【オリジナル小説】絆マリオネット【第5話】

絆マリオネット オリジナル小説

第5話 ディストピア

 朝食を終えたころにはもう、外はすっかり明るくなっていた。

 ガレージでご主人様が蒸気バイクにまたがった。

 続いて私も後部座席に座る。

 パンダを背負い、空の水筒をぶらさげ、それからご主人様にアビエイター帽を手渡す。

「本当にいらないのか、これ?」ご主人様がきいた。

「帽子がないとご主人様が困るだろ」

 日中は気温が高いけれど、外出するには装備が必要だ。コロニー内とはいえ、外気の汚染はまだまだひどい。マリオネットにもよくないが、人体にはさらに悪影響を及ぼす。極力吸い込まないほうが賢明だ。

 それでもご主人様はいつもこうやって気を使ってくれる。

「私は平気だ。師匠がついておるからな。な、師匠?」

「吾輩はすすだらけになってしまうがな……」

「白黒が灰色になるだけではないか」

「まったく、よごれ役はいつも吾輩におしつけおってからに」

 パンダは愚痴ぐちをこぼしながらもボディを変形させていく。大きく口をひろげ、私を頭から首元まですっぽりおおった。

 こやつはヘルメット兼ガスマスクにもなるのだ。

 私のエプロンドレスも白黒なのであまり違和感はないだろう。

「……ああでも、そうか。交換すれば師匠を装着しているご主人様の姿が拝めるな」

「そいつは勘弁」

 ご主人様は苦笑しながら私の案を却下した。

 帽子をかぶるとゴーグルをおろし、ガスマスクを装着する。

 それからイグニッションキーを回して焚口たきぐち戸を足で開けた。石炭が放り込まれるとマフラーから火炎が噴き出し、蒸気がこぼれる。ボイラーが熱せられ、エンジンが始動した。もっと馬力が出れば飛行機に応用できるだろうか。

「しっかりつかまってろよ」

「うむ」

 命令でなくともこれには従う。

 振り落とされないようしっかりと両手をまわし、腰にしがみついた。サイドカーは空いているが、ご主人様の後ろが私の指定席だ。

 パンダが指を鳴らすとシャッターが開いた。とたんに熱風が滑走路から吹き込んでくる。また飛行機が飛び立とうとしているのだ。足許に散乱していた工具類が押し流され、奥へ転がっていく。

 ご主人様がアクセルをふかすとバイクが発進した。押し戻されないよう一気に加速し、外へ飛びだしていく。

 有刺鉄線ゆうしてっせんが巻かれたゲート沿いに飛行場構内の側道を東へ進む。ちょうど飛行機を追いかけるかっこうとなった。ヘルメットなしで風を感じられたらさぞかし気持ちいいだろう。

 滑走路かっそうろにはフライト待ちの飛行機が順番を待っていて、アビエイターがこちらに向かって手をふっている。管制塔かんせいとうにも人の姿がみえた。

 私は彼らに応え『いってきます』のジェスチャーを送る。がらの悪い連中だが、飛行機に乗っているときはみんなご主人様と同じで子供のように無邪気だ。

 正面ゲートを通り抜け、飛行場を後にする。

 目的地はQoMの会場がある新市街地のコザだ。

 ここ、カデナからは直線距離で約5キロ。

 ルート74号線沿いに東へ走る。ほとんど直線だが見通しはよくない。風向きによるが、西から風が吹くと砂塵さじんが舞い、東から吹くと街からスモッグが漂ってくる。今日は西からの風が強い。

 枯草が転がる荒野をしばらく直進すると、蒸気鉄道の線路がみえた。高架下をくぐると今度はルート85号線沿いを南下する。

 しだいに砂埃よりもスモッグのほうが濃くなってきた。

 汚れたゴーグルを手袋でぬぐい、蜃気楼しんきろうのように浮かぶ眠らない魔都まとを視界に捉えた。

 まだ午前中だというのに、道路脇に並ぶ常夜灯はどれも明々と点灯しており、光と闇が混在する街のコントラストを強調している。灰色の粉塵や蒸気が細かな粒子となって立ち込めているのだ。

 それらは雨雲のように空をぶ厚く覆い、日光を遮断しゃだんすると同時に灰色の雨となって大地にそそぐ。蒸気を含んでぬかるんだ路面はまだらな灰色に染まり、行き交う貨物車などのわだちができるほどちりが降り積もっている。

 事故を起こさないようご主人様はバイクの速度を落とした。

 この時間はまだましだが、正午を回るころにはスモッグが充満じゅうまんし、なにもかもが闇に閉ざされる。産業革命によってもたらされた豊かさと引き換えに、人間は自然の光を失ったのだ。

 街の入口を過ぎると85号線はそのままメインストリートに変わる。

 茫洋ぼうようとしていた高層ビル群が輪郭をあらわした。通りを跨ぐようにして建つ高層タワー、QoMの会場である。ガラスと鉄骨で支えられており、ちょうどテントが吊られるような形状で頂点が尖っていることからテントの愛称で親しまれている、リュウキュウのランドマーク的な場所だ。

 見上げると、テントからびた鉄骨が各階を突き破るようにしてせり出している。すでにリュウキュウで一番の高さを誇っているが、それに飽くことなく己の存在を誇示しようといまも周囲の建物を取り込みながら成長を続けているのだ。

 さらにその最上階付近に目を移せば、そこには厚い雲がいくつも重なって停滞している。大気中に含まれる微量びりょうな水分をかき集め、燃やした石炭で蒸気を生み、タービンを回して発電しているらしい。いくつもの巨大歯車が絶え間なく回り続け、それらが噛み合う低い軋轢音あつれきおんや、焚口戸が閉じてぶつかる金属音が不快極まりない。

 だが、このテントなくしてリュウキュウでの生活は成り立たない。

 水源の9割以上はここで生産しているし、電気はほぼ100パーセント依存している。

 利便性を追究した結果、外出時にはランプが欠かせないし、ガスマスクや厚手の外套がいとうも手放せなくなったのだから本末転倒だと思う。

 繁華街だというのに、外を行き交う人々はみんなうつむいて傘を差しているのだから辛気臭しんきくさいったらない。自然の恩恵をそのまま受け入れておけばよかったのに。無駄が無駄を生む典型的な悪例といえる。色とりどりのネオンライトがその愚かさをけばけばしく嘲笑あざわらっているかのようだ。

「もうすぐ着くぞ」ご主人様が言った。

 私たちは、そのくすんでいるのかきらめいているのか不明瞭な街の、不自然さの元凶げんきょうへと入っていく。

 テントに着くと裏手の門へまわる。関係者用の入り口があるのだ。

 そこでマリオネットの門兵に止められ、ご主人様はゴーグルとマスクを外した。傀儡師だと身分を明かし、ライセンスを見せて目的を告げる。

「明日は勿忘草の出演日なんだ」

「ナンバーを見せろ」

 門兵に指示され、私はフードをとって首輪を示す。刻まれたシリアルナンバーが照会され、無事に通過できた。

 その際ご主人様が礼を言ったが、門兵は返事をしなかった。

 仕事以外の労働はごめんだとばかりに突っ立っている。

 その様子がなんだか腹立たしくて、私はマスクを外して振り返る。思い切り舌を出してやった。

 それでも門兵は関心を示さず、外を向き、ただ一点を注視していた。

不愛想ぶあいそうなやつだな。挨拶あいさつくらいできんのか」

「マリオネットにもいろんな性格のやつがいるってことさ」

「あんな仕事は機械にだってできる」

「いまは自分のことに集中しなさい」

 ご主人様はそう言って奥へ進んだ。

 すこし走らせたところでエンジンを切り、バイクをおりた。駐車スペースに停め、盗まれないよう施錠せじょうする。それから内側にあるもうひとつのゲートまで歩いた。

「屋内でもフードは取らない方がいい。パンダ、しっかり顔を隠してやってくれ。見つかるといろいろ面倒だからな」

「言われんでもわかっておる」

「有名人はつらいよね。勿忘草は美人だからなおさらだ」

 ご主人様はさらりとそんなことを言った。

「おだててもなにも出んぞ」

「まんざらでもないくせに」師匠がからかった。

「うるさい」

 私はその頬を思い切り引っ張り、ゲート前でフードを深く被り直す。

 それから同じ手続きをふんでパスした。

 ここから先はテントのなかだ。

 屋内は一転して明るく、昼だということを錯覚させる。そこらじゅうで照明がこれでもかと灯されているし、天井はかなり高く吹き抜けている。採光さいこうは充分すぎるほどだ。

 耳障りな歯車の音もここまでは届かない。かわりににぎやかな喧騒けんそうと音楽であふれていた。マリオネットが笛を吹き、三線さんしんを鳴らして歌い踊っている。衒学的げんがくてきな雰囲気を無理やり演出しているのだ。だれもがみんな不自然なほど陽気な顔をしていた。ここに来れば日常を忘れ、つかの間のうたげれることができるのだ。

 さらに、テントの中央には噴水ふんすいが設けられている。たとえ幻想でも豊かさを強調したいのだろう。貴重な水をしげもなく使い、絶え間なく噴出させている。カルキ臭い水でも心まで干乾ひからびさせるよりはましか。

 水辺に群がるように、周囲にはたくさんの店がのきつらねている。

 テントの低層階は庶民向けの巨大なショッピングモールとして開放されていて、建物の中にひとつの街が形成されているのだ。食料や水、衣料といった日用品はすべてここで買い求められるし、屋台なんかも出店していてあちこちから雑多なにおいが漂ってくる。

 中層階以上に足を運べば上流階級向けのホテルや高級レストランなんかもあるらしいが、もちろん私には無縁の場所である。

 テントはリュウキュウの観光名所で、一年中お祭りをしているようなものだが、どこからこんなに人が集まってくるのか不思議に思う。今日も色んなの人が群れを成して訪れており、戦前は封建的だったというこの地では見かけない人種も多く観察された。

 世界が崩壊したあと、防疫ぼうえきのため、一時は他のコロニーとの交易こうえきを遮断し、だれもが倹約けんやく余儀よぎなくされていたのだが、時が経ち、余裕が生まれるとまた贅沢ぜいたくを欲するようになった。

 いまはその過渡期かときだろう。

 みんな娯楽にえているのだ。

 危険な砂漠を渡ってでも、はるばる異国のコロニーからバカンスに訪れる者も多いと聞く。そいつらは例外なく金持ちで、ここで金を落としていってくれればそれだけこのコロニーはうるおう。とはいえ、そのほとんどは富裕層に流れるわけだし、私も観光客を呼び込むための道化として一役買わされているわけだが……。

 今年こそあいつを倒して自由を勝ち取ってやる。

 そんな誓いを込め、私は視線を上に投じた。

 上階の壁面には巨大スクリーンが設置されており、場外でもQoMが観戦できるようになっている。そして現在、画面には今年の準決勝第一試合が再放送されていた。

 過剰なまでのエフェクトとともに映し出されているのは、燃えるような赤い髪。赤と黒のオッドアイ。漆黒のモノキニを纏うQoMの絶対的女王――、

 《ラフレシア》だ。

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