【オリジナル小説】絆マリオネット【第9話】

絆マリオネット オリジナル小説

第9話 緩む絆

「いったいなにを考えているのだ! あんな無茶な約束をして!」

 控室の扉を閉めると私は開口一番ご主人様を怒鳴りつけた。

「あれ、いけなかったか? 今年は絶対に優勝するんだろう?」

「それは……そうだが」

「ならなにも問題ないじゃないか。とりあえずの危機はしのげたんだ。勿忘草はいつもどおり舞台にあがればいい」

 そう言ってご主人様はどこ吹く風といった具合で朗らかに笑う。

 気勢をそがれることはなはだしい。

 まったく。自分のしたことがわかっているのだろうか。

 飄々ひょうひょうとしてつかみどころがない。ご主人様は時々こうやって私が想像できない行動を取るから驚く。飛行機は良い例だが、今回は最悪のケースだ。

 相手が相手だけに冗談ではすまされない。

 銀葉が去ったあと、その場で数人の報道関係者から取材も受けた。

 そのうちのひとりは宮廷に仕える専属記者だといっていたか。仕立てのよいスーツを着込み、蓄えた白ひげが印象的な老齢の紳士だった。男は、高級な羊皮紙ようひしでできた名刺を差し出し、そこに刻印されたシンボルからして身許に間違いない。

 王族や貴族とのパイプが太いらしく、ご主人様から事実関係だけを確認すると早々に立ち去った。おそらく有力者たちへ報告、或いはもっと直接的に染井家や銀葉家へと足を運ぶつもりかもしれない。

 続いてインタビューを申し込んできたのはQoMのレポーターを務めている若い女性だった。去年実況していたレポーターとは別人で、こちらは利発そうな目鼻立ちで、赤毛を後ろでひとつに束ねていた。

 若く、それが有利に働いているのだろう。新人レポーターはよくしゃべり、質問と同時に自分なりの解説を加えていた。偶然居合わせていたためかカメラマンはおらず、マイクを片手に持ち、自力でカメラを担いでいるのが印象的だった。

 それが終わると周りでたむろしていた野次馬たちにさんざん振り回された。

 彼らは口をそろえて銀葉家の後継者について悪し様にののしっていた。気持ちはわからないではないが、嫌いな相手でも陰口を叩かれているのは聞いていて辟易へきえきする。

 それらすべてから解放され、控室までの道中、インタビュアーが撮った映像が各所で報じられているのを観た。色々と編集が加えられ、派手なテロップや効果音が加えられていたが、事実を脚色していなかっただけでも評価できる。

 染井の姿や名前が公表されなかったのは一定の圧力がかかったためだろう。

 だがそれも銀葉アカシアの名が出ては同じことである。知っている者は知っているだろうし、情報の拡散はその劣化速度と等価だ。

 広がるほどに情報の信憑性しんぴょうせいは薄れ、本来なかったはずの属性が付加される。ネットにアップロードされた際、訳知り顔のにわか有識者が染井家と銀葉家の確執について饒舌じょうぜつに語る姿がまさにその典型だ。見ていて滑稽こっけいだったが、同時にあわれでもある。モザイクがかかっていようと、その筋の者がその気になれば身元なんてかんたんに割り出せるだろう。殺されないことを祈るばかりだ。

 他人の心配をしている場合ではないのだが……。

 私は天井を仰いで嘆息した。

「信じてくれるのはありがたいが、何事も100パーセントはありえない。万が一ということもあるだろうに」

「万が一どころかあんたがあの絶対女王に勝つほうが100パーセント無理だと思うけど」

「だから勝負に絶対はないと言っておろうが――って、なんで貴様たちまでここにおるのだ!」

 と、閉めた扉にもたれかかるようにしていた柊に突っ込みを入れる。

 その隣には当然、染井吉野の姿もあった。

 申し訳なさそうにうつむき、唇を噛んでいる。叱られた女中みたいになっているが、ほんとうに説教のひとつでもしてやりたいところだ。

 一方のガーディアンは何食わぬ顔で平然と上がり込んでくる。

「いやあ、パーティーには戻れないしさ。お迎えが来るまでかくまって欲しいわけよ。乗りかかった舟ってことで」

「毒を食らわば歯車までという感じだが……」

「そんなことわざ聞いたことないわよ」

「誰にもつけられなかっただろうな」

「気をつけたつもりだけど、この世に100パーセントはありえないじゃない?」

「よく口の回るガーディアンだな。油の差し過ぎではないのか?」

「あんたのところと違って私の主は稼ぎがいいからね」

「貴様、ご主人様の悪口は許さんぞ! 護衛もまともにできない臆病者のくせに。どうせ貴様の主など軍の権力が届かない相手には尻尾を振っているのだろうが」

「なんですって? もう一回言ってご覧なさい!」

「しっかりと貴様が盾になっておればこんなことにはならなかったのだ!」

「あんただってなにもできなかったじゃない。この腰抜け!」

「腰抜けかどうか試してみるか!」

「上等よ。いますぐスクラップにしてあげるわ!」

 柊が盾を前に構える。

 私も拳を固めて腰を据えた。

 にらみ合いながら一歩、また一歩とにじり寄る。

 距離が詰まり、互いの間合いに入った。

 柊が仕掛けてきた。振りかざした盾をそのまま武器にするつもりか。

 私もつま先に力をこめて床を蹴り上げ、一気に加速する。

 空いた懐めがけて拳を繰り出した。

 両者の初撃が交差しようかというその時――

「やめて!」

 間に染井嬢が割り込んできた。

 私はとっさに上体をひねり、それをかわす。バランスを崩したまま、勢いあまって壁に突進してしまった。

 柊も避けたようだが反対側で地べたに突っ伏している。

「危ないじゃないですか、お嬢様。急に飛び出さないでください。もうちょっとで怪我させるところでしたよぅ」

「まったくだ。無茶しおって、いったいなにを考えて――」

 私は息をのんだ。

 振り向いた先には染井吉野とそして、もうひとり。

 人間の男の姿が。

 染井吉野を抱きとめるようにして、

 浅黄水仙がそこにいた。

 それはそれは、大事そうに。

 いたわるように。

 いつくしむように。

 ご主人様が人間の女を腕に抱いていたのだ。

「大丈夫ですか? お怪我は?」

「私はなんともありません。ですが、ごめんなさい。私のせいでこんなことになって……。柊ちゃんや勿忘草ちゃんが喧嘩したり、水仙様の命を危険にさらしてしまうなんて。あなた様にもしものことがあったら私、どうしたらいいのか……」

 ずっと我慢していたのだろう、染井はせきを切ったように大粒の涙を溢れさせた。

 ご主人様の胸元に顔を埋め、躰を震わせる。

 我が主は、染井の長髪を羽毛を包むようにやさしく撫でる。

「お嬢様に責任はありません。どうかお気になさらず。俺が勝手にしたことです」

「いいえ。やはり今からでも遅くありません。わたくし、銀葉様にお願いしてまいります。水仙様が助かるのなら、どんな屈辱だって甘んじて受けましょう」

「いけません!」

 ご主人様は身を翻し、飛び出そうとする染井の手をつかんだ。

「お嬢様は自由を求めて飛び出したのではないのですか? 自らかごに戻るような真似をしてはいけません。それは染井吉野なる人物の魂を傷つける行為です」

「そんな大それた考えはありませんでした。ただ、家だとか、身分だとか、しきたりだとか。そういう見えない檻から逃げたかっただけなんです。そう……、ただ逃げたかっただけなんです……。自由と言われましても、わたくしにはこの先どうやって独りで生きていけばよいのか……それすらもわからないのです」

「大丈夫。迷いながらでもお嬢様はご自身の足でここまで歩いてこられたではありませんか。俺はそのこころざしを無駄にしたくありません」

「水仙様……」

「あなたは独りじゃない。俺たちがついています。一緒に自由を勝ち取りましょう。ですから、どうかあなたも勿忘草を信じてやってください」

 ご主人様は染井の肩を抱き、真っ直ぐにその瞳を見据える。

 ふたりはじっと見つめ合う。

 いつしか。

 泣きらしていた染井の瞳に決意の色が戻っていた。

「ありがとうございます。ご迷惑でなければ、お言葉に甘えさせていただきます」

「安心してお任せください。な、勿忘草?」

「あ、ああ……。もちろんだとも」

「ろくに力になれないかもしれませんが、私も精一杯勿忘草ちゃんを応援させていただきます」

「心配しなくとも、貴様にはなにも期待しておらん」

「ではせめて水仙様のサポートだけでも」

「いや、それはちょっと……」

 私の困惑をよそに、染井家のお嬢様は上機嫌でエプロンをはためかす。

「水仙様、なんなりとわたくしにお申し付けください」

「いや、お嬢様に働かせるわけにはまいりませんよ」

「そのお嬢様というのはやめてください。家や身分は関係ないのですから」

「……わかりました。染井様」

「できれば、その、苗字ではなく名前で」

「吉野様。お手伝いしていただけることができたら手伝っていただけますか? ちょっと、いますぐには思いつきませんが……」

「はい。ずっとそばでお待ちしております」

「えっと。それは、どういう……」

「深い意味はありません」

 そう言って染井吉野は頬を真っ赤に染めた。

 私は、それとは対照的に青ざめていた。

 ――ああ、そうか。

 やはりそうなるのだろうな。

 人間は人間どうし。

 それは遠くない未来を暗示していて。私の中でなにかがひび割れる音がして。

 結局。

 道化は私ひとりだったのだ。

 キズナが緩む。ほどけていく。

 傷んだのは拳ではなく、空いているはずの胸の奥だった。

 なにもない、空虚な胸の内側だった。

「とにかく」柊が咳払いをしてから言った。「勿忘草がラフレシアに勝ちさえすればオールオッケーなんだろうけど……勝算はあるの?」

 その問いにご主人様は首肯して答える。

「秘密兵器を用意しています」

「秘密兵器?」

「勿忘草、パンダと一緒にこっちへ」

 言われるがままに並んで立つと、ご主人様はおもむろに師匠を持ち上げ私の頭にのせる。

 しっぽを引っ張ると歯車の回る音がして、師匠の躰が変形した。

 ガスマスクのように頭部はすっぽりと覆われ、爪の生えた四肢はグローブやレガート膝当てになった。

「これはいったい?」

「新しいウェポン・ギアだよ」ご主人様が答えた。「対ラフレシア戦に向けて密かに開発していたんだ」

「知らなかった……いつの間に創っておったのだ?」

「準決勝が終わった直後からね」

 つまり私が木蓮戦で消耗し、スリープモードに入っている間というわけか。その間、私を修理し、飛行機も創っていたはずなのに、どこにそれだけの体力と情熱が蓄えられているのだろう。

 ご主人様の自信はこれに因るのだろう「みんなを驚かせたくてね」と言って不敵に笑った。

「吾輩もびっくりだ。ぜんぜん聞いていなかったぞ……」

「言ったら逃げるじゃないか」

「当たり前だ。まったく、好き勝手に改造しおって……吾輩をなんだと心得ておるのだ?」

「お前は勿忘草のために飼っているんだ。まさか恩を忘れたわけじゃないだろう?」

「そう言われると返す言葉もないが……」

 ご主人様はやたら師匠に厳しい。

 その分、私には甘いのだが。

 彼は両膝をついて目線を下げた。

「サイズは問題ないか」

「うむ。動きやすい。だが、ルール上の問題はないのだよな?」

「パンダも蒸気機関で動いているからウェポン・ギアと同じ扱いにできるんだよ。ミズギの上から装着すればアーマード・ギアを補強できるし、攻撃力も防御力も格段に上昇するだろう。その分、HPやSPの消耗は激しいけど、もとより長期戦は不利だろうし、一撃必殺を狙う方が勿忘草のファイティングスタイルに合うはずだ」

「ああ」私は首肯した。

 ご主人様は、私の趣味嗜好まで計算して創ってくれているのだ。

 これ以上は望むべくもないが、ご主人様は私の髪を撫でながら心配そうに瞳を伏せる。

「ほんとうは俺が盾になってやれればいいんだけど」

「ご主人様にそんな真似されたらいい笑いものだ。気持ちだけ受け取っておくよ」

 彼の大きな手からやさしさが伝わってくるようだ。

 こうしている時が一番幸せだと思える。

 ふたりきりならもっと良いのだが……。不躾なガーディアンが口許を押さえて笑っているのが気になった。さすがにまた喧嘩をふっかける気にはならないが、せめて思い切り睨みつけてやる。

「まあ見た目はともかく、ラフレシアのむちを潜り抜けられそうな気がしてきたわね。私ならそんなかっこう、死んでも嫌だけど」

「あら、私はとってもかわいいと思うわよ?」

「試すならお嬢様のマリオネットにしてくださいね……」

 視線を向けられた柊は両手を広げて一歩退いた。

 控室の扉が敲かれた。

 一定のリズムで数回敲かれ、それが何度か繰り返される。決められた合図なのだろう、柊が反応した。

「どうやら迎えが来たようね」

「私が出ます」

「いえいえ、お嬢様は座っていてください」

 柊はそそくさと踵を返し、扉を開ける。

 そして現れたのは準決勝で対戦したマリオネット――木蓮だった。

 木蓮は扉が開くと同時に一歩踏み込み、腰に下げたギアを瞬時に抜く。

 抜刀されたギアは息つく間もなく薙ぎ払われ、

 ガーディアンの盾を掻い潜り、

 その両脚を切断した。

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