せたくないのです」

「オリジナルの技術があるのですね」

「お嬢様から大事なものを奪っておいて、今度は出ていけってこと? いい加減にしなさいよ。どれだけお嬢様様を貶めるつもり!」

「すみません。説明している時間がありません」

 ご主人様は手袋を外すとまず、私のエプロンを脱がせた。

 黒い匣になったパンダから伸びるいくつものケーブルを私の首輪と接続していく。それが終えると今度はワンピースのボタンに手をかけた。ひとつ、ふたつと外され、胸元が露わになる。

「わ、わ。なにをしているのですか!」

 木蓮が慌てて染井を反対に向かせ、柊の盾を前にかざした。

「服を脱がせています」

「見ればわかります、どうして脱がせる必要があるのかって訊いているのです!」

「落ち着いてください、蒸気が邪魔になる」

 ご主人様は真っ赤に沸騰した木蓮の問いには答えず、私に向き合う。

 ボタンをすべて外し終えると前をはだけさせた。

 上半身が露わになり、そこにはマリオネットの象徴が――。

 ご主人様は私の身を寄せ、胸に手をのせる。

 私は小さく喘いだ。

 その吐息が漏れ聞こえたのだろう、盾の向こうから染井のくぐもった声がした。

「浅黄様、ひとつお答えください。そうすれば出ていきます」

「なんでしょう」

「勿忘草ちゃんは、浅黄様にとってどのような存在ですか?」

「この子は俺が創ったマリオネットです」

「本当にそれだけですか? さきほど銀葉様とはなにを約束されたのです? 私は……、浅黄様のおそばに私の席はありますよね?」

「質問はひとつだけではなかったのですか?」

「……失礼しました。それでは外でお待ちしております」

「木蓮さんも、これが終わったらあなたの指示に従いましょう。ですから、いまは」

「しかし――」

「木蓮。殿方に恥をかかせてはいけないわ。さあ、いきますよ」

 躊躇する木蓮を置き去りにし、早足で遠ざかる染井の足音。

 軋む扉の重い音が重なった。

 柊も木蓮の肩を借り、脚を引きずっていく。

「やさしい男はつらいわね。誰にでもいい顔しなくちゃいけないんだから。でも私、優柔不断な男って大嫌い。次にお嬢様を泣かせたら殺してやるんだから」

 そう言い残して出ていった。

 扉が閉まったあと小さな声でご主人様が、そうしてくださいと言ったのを私は聞き逃さなかった。

 たしかに、時にやさしさは人を苦しめるようだ。

 それでも私はご主人様を独り占めしたいと思っているのだろうか。

 ……思っているのだろう。

 染井たちが離れたとたんに、私の中に巣食うバグが幾分収まったのだから。

「大丈夫か、勿忘草。いま治してやるからな」

 ご主人様が私の髪を撫でる。

 それだけでこの胸に空いた穴が塞がるような気がした。

 だけどまだ足りない。

 もっと欲しい。

 その笑顔がみられるだけで癒される。救われる。

 どうすれば叶うだろう。私には彼の心をうかがい知ることはできない。上手く言葉にすることもできない。

 私がマリオネットだからだろうか。

 もし私が人間だったなら、こんなに悩まずに済んだのだろうか。

 ご主人様が望むならば獣にだってなれるのに。私の抱くこの不可解な感情は、電気信号で置き換えられるまがい物なのか……。

 せめてもっとキズナを。

 キズナを強く結べば。

 私はご主人様の肩に腕をまわし、そして言った。

「さあ、私を縛って――」

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