【オリジナル小説】絆マリオネット【第2話】

絆マリオネット オリジナル小説

第2話 電気パンダは夢を見るのか

 遠くでサイレンの音がきこえ、眼がさめた。

 どのくらい眠っていたのだろう。記憶が曖昧あいまいだ。ここがどこなのか、いつなのかも思い出せない。自分は誰で、なにをしていたのか……。ひどく危ない目に遭ったような気がする。そのせいか体がしびれていていうことを利かない。

 まるで人形になったみたいだ。

 眼も見えない。真っ暗だ。夜の闇ではなく、完全な黒、あるいは白なのか。

 どちらでもいい。

 ふしぎと不安は感じなかった。むしろ頭は冷えていて、心も落ち着いている。

 五感は正常に働いているけれど、あたたかい粘液に全身が浸かっていて、外部の刺激から遮断されているような、体はあるけれど、感覚だけが少し離れた位置に浮かんでいるような、そんな浮遊感。ああ、そうか――

 これは夢なのだ。

 そうに違いない。

 人形になっても夢が見られるのか。

 きっと見られるのだろう。

 そうでなければ説明がつかない。

 また音がした。

 私はじっと耳をませる。

 先ほどよりも近い。人の足音だろうか、だんだん近づいているのがわかる。

 逃げた方がいいのではないか。

 そう思ったけれど、やはり体は動かない。ぼんやりと漂っているうちに何かが顔に触れた。

 人の手だ。

 私よりもずっと大きなてのひら

 フローラルなかおりが鼻をくすぐる。

 はじめましてではない。私はこのヒトを知っている。

 このヒトは、やさしいヒトだ――。

 名前は思い出せないけれど、なんとなく匂いでわかる。

 やさしいヒトが私を包みこんだ。

 触られてもイヤな気はしない。むしろ心地良いくらいだ。だからもっと、

 もっとぎゅってして欲しい。

 言葉はでないけれど、想いが通じたのか、やさしいヒトは私をさらに抱き寄せた。

 あたたかいヒトのぬくもりを感じる。

 とくん、とくん――と、

 互いの鼓動が重なって調和した。

 そのたびに体は熱くなり、全身が湿り気を帯びていく。

 ああ、なんて幸せなんだろう。とろけてひとつになってしまいそうだ。

 ずっとこうしていたい。

 そう思うけれど、この幸せがいつまでもは続かないことを私は知っている。

 これは現実ではない、夢なのだ。

 また遠くで音がした。今度ははがねがぶつかり合うけたたましい音だ。

 お別れの時間がきたのだろう。もういきなさい。目覚めなさい。と、やさしいヒトがささやいた。

 私の髪を撫で、離れていく。

 一滴のしずくが私の頬に当たった。

 これは涙? 

 泣いているの? 

 アナタを悲しませるものはなに? 

 私が守ってあげる。アナタのためなら私はどんな危険もいとわない。

 だからそばにいて。そばで私の名前を呼んで。

 その願いは届かない。

 やさしいヒトは遠く離れ、消えていく。

 私は手をのばし、叫んだ。

 待って、行かないで。私を置いていかないで。

 せめて名前を。

 私を抱いたのは誰。

 私を縛っている者は――誰? 

 アナタはいったい――

「誰?」

吾輩わがはいだ」

 と、私の寝ごとに答えたのは一匹のギアだった。ギアは私の胸元にのっかっており、いまにも顔に触れそうなほど唇を近づけている。

 私は眼を見開くと短い悲鳴をあげ、反射的に体をひねった。そしてギアの側面めがけて左フックを放つ。拳は見事にあごを捉え、鈍い音が響いた。

 はじけ飛んだギアが壁に激突し、つぶれたかえるような鳴き声をあげて止まった。

 倒したのは、モノクロを基調としたゴシック風の毛皮をまとビースト・ギアの一種、《パンダ=レイ》だ。

 私はベッドからおり、うつぶせに倒れたそのギアの首根っこをつまみ上げてこちらを向かせる。もう一発お見舞いしてやろうと拳を振りあげた。

「このエロパンダめ、また夜這よばいしにきたのか。ヒトの体をまさぐりおって!」

「待て待て」パンダが短い手足をばたつかせた。「お主誤解しておるぞ!」

「言い訳は聞かん。今日という今日こそはスクラップにしてやる」

「早まるな。吾輩はお主の看病かんびょうをしておっただけなのだ」

「看病だと?」

「そうだ。お主、木蓮もくれんとのバトルでひどいダメージを負っただろう」

「ああ……そういえば」

 言われて私は記憶を再生させる。

 スリープモードに入る直前、私はQoMにて木蓮と準決勝進出を争って死闘を繰り広げたのだった。それはもうギリギリの鬩ぎ合いだったため、体のあちこちに大きなダメージを残した。結果的に勝ち星をあげることができたが、直後に力尽き、スリープモードに入ったのだったか……。気づけばベッドの上というわけである。

 ベッドといっても人間が使うそれとは違う。

 ネットワークに接続し、悪い個所がないか診断するためのカプセルである。自動修復とまではいかないが、しかしみればボディはすっかり元通りになっている。以前と変わらない手足がちゃんとついていた。

「お主が眠っている間、水仙すいせん殿が懸命けんめい修繕しゅうぜんしておったのだ」

「そうか、けっこう眠っていたようだな……」

 ご主人様の腕をもってしても、あれだけの損傷は一朝一夕で直せるものではないだろう。材料だって調達しないといけないし、それなりの時間を要したはずだ。

「いま何時だ?」

 部屋にカレンダーや時計の類はない。時刻はパンダが報せてくれる。

「今日は2045年8月16日。時刻は午前4時32分だな」

「すると一週間近くも眠っていたのか……」

「その間ずっと看病してやり、お主がこなすべき家事をすべて肩代わりしておいたのだぞ。感謝こそされ、折檻せっかんされる筋合いはないのだがな」

「ふん」私は鼻を鳴らし、振り上げた拳を収めた。「まあいいだろう。今回だけは特別に見逃してやる」

「ならいい加減下ろしてくれ」

 短い手足を回して暴れるので解放してやる。

 放り投げるとパンダは器用に空中で一回転し、きれいに着地した。それから紳士然とした態度でお辞儀をし、ポケットから大きなシルクハットを出現させる。それを頭にのせると着てもいないシャツのえりを正した。獣のくせにおどける仕草がみょうに人間くさい。

 ビースト・ギアも基本的には人間に仕えるために開発されたわけだが、その用途は私たちマリオネットとは大きく異なる。

 先の大戦で環境が著しく破壊されてしまった昨今、絶滅か、あるいは生存可能数を下回ってしまった自然動物たちの代役を務めているのだ。

 それはいわゆる電気羊というやつで、要するに愛玩あいがん道具である。

 本来、会話機能なんてついてないのだが、留守にしがちなご主人様が『俺がいない時に一人ではさびしいだろう』と二束三文で投げ売られていたらしいパンダを買い取り、修復・カスタマイズしたのだ。

 いまや良き相談役ともなる朋輩ほうばいで、他では類をみない仕様を備えている反面、欠陥も多い。マリオネット同様に性別があるとするなら、ビースト・ギアもすべて女性であるはずなのだが……どうもこいつは女に興味があるらしい。

 ご主人様が手懐てなづけたギアだから信用はしているのだが、見た目の愛くるしさとは裏腹に、ときどき中身がオッサンなのではないかと疑ってしまう。

 ちなみに私はこのけだものを師匠と呼んでいるが、それはこやつから武芸百般を教わったからである。見てくれや性格はともかく、なかなかどうして、本気を出すとけっこう手強い。性癖さえまともなら尊敬だってできるのだが……。

 私は起動直後の眠けまなこを半眼にしたまま嘆息たんそくした。

「まったく、師匠のようなおかしなギアは見たことがないぞ」

「チッチッチッ」師匠は短い指を振って舌打ちした。「ユニークと言ってくれたまえ。喋るパンダなんぞ世界中探しても吾輩だけだぞ。見世物にはうってつけではないか」

「限度というものがある。女の尻を追いかけまわして、みんな気味悪がっておるぞ」

挨拶あいさつをしているだけなのだが……」

「道化と紳士はしゃべらない方が賢明ということだ」

「吾輩はピエロであっても紳士ではない。淑女しゅくじょであるぞ!」

「どうだか」

 私は適当に相槌あいずちを打って、肩をすくめた。

 パンダに威張られても説得力がない。突き出た腹が滑稽なだけである。

「貴様なんぞ、すぐにでも下取りに出して正規のギアと交換してやるところだが……」

 市販されているビースト・ギアは一匹で家が建つほどの高級品だ。王族や上流階級の貴族か、あるいは中流階級層でもビジネスで成功した者でなければとても手が届かないだろう。電気羊のほうが人間を模したマリオネットよりも高級なのだから不思議なものである。

 まあ、命に優劣はないということか。

「師匠は、売り飛ばしたところで一斤のパンすら買えない鉄屑だったのだ。せっかく創ってくれたご主人様の手前、辛抱して使ってやっておるのだからありがたく思え」

「ふん、そうやってすぐ減らず口を叩く。貴様のような愛嬌あいきょうなしの木偶でく人形なんぞ、おもりしたがる粋狂すいきょうは吾輩以外におらんぞ」

「そうでもないさ。QoMで優勝してクイーンになれば、マリオネットだってその地位は約束されるのだからな。かしずきたがる輩も現れるというものだ」

「だといいがな」

「私の実力を疑っておるのか? またあと二勝というところまで勝ち上がったではないか」

「そのあとひとつふたつで負けてしまえばいくら勝っても同じことだ。よもや前年度の雪辱せつじょくを忘れたわけではなかろう?」

「当然だ、忘れるものか」

「取らぬ狸のなんとやらということわざもある。甘い夢は見ないほうが良い。いいか勿忘草よ……」

「『夢を見せる側が夢を買うな』――であろう?」

 先回りして答えてやった。

 すでに何度も聞かされていて耳タコである。

「さよう」師匠は立てた短い前足を丸めつつ咳払いをした。「我々はパフォーマーだ。人様に楽しんでもらってなんぼではないか。夢を売る側はしっかりと現実を見据えておかねばならん」

「わかっておるが、なんだか達観たっかんし過ぎておらんか?」

「年の功というやつさ」

「前から聞こうと思っておったのだが師匠はいったいいくつなのだ?」

「こら、レディに年齢を聞くものではない」

「本当にレディならな」私は半眼で睨みつける。

「そういつまでも根に持つな。ちょっとばかりお茶目機能が暴走しただけではないか」

「私のこの高貴こうきな肌に触れていいのはご主人様だけだ」

「ふん……しょせん吾輩とは遊びの関係というわけだな」

「ご、誤解を招くような言い方をするな!」

「寝ておる間、何度も水仙殿の名を呼んで身悶みもだえておったではないか」

「そうだっけ? もう忘れてしまった」

「まあ、夢なんてそんなものだが……顔から蒸気が出ておるぞ」

「うるさい。これは体内を自動洗浄しておるだけだ」

「寝惚けて吹きこぼさなければ良いがのぅ」

「とにかく起きるぞ」

 私は師匠を無視してまだ眠気の残るまぶたをこする。

 それからあくびを噛み殺しながら言った。

「ふあぁあ……それにしても眠いな。こんなに眠ったあとだというのに」

「まだどこか調子が悪いのではないのか?」

「それはない。ご主人様の腕はたしかだからな。ただ……」

 良い夢を見ていた気がして、すこし惜しいと思うだけだ。

 それもえっちな夢だったような気がするから、とは口が裂けてもいえないけれど。

 あれはご主人様だったのだろうか。

「……ところで師匠、電気羊も夢を見るのか?」私は師匠に尋ねた。

 こやつは羊じゃなくてパンダだけど。

「吾輩は夢など見ん。常に現実を直視しておる」

「それはもういい」

「なにか気になることでも?」

「別にぃ」

 相手が電気羊でなかったことだけはたしかなようで安心した。

 それにしても。

 師匠はともかく、修理されているあいだ中ずっと、ご主人様に裸をみられたと思うといまさらながら恥ずかしさがこみあげる。

 これまでだって何度も見られているのに……なにを意識しているのだろう。

 私ってば欲求不満なのだろうか? 

 そんなことを考えるとまた、わずかに残った蒸気が頬から立ちのぼった。

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