【オリジナル小説】絆マリオネット【第7話】

絆マリオネット オリジナル小説

第7話 ガーディアン

 現れたのはガーディアンらしきマリオネットだった。

 笛を鳴らしているのも彼女だ。マリンキャップをかぶり、片手にはその背丈くらいある大きな盾を携えている。盾に刻まれているデザインは軍のものだ。

 ガーディアンは染井の前で立ち止まり、敬礼した。そして直ると同時に眉尻をさげた。

「もう、吉野お嬢様ったら。探しましたよぅ」

「吉野お嬢様?」染井はうつむき、声色を変えた。「誰ですか、それは。私はそんな名前ではなくてよ」

「隠してもバレバレです」

 ガーディアンが手をのばし、染井のヘッドギアをひょいとめくり上げる。

「あ……」

「あ、じゃありません。まったくもう、大人げないことしないでください」

「仮面の方がよかったかしら?」

「こんな場所で仮面なんてつけていたらよけいに目立ちます。ああでも、顔は伏せたままでいてくださいね。テントのなかとはいえ、いろんな人が出入りしているんですから。お嬢様が誘拐でもされてしまった日には私、スクラップにされちゃいます」

「そんなひどいことは私がさせません」

「いなくなっちゃった人が、どうやってとめるっていうんです?」

 ガーディアンにとがめられ染井は、う――と言葉をつまらせた。

 やり取りから察するに、ふたりは主従関係にあるようだ。

 ガーディアンは主に戦時中、防衛目的で創られたマリオネットだが、金満家きんまんかが個人的に雇うことはままある。

 しかも染井家に仕えるということはさらに特別な意味を持つ。

 染井の父は、このリュウキュウを治めるまつりごとの要職に就いているビップだ。このガーディアンのほんとうの主も軍のなかで高い役職に就いている人物だろう。姿は見えないが、彼女だけに任されているのであれば、かなりの信用を得ており、かつ腕の立つマリオネットということだ。

 そんなガーディアンを巻いてここまできたのであれば染井の逃げ足(?)もなかなかといえる。だがしかし、見つかってしまえばマリオネットの脚力にはかなうまい。したままあれこれ言い訳を考えたようだが最終的には肩を落とし、頭をさげた。

「そうよね。私、ひいらぎちゃんのことぜんぜん考えていなかったわ。ごめんなさい」

「うーん……謝られてもそれはそれで困っちゃうんですけどねえ。私は公僕として仕える身で、お嬢様とは身分が違うわけですし」

「またそんなこと気にして。柊ちゃんはお友達だもの。関係ないわ」

「お嬢様が気にしなくても私が気にします。あと、ちゃんはやめてください」

「みんなどうして嫌がるのかしら?」染井は頬に指をあて、不思議そうに首を傾げた。

「みんな?」

 柊もつられたように首をひねった。

 ここにも彼女のお転婆てんばに振り回されている者がいるのを知らないのである。柊も染井に翻弄されているようだし、他にも同じ目に遭っている者がいるのではないか。

 染井吉野という女は、階級や種族の別を気にしない性質タチらしい。

「とにかく見つかってよかったわ」

 捕まえて安心したのか、柊から緊張の色が薄れた。

 ぐるりと瞳をまわし、それから肩を弛緩しかんさせる。そこにあるのは警察としての顔ではなく、友人としてのそれだろう。屈託のない笑顔を染井に寄せ、小声で話した。

「まあ逃げ出したくなる気持ちもわかりますからね。社交辞令しゃこうじれとはいえ、あの方のお相手をするのは疲れますもん」

「そういうわけじゃあないけど」

「なら、どういうわけなんです?」

「えっと……」染井は助けを求めるようにご主人様の顔をうかがった。

 その視線が向かう先に柊が気づいたようだ。片手で口許を隠し、目を細めて口角をあげる。

「おやおや、そういうことですか。いやー、お嬢様もすみにおけませんねえ」

「私なにも言ってませんけど」

「いいんですよぅ、隠さなくったって。誰にも言ったりしませんから。ちょっとあなた、こっちに来て、並んでみて」

「俺ですか?」ご主人様が自分を指差す。

「他に誰がいるの?」

「人だらけですけど」

「いいからぐずぐずしないで、さあ早く」

 柊はご主人様の腕を引っ張り、染井の隣に立たせる。それから、値踏みするように足許から頭の先まで何度も視線を往復させた。

「ふぅん……。まあ身長も高いし、顔も悪くないんじゃないですか? あなた、名前は?」

「浅黄水仙といいます」

「歳はいくつ?」

「28です」

「思ったよりは年上みたいだけど、ずいぶん若作りなのね。……あら? 今どきめずらしいわね。あなた全然オートメイル使ってないじゃない。その金髪も染めてるわけじゃなさそうだし、それじゃあ素でそのつくりなんだ」

「ええ、まあ」

「ていうか、あなたリュウキュウの生まれじゃないでしょう? どこから来たの? どこに住んでるの? あ、そのジャケット、職業はアビエイターね? ってことはカデナに住んでいるのかしら? 飛行機乗りって年収どれくらいだっけ? お嬢様とはどこで知り合ったの? それ以前にあなた、お嬢様がどんな家柄なのか知ってるんでしょうね? ちゃんと責任取る覚悟はあるの?」

「いや、責任って……」

 にじり寄る柊に圧倒され、ご主人様は両手を広げた。彼女の強引な質問攻めに困惑しているようだ。

 私はご主人様をかばって間に割り込む。

「おい貴様、その辺にしないか。職務質問じゃないのだろう」

「なに? あなた誰よ?」

「私は勿忘草という」フードを取って顔を見せた。「ご主人様が困っておるだろうが」

「なんだ、マリオネットじゃない。ご主人様って彼のこと? ――って、あなたどこかで見たことあるわね」

「QoMに出場しておるからな」

「ああ、思い出した。前回の決勝でラフレシアにボロ負けしたやつじゃない」

「言い方にとげがあるな」間違ってはいないが、攻撃的な物言いだ。「敗れはしたが、僅差きんさだったぞ」

「そうだったっけ? どっちでもいいけど」

「よくない。ちゃんと観ていなかったのではないのか? その顔に収まっているのはただのビー玉か?」

「それより、こいつのご主人様ってことは、あなた傀儡師なのね?」

 柊は私を無視してご主人様に言った。

 ご主人様は私をなだめ、ジャケットからライセンスを取り出す。本革でできたケースに納められたそれはいくつもの鋲が穿たれ、小さな黄金の歯車が無数に散りばめられている。

 それらが集まり、傀儡師のシンボルをかたどっているのだ。

 柊は顔を近づけてライセンスを眺める。それから大きくため息をついた。

「へえ……これはまたどういう巡り合わせでしょう? 運命的ですねえ。お嬢様もすごい相手を選んだもんだ」

「ですから、そういうのじゃありませんってば」

 染井がなおも否定する。

 もしかしたら本当に好きではないのかもしれない。相変わらずその顔はゆだったように赤いけれど。

 柊も半信半疑といった様子だが、追及の手を緩めた。そして眉をひそめて困ったような顔をする。

「ま、そういうことにしておきますけどね。でも、逃げまわった挙句に、あの方の敵と逢引あいびきしていたなんて思われたら事件ですよぅ」

「事件とは穏やかじゃありませんね」ご主人様が言った。「あの、染井様が誰かから逃げてきたことはわかるんですが……、俺がその誰かの敵というのはどういうことです? まったく身に覚えがないんですが」

「じつはね」柊が声をひそめながら口許を覆う。「いま上階でアカシア様主催のパーティーが開かれているの」

「ああ、あの方ですか……」

「お嬢様はそのパーティーの最中に行方ゆくえくらましちゃったってわけ」

「それはまた、なんというか……お察しします」

 ご主人様にしては珍しく歯切れの悪いもの言いだった。この鈍感な主をもってしても閉口させてしまう人物。

 《銀葉アカシア》。

 その名は私も知っていた。

 彼は、QoM運営の実質的最高責任者にして女王・ラフレシアの主なのである。

 銀葉家は元々、傀儡師の家系だったそうだが、長年培った技術を活かし、この乾いた土地に安定的な水の供給システムを実用化させ、一代で莫大な富を築いたという。以降は傀儡師としてではなく、起業家として上流階級に名を連ねているのだそうだが……。

 銀葉家は、力はあってもしょせんは成金。爵位しゃくいを持たない家系だ。いくら金があっても信用までは得られない。

 そこで後継者不在の染井家に取り入り、一人娘である吉野譲との縁談を持ちかけているとか、いないとか。そんな噂話がまことしやかに囁かれていたのではなかったか。アカシアは、水だけでなく、ひまかしたゴシップ好きの上流階級様たちに豊富な話題も提供しているというわけだ。

 このうえさらに、染井家の箱入り娘と一介の傀儡師が仲睦なかむつまじげに密会していたとなればいよいよ三面記事のネタにされかねない。

「逢引だなんて……、居合わせたのは偶然ですよ」

 ご主人様にとってはただただ迷惑な話だろう。吹き抜けた天井を仰ぎながら、ため息をひとつついた。

「だとしても、あの方はそう思ってくれないわ。こう言っちゃあなんだけど、アカシア様は色々と執念深いから。逃げたと知ったら地の果てまで追いかけてきちゃうかも。いまにでも後ろから現れるんじゃないかしら? ドキドキ」

「まさか、さすがにここまでは来ないでしょう」

「だといいけど……こんなところをスクープされたら、退屈してらっしゃるセレブな方々にはかっこうの話題になるでしょうね」

「上の事情はよく知りませんが……。ここは人目も多いですし、一緒にいてはご迷惑をおかけしてしまいそうですね」

「そういうこと」

 柊は大げさに顔をしかめ、染井の背中を押した。

「ささ、お嬢様。お手伝いしますから、どこかで着替えて、早く会場へ戻りましょう。いまならまだ適当に理由をつけて誤魔化せます」

「どうしても出席しなくちゃダメかしら?」染井は大きな瞳を潤ませた。

「やっぱり嫌がってるじゃないですか」

「だって、悪い予感しかしないんですもの」

「うーん。心情的にはなんとかしてあげたいですけど……。とにかく、後生ですから一度戻りましょう。アカシア様が変な気を起こしそうになったら、そのときそこは命に代えてもお助けしますから」

「そんな、柊ちゃんを失うくらいなら……」

「その気持ちだけで充分ですよぅ」

 柊は白い歯をこぼしてにかりと笑った。そのままこちらを向くと一転して真剣な表情をする。

「あなたたちも、ここで会ったことはくれぐれも内緒にしておいてね」

 そう言い残すと、不安そうに肩を落とす染井を手引きしながら去っていく。ふたり並んで螺旋階段を上っていくその足取りはなんともたどたどしい。

「勿忘草、水仙殿、このままふたりを帰してよいのか?」ふたりの背中を追いながら師匠が言った。

「いいもなにも……染井家と銀葉家の問題だろ。他人の恋路を邪魔する趣味は私にはない」

「水仙殿はどうだ?」

「うーん……俺もそういうゴタゴタには関わりたくないなあ」

「つめたいやつだのう。染井嬢の気持ちは察しておるだろうに」

「気持ちって、なんのことだ?」

「またまた、とぼけおって。染井お嬢様はな――」

「こら、師匠。よけいなことは吹き込まんでいい!」

 パンダの舌が滑らかになり始めたのでそれをたしなめる。両頬を引っ張ると変な鳴き声をあげるので周囲の視線が気になった。

「染井は銀葉を嫌煙けんえんしておる。それだけだ」

 そううそぶきつつ、染井たちの背中が小さくなっていくのを複雑な心境で見届ける。

 実際、染井がご主人様以外の男とくっついてくれるのはおおいに歓迎なのだが。

 しかし、アカシアが爵位を得たならば、銀葉家は名実ともに上流階級の仲間入りを果たし、このリュウキュウの支配者となるのではないか。

 そうなればもう銀葉家の暴走に歯止めが利かなくなる。ただでさえ窮屈な生活を強いられているというのに、ますます居心地が悪くなりそうだ。おそらく杞憂きゆうではすまない現実がそう遠くない未来で待ち受けているような気がしてならない。

 そんなにもつかないことを考えながら立ち尽くしていると、周囲がにわかにざわつき、我に返った。

 みんな一様の上空を見上げている。その先には黒い物体が旋回しており、しきりに鳴き声をあげていた。

「あれは――からす?」

 否、野鳥が紛れ込んできたのではない。

 ビースト・ギアだ。

 逆光に目を凝らしてよく観察すると、真っ黒な骨格にはいくつもの歯車が回っていて、やはり漆黒しっこくに染まる両翼を羽ばたかせているのがわかる。

 誰のギアだろう。

 飛べる分、鳥型はパンダ以上に高価だ。

 こんなところで見せびらかして得なことはないだろうに。落とされて盗まれるのがオチである。

 鴉は、籠の中から出たがっているようにも思えたが、意に反し、無機質な目玉をギラリと光らせる。低くにごった奇声を発し、それから旋回せんかいをやめた。

 羽を折りたたむと一気に急降下し、そのままこの最下層まで突っ込んでいく。

 群衆に紛れるとそこから悲鳴が聞こえた。

 螺旋階段の方だ。

 私とご主人様は無言で視線を交わし、そちらへ走る。

 人ごみをかき分けていくと先ほどの鴉が染井に襲いかかっていた。

 染井は頭を抱えてうずくまっている。

「なんなのよ、もう! あっちへ行きなさい!」

 柊が追い払おうと盾を振りかざしているが普通のギアに言葉は通じない。執拗しつように羽を広げては威嚇いかくするように鳴き声を発している。

 故障だろうか。

 持ち主には悪いが人間を襲うようなら始末するしかない。

 私は舌打ちし、歩調を早めた。

 後ろから静かに接近し、翼を押えようと両手をのばす。

 だが、その直後――

「待て、壊しちゃダメだ!」

「汚い手で触れるな!」

 ご主人様の叫び声と同時に、男の怒声が重なる。

 私はその瞬間、身を硬直させた。人間に強く命令されると強制的に躰の動きが制限されてしまうのだ。

 寸前のところで鴉が手中をすり抜けていく。大きく羽ばたき上昇すると、弧を描いて男の腕に降り立つ。飼い主であろうその男はくだんの人物――銀葉アカシアだった。

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