【オリジナル小説】絆マリオネット【第4話】

絆マリオネット オリジナル小説

第4話 夢を叶えるたったひとつの魔法

 ガレージにあるのは一機の蒸気エンジン飛行機だ。

 主翼が二枚の複葉機ふくようきで、何世代も前の旧式だが、それでも値は相当張る。一介の傀儡師くぐつしに買えるわけがないのだが、何故そんなものが我が家にあるのかといえば、ご主人様が自作したからだ。

 ご主人様はマリオネットだろうと家だろうとなんでも創ってしまう。

 それこそ飛行機だろうとだ。

 機体のほとんどの部品はもらいものか、砂漠で拾った廃材を加工して作ったものだが、彼の手にかかればまるで魔法のおもちゃ箱をひっくり返したかのように新しい命が吹き込まれ、再生してしまう。

 ここ一年ほど、ご主人様が夢中になって取り組んでいる大作だが、きっかけとなったのは去年のいまごろ、何気なくつぶやいた私の一言だった。

 当時、QoMの決勝戦まで順当に勝ち進んだ私は、当然のごとく優勝するつもりでいた。私より強いマリオネットなんてこの世には存在しないと本気でそう考えていたのである。だがしかし――甘かった。

 浅はかだった。

 おろかだった私は、完膚かんぷなきまで叩きのめされ、天狗てんぐになっていた鼻っ柱を折られ、どころであるキズナを、心をくじかれたのである。勝つどころか善戦ぜんせんするにも至らず、惨敗ざんぱいもいいところだった。

 そして世界の広さを知った私が口にしたセリフ、それは、

 ――空を飛べてうらやましい。

 だった。

 もちろんそれは絵空事のつもりで、ご主人様に願ったつもりはない。上には上がいるのだと涙をこらえ、果てしない天穹てんきゅうに向けて放っただけなのだが……。

 驚いたことにご主人様は、次の日にはもうドラフターに向かって図面を引き始めていた。そしてそれが完成すると、やはり次の日にはもう材料を調達するたに奔走ほんそうし始めていたのである。

 傍観者ぼうかんしゃは誰もが彼の奇行に眉をひそめた。

 ――飛行機なんて個人で造れるものじゃない。

 ――負けて気でもふれたか。

 お金もないし、まともな材料を集められるわけがない。鉄屑を宇宙まで飛ばすなんてできっこないと、みんなそうわらっていた。

 私もいくらご主人様でも無理だと思った。完成するイメージがまったく想像できなかった。

 ――もういい、恥ずかしいからあきらめよう。

 私はそう申し出た。

 だがご主人様はやめなかった。

 誰に何を言われてもその手をとめることはなかった。

 失敗しても、何度も何度も作り直す。本業の飛行機乗りたちにあきれられ、あざけられてもまるで乞食こじきのようにこうべを垂れ、材料をわけてもらい使い方を教わる。

 また、襤褸ぼろ外套がいとうがわりに羽織はおって、靴底に穴が空いても、砂漠中を歩き回って使えそうな廃材を探す。

 そんな屈辱的な日々が何ヶ月も続いた。

 何故そこまでできるのか。

 何がご主人様の原動力となっているのだろうか。

 私には不思議でたまらなかったが、それでもご主人様が諦めない以上、従うよりほかに選択肢はない。私は彼のあとを追い、彼の行動を観察し、彼の手足となって働いた。

 やがて――。

 羽がつき、メインフレームが完成したあたりで周囲の目の色が変わった。

 私も目を見張った。

 頭の中にしか存在しないイメージが具現化されていく。これが魔法でなくて何だというのだろう。

 ――傀儡師は魔法でも使うのか。

 そう言ってギャラリーたちが驚くのも無理はなかった。

 だがもちろん、この世に魔法なんて便利なものは存在しない。永い時間と手間をかけ、ご主人様が悪戦苦闘しながら創りあげただけなのだ。その過程を知らずに結果だけを見た者には魔法以外に解釈しようがなかったというだけの話である。

 ご主人様はギャラリーの喝采かっさいを浴びながら、私にこう言い聞かせてくれた。

 ――これが夢を叶えるたったひとつの魔法だよ。

 と。

 その言葉はいまも私の中で繰り返し再生されて続けている。この人の許に生まれることができて本当に幸せだと思った。

 それからさらに二ヶ月が経過した現在、飛行機は順調に完成しつつある。

 周囲の人も協力的になり、予想をはるかに上回る速度で製作は進行していた。

 完成間近の飛行機は、敷かれた線路の上にはランディングギアがしっかりと乗り、両翼にはそれぞれにプロペラがついている。コックピット内にはかじを動かすための操縦桿そうじゅうかんもついたし、各種計器類もそろった。煙除けのデフなど、蒸気機関特有のオプションも整備され、見える範囲だけならすでに飛行機の形を成している。

 私はご主人様の隣に立ち、感慨深く嘆息した。

「もうすぐだな」

「ああ、あともう一歩、もう一息だ」

 ご主人様も満足そうに腕組みしている。

 だが。

 この飛行機にはまだ肝心な部品が足りていない。

 それは心臓部ともいえる重要機器。

 エンジンだ。

 当然だがエンジンがなければ飛行機は飛ばない。

 だが、こればかりは本職でもないご主人様に自作は困難である。

 非常に高価なため中古でもゆずってもらうわけにはいかないし、探せば砂漠に落ちているかもしれないがさすがに信頼性に欠ける。他は何とかなってもこればかりは新品を手に入れたいところだった。

 このままでは夢物語に終わってしまう。

 けれど、ここまで尽力してくれたご主人様のためにも、なんとか完成させてやりたい。そのためには私がQoMで優勝しなければ。

 悲願を果たせばご主人様は報酬を得、エンジンを買うことができる。私も束の間とはいえ自由を得ることができる。

 この両翼が空に浮かんだ日、それが私にとっての独立記念日となるのだ。

「飛べるかどうか、最後は私次第というわけだ」

「うん。だけど無理はしなくていいんだぞ」

 気楽に行こうな、とご主人様は笑った。

「なにをいうか。ここまで来たら是が非でも自由をつかみ取ってみせるさ」

自由とは心の中にあるものだよ。外側に求めている限り環境の奴隷どれいとなってしまう。いつも心の真ん中に自分をえておきなさい」

「また難しいことを……」

 私は首を傾げた。

 自由は外にあるものではないのか? 

 ご主人様の言動を分析するにはどうしても時間を要する。だけど、あとからふとした拍子に、ああそういうことかと納得できる瞬間がやってくる。その瞬間は、私の中に新たな回路が形成されたかのようで、筆舌ひつぜつに尽くしがたい感動をおぼえる。今回は飛行機が完成した時にもたらされるのだろうか――。

 そんな予感に打ち震えた。

 必死に考えを巡らせていると、ご主人様がおどけて肩を揺らした。

「なんてね。偉そうなこと言っておいて俺なんかしょっちゅうぶれちゃうんだけど」そう言って手を叩いた。「さあ、明日は準決勝だ。今日のうちに色々と準備しておかなくちゃな。忙しくなるから早く朝食をすませて出かけるとしよう」

「うむ。今から支度をするからご主人様はもう少し休んでいるといい」

 私はアビエイター帽を被り、キッチンへ向かった。書斎の扉を開け、廊下に出ようとしたところでご主人様がなにかに気づいたように言った。

「そういえばずっとその帽子抱えていたけど、欲しいのか?」

「いいや、あとで返す」

「寒いならパンダにマフになってもらった方があったかいぞ」

「寒くはない。ただ……」

 正体不明のにおいを私のにおいで上書きしてやろうと思っただけだ――とは口が裂けても言えないので急いで扉を閉めて逃げた。

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