【オリジナル小説】絆マリオネット【第6話】

絆マリオネット オリジナル小説

第6話 予期せぬ客

 QoMの女王・ラフレシア

 5年前に登場して以来、クイーンの座にすわり続ける絶対的女王で、その強さ、美貌、そしてオッズとどれをとっても人気No.1で、今年もぶっちぎりで優勝候補の筆頭とされている。

 画面に映える女王は、準々決勝でもその実力をいかんなく発揮してみせた。

 対戦者は、こちらも上位ランカーであるサンダーソニア。見た目うるわしく、ミズギは長めのパレオを腰に巻いている。長槍の名手で手強い相手だ。

 一方のラフレシアは、無数のびょうが穿たれた金属のむちを操る。その圧倒的な鞭さばきを前にサンダーソニアは成す術なく切り刻まれている。激しい攻防を繰り広げているが徐々に圧され、キズナを断ち切られたところでサンダーソニアのHPが全損し、勝敗が決した。

 私はバトルの一部始終を瞳に焼きつけ、拳をかたく握りしめる。

「どうした勿忘草、震えているぞ」ご主人様が眉をひそめた。「怖くなったか?」

「いいや、怖くなんかない。これは武者震いだ」

「誰かに倒しておいてほしかったんだけどなあ……」

「望みどおり私がそうしてやるさ」

 前年度、私は決勝まで進出し、女王と闘った。

 初参加で決勝まで進んだこともあり、ダークホースとして一躍脚光を浴びたものだが……肉薄はしたものの、最後は彼女の力に圧倒されてしまった。私もあの鞭を前に手も足も出なかったのだ。

 ラフレシアの強さは尋常じゃない。

 彼女と対戦した者はことごとく心を折られた。それこそ再起不能に陥るほどに。たとえ決勝まで残っても、最終的にラフレシアを倒さない限りは自由を得られないのだ。出場する前から諦めてしまうのも無理はない。

 私も危うく同じてつを踏むところだったが、ご主人様のやさしさも手伝って、なんとか戻ってこられた。そう、ご主人様の腕に間違いなどない。データ上、スペックは劣っていないし、整備はいつも完璧のはず。

 差があるとすれば、あとはキズナか……。

 彼女の背後には傀儡師がいない。

 一人で立つ彼女のその姿こそが、私の求める自由そのものだった。

 もちろんラフレシアにも主人は存在している。だが彼女は、己の腕だけを頼りに、その心を縛るキズナを完璧にコントロールし、たった独りで闘っているのだ。

 どうしたらそんな強さが身に着くのだろう。

 恐ろしくないのか? 

 くじけたりしないのか? 

 なぜ主とのキズナ無しで立っていられるのか? 

 私にはまだ、わからない。

 早く同じ舞台に立って、また一緒に踊りたい。拳をまじえれば最強の謎が解けるかもしれない。画面越しでは伝わらない何かが彼女にはある。

 私はご主人様にきいた。

「なあ、ご主人様よ。私は成長できているだろうか?」

「去年よりずっと逞しくなったし、これからももっと強くなれるさ」

「きっと私が護ってやるからな」

「ありがとう。頼りにしてるよ」

 ご主人様はそう微笑んだ。

 冗談としか受け取られていないような気がして歯がゆい。私はいつだって本気だというのにうまく伝わらない。

「さあ早く買い物をすませて、控室へいこう」

「ああ、ここは人が多くてやかましい。ずっといると眩暈めまいを起こしそうだ」

「はぐれないようにな」

 鈍感な傀儡師は私の手を握って先を行く。

 だが噴水から離れようとしたそのとき、繋いだ絆を引き裂くように、通行人が割り込んできた。

 よほど急いでいたのか思い切りぶつかってきた。

 不意打ちをくらい、フードがはだけてしまった。危うく転びかけたが、ご主人様が背中を支えてくれて事なきを得た。

 ぶつかってきた輩もご主人様に助けられて転倒を免れた。だが勢いでヘッドギアが落ちた。顔をすっぽり覆っていたそのギアは、通行人に踏み汚されていく。

 私は群衆をかいくぐり、ヘッドギアを拾う。そして返すついでに睨みつけてやった。

「まったく、どこを見て歩いておるのだ」

「ごめんなさい。急いでいたもので」

 女の声だ。うつむいて、怯えたようにひそめてはいるが、よく通る高い声だった。

 その声には聞き覚えがある。

 思い出したくもない人物のものだ。なのに、鼻先をくすぐる匂いが嫌でも特定の人物を想起させる。

 そいつは私の宿敵・ラフレシア――ではなく、もうひとりの仇敵きゅうてきだった。

「……貴様は、染井吉野?」

「あなたは……勿忘草ちゃん?」

 赤毛の髪をふわりと回転させ、取ってつけたような長いまつ毛を何度かしばたたかせる。こちらと目が合うと、同じリアクションを返した。

 染井吉野も一応は傀儡師である。

 テント内にいても不思議ではないが、いかんせんこの低層階は一般庶民向けの場所なのだ。染井家といえばこのコロニーのまつりごとつかさど公爵こうしゃくの一族で、彼女はそこの一人娘である。文字通りの雲上人で、普段こんな下界などにおりて来ないはずなのだが……。

 それになんだか服装もみすぼらしい。

 私と似たようなエプロンを下げ、ヘッドギアをかぶっていた。だが、大きな胸の谷間に見え隠れする装身具はいくつもの宝石が散りばめられており、それだけでかの上流階級の令嬢であることは明らかだ。

 ご主人様も驚きを隠せずにいたが、やがてやわらかな笑顔で挨拶をした。

「染井お嬢様、おケガはございませんか?」

「あら――」染井もそこでご主人様の存在に気づいた。声のトーンが少し高くなる。「浅黄様もいらっしゃったのですね。ええ、何ともございませんわ。お気遣いありがとうございます」

「それはよかった」

「ああ、こんなところでお逢いできるなんて……。もう少しきれいなエプロンを借りておけばばよかった」

「染井様がお召しになればどんな服装であろうと世界中の花を集めたように輝きましょう」

「お世辞でもそう言っていただけると嬉しいです」

「俺は嘘なんて言いませんよ」

 染井は瞳を潤ませ、頬を赤らめた。

 はァ……。

 いけない。

 いけないとわかっていても、つい二酸化炭素を排出してしまう。

 こやつがご主人様に好意を寄せているのは明らかだ。そんなことはマリオネットにだってわかる。

 だがご主人様のほうが彼女をどう思っているのか、それが皆目わからない。

 この女、容姿はまあキレイなのだろう。みんながそう評価しているのだからみにくいということはないのだろうが。でもそれって絶対におかしい。意見が100パーセント一致するなんてありえるか? もしかしたら、立場を利用してみんなに無理矢理言わせているんじゃないだろうか。傀儡師たちの見え透いたお世辞も百万回繰り返せば真実になるというわけだ。

 ご主人様にしたって、黙って笑っておらずに本当のことを言ってやればいいのに。

 彼の場合、傀儡師同士の政治的な悲喜交々ひきこもごもには我関せずだし、根はしっかりしているのだが。

 たとえ相手が身分の高い者であろうと、言うべきことははっきり発言する男なのに、この女が相手となるとどうも様子がおかしくなってしまう。

 なにをそんなに遠慮しているのだろう、やさしすぎるのも考えものだ。そんなだからちょっとした誤作動がいらぬ誤解を招いてしまうのだ。

 ご主人様は女を見る目がないと思う。確実に女で失敗するタイプだ。

 私だってきちんとお化粧をして、こんな安物のエプロンなんかじゃなく、もっと綺麗なドレスで着飾れば、こんな女に負けないのに……。

 こんなに価値ある原石がいつもそばで輝いているのに他の女に気を取られるなんて……。

 どころか、私との有意義な時間も短縮されていることに気づいてないのではないか。その削減量をなんとか2パーセントに抑えていられるのは、私とご主人様を結ぶ絆とふたりで培ってきた愛……友情があってこそだ。私の精神的負荷は現在45パーセント上昇しているけれど……。

 それもこれも、この女が現れてからだ。

 協会は私という貴重な人材にダメージを与えていることをもっと深刻に受け止めなければいけない。

 ……まあ、いいさ。いいだろう。

 グチをこぼしても始まらない。逆にモチベーションがあがるというものだ。自分の身は自分で守らないといけないし、ご主人様も守って差しあげねばならない。さっさと優勝してこんな狭いコロニーからはおさらばしよう。

 ……ただ万が一。

 否、そんな確率は光速度不変の法則が覆されるくらいありえない話だが。

 ご主人様がこの女を特別だと思っているケースを考慮しておかなければなるまい。それは考えうる限り最悪の事態なのだが。私は楽観したりしない。

 そうならないよう手を尽くしてはいるのだが、突発的な自然の驚異にはあらがすべが無いように、ありえないことは満を持して起きるものなのだ。事実は小説より奇なりというくらいだからな。

 今できる対策といえば、選択肢を増やしておくことだろう。つまり、最悪を少しでも緩和かんわする手立てをその状況に応じて講じておくのだ。

 大丈夫。私の処理速度を持ってすれば、どんな不可思議な事態が起ころうと、コンマ1秒で対応可能だ。

 まず真っ先に考えられる対策は話し合うことだろう。

 私は言うまでもなく、染井もいい大人なのだ。言葉が通じないわけじゃない。平和的に解決できればそれが一番望ましい。ただ、敬遠している女を相手取って冷静に対応できるかはあやしいところだが。

 ご主人様を好きになる女ならば根っからの悪人ではないだろう。

 それでも、自由を得たあかつきには一緒に出ていくわけにはいかない。

 彼女は身分が高く、どちらかといえば協会側の人間だ。どんなに表面をつくろったところでいつデリートされるかわかったものじゃない。どうしたってご主人様のことは諦めてもらわねばなるまい。

 さて、なんと伝えれば説得に応じるだろうか……。

 ――ご主人様は私が守る。だが貴様は危ない目に遭ってもかばいきれないぞ。

 とか? 

 ……だめだ。これでは感情を逆撫でしかねない。おっとりしているように見えて案外気の強い女だ。プライドも高いだろう。もしかすると強引について来てしまうかもしれない。

 ならば穏便おんびんに、なにか交換条件を提示した方が無難だろう。たとえば。

 ――今まで協会で稼いだ金はすべてくれてやる。だからご主人様のことは諦めろ。

 とか? 

 ……なにを考えているのだ、私は! 

 これではまるで、金でご主人様を売れと言っているようなものじゃないか。恥知らずめ。再起動して出直せ! 

 だいたいこの女は金に困っていないはずなのだ。そんな汚い取引に応じるはずがない。

 それではやはり、屈辱ではあるが下手に出て、さらに相手を持ち上げながらいい気持にさせたうえで言い包めるしかないか。そう、こんなふうに。

 ――貴様のように美人で金持ちなら、他にいくらでも男なんて寄ってくるだろう。だが、私のような下賤げせんな女にはご主人様しかいないのだ。だからどうか、ご主人様のことは諦めてくれ。

 そう懇願しつつ、さらに演技として眼から水の一滴でも零してやれば効果てきめんだろう。

 ……うむ。

 やはり多少の抵抗はあるが仕方あるまい。

 そう、これは一時的なことじゃないか。わずかばかりの屈辱は、次のおおいなるステージへとステップアップするために必要な投資なのだ。

 あと、私がご主人様を慕い、自立していないようにも取れるが、本気でご主人様がいないと生きていけないと思っているわけじゃない。ご主人様を必要としているのは自由を勝ち取るまでの間だ。

 うむ。

 さて、残る問題はご主人様の心のケアになるのだが……。

 脳の誤作動とはいえ、このような女とはいえ、惚れてしまったかもしれない人間との決別はつらいだろう。アフターケアだけは万全を期してやらねばなるまい。せっかく独立しても過去を引きずってしまっては良い仕事ができなくなる。後腐れなく、禍根かこんを残さず、きれいさっぱり記憶からデリートしてしまうのが理想なのだが……、人間とは不便なものだ。都合よく改竄かいざんできないのだから仕方あるまい。

 どうしてもこの女の後ろ髪に引かれるならば、これもやむを得ないだろう。ご主人様のためだ。私が一肌脱いでやることもいとわない。

 なに、簡単なことじゃないか。いつもより露出を増やして密着してやればいいのだろう? 決してご主人様と破廉恥はれんちな関係を望んでいるわけじゃないぞ。これは人助けなのだ。

 うむ。

 ……うむ。

「――うむ!?」

 うしろから肩を叩かれ、私は我に返った。

「なにやってるんだ、勿忘草」ご主人様が言った。「失礼じゃないか」

「失礼?」

 言われて私は眼の前にある大きな膨らみに気がつく。

 いつの間にか妄想が暴走してしていたようで、無意識のうちに背伸びしながら、染井の胸元に顔を寄せ、においを嗅いでいたのだ。

 染井は自分の腕に鼻を近づけ、同じように鼻を動かす。

「やだ私、におうかしら?」

「いや、そういうわけじゃないのだが……」

 私はひとつ咳ばらいをし、それから首をひねる。

 どうやら香水はつけていないようだ。長い髪から石鹸のかおりがほのかに漂うが、ご主人様の帽子についていたにおいとは異なる。やはり気のせいだったのだろうか。だが、おかしな恰好をしているし、いつも同じものを使っているとは限らない。

 とりあえずその問題は棚上げしておいて、それよりも。

「どうでもいいが、いつまでご主人様にくっついておるのだ?」

 私はご主人様の手の甲をつつく。ずっと抱きとめられていることを暗に指摘してやった。

「え? あらやだ、本当。ごめんなさい」

 染井は、ふたりして密着していることにようやく気がついたようだ。顔を背け、慌てて体を離した。耳の先まで真っ赤になっている。人間の女も顔から蒸気を出すようだ。

 苦笑するご主人様にも一瞥いちべつくれてやってやり、その前に立つ。染井を正面から見据えると、ヘッドギアについた無数の足跡を払い落としてから返してやった。

 染井はギアを髪に結びなおした。なれていないのか手つきがつたない。これで傀儡師だというのだから本当に名ばかりである。

「ありがとう。勿忘草ちゃん」天然なのか計算なのか、そう言って染井は微笑んだ。

「これもどうでもいいがその、《ちゃん》というのはやめてもらいたいものだ」

「あら、勿忘草ちゃんは、勿忘草ちゃんよ」

 私は、これ以上話したくないとばかりに顔を背け、ご主人様の背後にまわり込む。

 だが頭上で師匠が動き、引っ張られた。

「吾輩もおりますぞ」

「あら、そうでしたわね。パンダ様もごきげんよう」

「本日も相変わらずお美しい。ええ、吾輩も水仙殿と同じく嘘など申しませんぞ」

「ありがとうございます」

「只今はこの小娘のおもりをせねばならぬゆえ、高い位置からで失礼とは存じますが」

「こら、誰が小娘だ。フードが勝手にしゃべるな」

「小娘なんぞお主しかおらんだろうが」

 たしかにこの辺りでは小さい子を見かけない。

 オートメイル技術の向上でみんな長生きするようになって久しい。子供の姿はほとんど見かけなくなった。そういう意味でご主人様や染井も平均年齢よりかなり若い。

 まあ、それとは関係なくこのパンダは馬鹿にしているのだろうけど。

「なんでパンダには《》なのだ? こやつは爺むさいが私と変わらんぞ」

「黙れ湯たんぽめ。それは染井お嬢様の見る目が確かだからであろう」

 私は頬を膨らませる。師匠の勝ち誇ったような視線が気持ち悪い。下心が見え見えである。

 染井も愛想笑いを浮かべながら一歩退いた。

「習慣でしょうか。殿方へはどうしてもそう呼んでしまうのです」

「えっと、吾輩は女なのだが……」

「あらいやだ。そうでしたっけ?」染井は口許をおさえた。

 私は笑いを堪えきれず、師匠を目深にかぶって顔を隠した。

 フードを引っ張るとパンダの鳴き声がした。

 内側から拝むことはできないが、目じりが下がって情けないことこのうえないだろう。いい気味だ。

「ところで――」咳払いをし、たれパンダが話題を変える。「本日はお忍びでお買い物ですかな? 付き人やガーディアンの姿が見当たりませんし、このようなところにおひとりでいらっしゃるのも珍しい。それに、なにやらずいぶんと慌てたご様子……」

「ええ、じつは……」染井が表情を曇らせた。

 神妙な面持ちで口を開いたそのとき、後方からけたたましい汽笛が響いた。遠くで人垣が割れ、その音が近づいてくる。またしても予期せぬ客の来訪かとウンザリしながら待ちかまえた。

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